【痛スピ】「殺された人は殺される経験をしたい」という説が絶対に嘘であることについて。

さっきの記事の終わりに書いたここの部分

「殺された人は殺される経験をしたいから、殺される事が魂的には幸せなので、殺されてむしろおめでとうなんです」

これが、どうして嘘なのか書きます。

 

怨霊、地縛霊、浮遊霊の存在の意味は?

まぁこんな記事を書かなくとも、多くの人はこのフレーズ(殺された人は殺される経験をしたいから、殺される事が魂的には幸せなので、殺されてむしろおめでとうなんです)は、あまりに因果を無視したおかしな話だと思うことでしょうし、このブログを見てくださっている人なら「ないわ、ありえないわ、スピ系やっぱりおかしいわ」って話で終わるだけのことなので、わざわざ言及することもないかなと思うのですが、一応言及しておきますね。

ちなみに、先ほど呈示した要約した言葉(殺された人は殺される経験をしたいから、殺される事が魂的には幸せなので、殺されてむしろおめでとうなんです)は、とある教祖さまが、あるセミナーの際に放ったものです。

具体的に言うと「神は人の願いが分かるはずなのに、なぜ残酷な殺人事件が起きるのか?」と、来場者がそのセミナーで質問された時の返答ですが、教祖さまが具体的にどんなお返事をしたのかもう少し詳しく語りましょう。

教祖さまはまず「高い視点から見た時に、殺されるという経験が必要と判断した深い自分がいる」と仰いました。

ふ~ん(棒)って感じなんですが…

もっと詳細にお伝えすると、教祖さまはこのようにお答えされています。

その意識が殺されるということを体験しないと、自分の魂が完成しないと判断した時、殺されるということを自ら引き寄せます。

言い方を変えると、殺されるってこういうことだったんだって言って、この魂にとってはとても幸せなことだったりするんです。

だって、魂の完成が僕たちの本当の目的であるならば、それが完成できないことのほうが不幸なのね。

こっちの(顕在)意識では、「これは良くないことでしょう。こんな悲惨なことってありえないでしょう。」と言っても、本当の魂の部分では、それは体験できて良かったと思っている部分があるのね。

だからこの部分がこの意識と、この高い視点との違いなのね。

高い視点からみたらニュートラルな体験があるだけで、そこに良い悪いはないんです。

だからそれを体験する意識があったらそれを望んでたっていうこと。

つまりその意識の望みが叶ったということなので、それは言い方を変えればハッピーなんだってこと

もちろんこんな解答で納得できるはずもないので、質問者の方は形を変えて質問を続けますが最終的には司会の方から「堂々巡りになるから」、「今の感覚では分からないと思う」などと言われ、この話は幕を閉じましたが……

どう考えたってこの理論矛盾してますよね?

教祖さまのお考えとしては「死んだ瞬間は無念だと思っていたとしても、それは魂が決めたことで、死ねばハッピー」なんですよねw

だとしたら、なぜ怨霊や地縛霊や浮遊霊は存在するのでしょう。

死んでなおこの世を恨み続ける存在がいるのでしょう。

おかしくないですか?

日本には、日本三大怨霊が存在しますよ。

だって日本には平将門、菅原道真、崇徳天皇など、現在に渡って鎮魂が必要とされる魂が存在しています。

ちなみに、平将門、菅原道真、崇徳天皇は、日本三大怨霊と呼ばれてます。

崇徳天皇の呪いの恐ろしさはこちらの本で↓

怨霊になった天皇

彼等は死んで全くハッピーになってないどころか、無情な死によって、この世を呪いました。だからこそ、手厚く鎮魂し続ける必要がこの世の住人には必要だったのです。

またここまでの怨霊とならずとも、この世には地縛霊や浮遊霊が沢山存在しており、その霊を昇華・浄化させるために日々活動されている霊能者の方もいます。

見えないものが分かると豪語しながら、なぜこのような見えない人でも分かる事象をスルーできるのか不思議でなりません。

 

もしもこの教祖さまの言う事がこの世の道理であれば、怨霊や地縛霊や浮遊霊なんて言葉が存在するはずもないと思います。

不思議ですよね。

しかも日本人の多くは、怨霊・地縛霊・浮遊霊の存在を見た事や感じた事がなくても、その存在を理解して生きていますし、逆にそのような存在などそもそもいなかったと思うことの方がおかしいでしょう。

もしも、みな死んでハッピーなのなら(目的達成なのなら)、平将門・菅原道真・崇徳天皇の伝説は存在せず、また鎮魂のために神社などを建立する必要などなかったと言えるでしょう。

ですから、彼等が言っていることは、やはりおかしいのです。

人間は不完全な存在です。ですから、望まないのに死ぬこと、寿命でないのに死ぬことはあるはずです。すれば未練や妬みなどがこの地に残ることになります。

またこのような道理をこの世にいる人たちが理解しているからこそ、鎮魂をするのです。

ちなみに教祖さまは「宇宙はニュートラル」と言い張ってるけれど、そんなに宇宙もこの世も変わらないはずだと、私は思ってます。

宇宙にもあからさまに「良い・悪い」は存在しているでしょう。その善し悪しの区別のレベルは私たちとは違うだろうけれども。

ということで、視野が狭くなると大きな矛盾のある話でも信じてしまいますから、常に視野を広くして生きていきましょう♪

それでは、また♪

 

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18 件のコメント

  • スピ系の教祖さまって
    変な理論を唱えますね(ーー;)
    私は視えたりはしませんが、
    こんなスピ系教祖さまの理論は
    大いに違和感を感じますね。

    • こんばんは!
      変な理論だらけで、自己都合甚だしい変な理論を唱えている人の方が人気を博していたりします。
      実際のところ、この教祖さまは時の人と言えるくらい今大人気な人です。
      おかしなことですよね。

      それではこれからも宜しくお願い致します。

  • はじめまして。
    私は、遠川と申します。ドローンの会社を経営しており、パラレルワールドについて興味があります。
    いつも記事を読ませていただいており、最も素晴らしいお話だと思って勉強させていただいております。
    前置き長くなり、すみません。
    今回のお話について、一つ違った解釈かできるのではないか?と思い、ご意見うかがいたく、コメントさせていただきました。
    人間は様々な波動帯、次元にまたがる多層的な存在であると考えています。この身体は、中にある霊体の衣に過ぎず、霊体すらその中にある魂体の衣に過ぎない、と表現されることもあります。その立場だと、身体が魂の願いと異なったことをするように、霊体も魂の願いと異なったことをします。地縛霊は霊体の残ったエネルギーのあらわれかと。魂は、その体験を喜ぶかどうかは別にして経験として受け止めていますが、霊体は恨みをもってのこっている、と。
    殺されたいからころされた、とはあまりに稚拙な捉え方と表現であり、愚かしく思います。また、多くの人を誤って誘導するものです。この身体についても安心立命、大切にして愛しさを自他共に持って慈しんでこそ、人間として生まれたことを有り難くうけとめられるものであり、殺されたいから殺される、と言うのは、少し先が見えたから、暴走してしまったようにおもいます。
    この内容は、削除しても、オープンにしてもかまいません。
    そのようなみかたもあるかと、そういうコメントです。
    よろしくお願いいたします。

    • はじめまして、こんにちは!
      興味深い考察を教えてくださりありがとうございます。

      魂と霊体を分けて考えるということですよね。

      私自身そのような形で考察したことがないので、この辺のことについては「分からない」としか言いようがないのですが、私がもっとも参考にしている霊界話である「浅野和三郎の妻、多慶子氏を霊媒として届けられた情報」だと、地上界から霊界に上った存在たちもずっと地上界と同じような心のしくみを持ち合せている面が多々あるのですね。
      ↓こちらの記事で浅野和三郎氏が書いた小桜姫物語の本を紹介してます↓
      https://takehisayuriko.tokyo/2019/10/16/7642/

      ですから、魂と霊体は同じものというか、魂と霊体の分離こそ難しいのでは無かろうかなと私は思っています。

      ただ紹介したスピリチュアリストがそんな深い考察の果てに、あのような解説なったわけではないことは言わずもがなですがね。
      彼等は非常に浅はかな認識で、口から出任せを言っているだけだと思います。

      それではこれからも宜しくお願い致します。

        • 是非一度読んでみてください。
          他の浅野さんが書いた霊界通信も結構勉強になると思います。
          それではこれからも宜しくお願い致します。

  • こんにちは。
    ずいぶん前に一度だけコメントさせていただいた晴です。

    昨日のブログを拝見していてオウム真理教みたいなことを言う教祖さんがいるんだなと思いましたが
    今日の竹久さんのブログを拝見して本当に「ポア」みたいなことを語っていると思ったのでセミナーの文字起こしを探し出して公安に通報してきました。
    通報のためにあれこれ検索していたら以前読んだ雑誌の発行者であることを知りまして、だからあの雑誌を読んだ時に吐き気が止まらなくなったのか!と合点がいきました。
    好きなスピリチュアリストさんも寄稿していたので残念です…。

    でも竹久さんがこの記事を書いていてくれなかったらそのうち「前は体調が悪かっただけかも」とまた雑誌を買っていたかもしれないので知ることができて良かったです。

    またブログを拝見するのを楽しみにしています。

    • こんにちは!
      以前はバルトの楽園を教えてくださりありがとうございました。
      見よう見ようと思いながら、未だ見れていないけれど、今晩見ようと思います。

      見えない世界に浸透していくと、なぜだか多くの人はあり得えない不思議なロジックが正しいと思うようになるようです。
      公安への通報ありがとうございます。

      これからも宜しくお願い致します。

    • 確かに、そういことになりますね(笑)
      やっぱりスピ系のメソッドって一方通行過ぎて、矛盾が多すぎますよね。

  • はじめまして。
    いつも楽しく拝見すると同時に、勉強させて頂いております。

    スピリチュアル教祖さんによる「殺された人は殺される経験をしたいから、殺される事が魂的には幸せなので、殺されてむしろおめでとうなんです」「高い視点から見た時に、殺されるという経験が必要と判断した深い自分がいる」という言葉は、稚拙で誤解を招く表現であり、とても賛同できるものではありません。

    しかし、この発言を良心的に解釈すれば、イエスさんが仰っていた「心の貧しい人々(迫害された人々)は、幸いである、天の国はその人たちのものである/悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる」(マタイによる福音書)と共通する部分もあると思います。

    「殺されること」は私たち人間にとってとても辛く不幸な出来事である一方、人間を超越した視点から見れば「違う解釈もできるんだろうな・・」という意味です。

    とはいえ、安易に「殺されることは魂的にはハッピーなんだんだよ」などと言うのは非常に危険であり、スピリチュアル教祖さんを擁護するつもりは全くありません。

    また、竹久様が指摘している日本三大怨霊についてですが、数十年、数百年経っても癒やされることなく、いまだに恨みや悔いの念を持ち続けているというのは、なんとも心が痛みます。

    私はキリスト教を含めて宗教には全く興味がないですが、解脱者としてのイエスさんの言葉には関心があります。

    なのでもう一度引用させて頂きますが、「義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」(マタイによる福音書)という言葉と三大怨霊の存在は矛盾しているように感じます。

    できれば将門さん、道真さん、崇徳天皇の御三方も、すでに癒やされていることを願います。そして「怨霊なんて、人間が想念で勝手に作り上げたものだろうに…」と苦笑いしていることを願います。

    ちょっと最後は話が逸れてしまいましたが、竹久様の鋭い分析と独自の観点による分かりやすい文章には、いつも胸のすく思いをしております。ありがとうございます。今後もさらなるご活躍を願っております。

    • こんにちは!
      いつもお読みくださりありがとうございます。
      「義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」という言葉を見た時に、靖国に眠る英霊の事を思いました。そのような意味合いなのかなと私個人は解釈しました。
      このような大義に生きた人々と個人主義の快楽に溺れている人は同一できるものではないのですが、多くのスピリチュアルリストは崇高な言葉を低レベルな解釈に落として自己都合良く使っており、それが問題ですよね。

      また私は人間の想念体が作り出したものが妖怪であって、怨霊は別だろうなと思ってます。

      それから神の視点から見た生死の感覚というのは、私たちの身体の細胞が生まれて死ぬのと変わらないものだろうなと私は思ってます。
      https://takehisayuriko.tokyo/2019/02/23/4266/

      それではどうぞこれからも宜しくお願い致します☆

  • 竹久さん こんにちは。
    読者の方のコメントの中に「安心立命」の言葉があり、心に浮かんだのが
    ・五井昌久著  「神と人間 安心立命への道しるべ」という本です。
    五井昌久氏は大正5年生まれ。昭和24年に神我一体を体験し覚者となる。この本の初版は昭和28年です。(50代の私はまだ生まれていません。)

    地球人類がなぜ不幸なのか・・それはこの世が争いの想いに充ち不調和、不完全な状態にあるから。
    この世の中のすべての苦悩は、人間の過去世から現在に至る誤った想念がその運命と現れて消えてゆく時に起こる姿である。いかなる苦悩といえど現れれば必ず消えるのであるという強い信念と、今から良くなるであろうという善念を起こし、どんな困難の中にあっても自分を赦し、人を赦し、自分を愛し、人を愛す。
    愛と真と赦しの言行をなしつづけてゆくと共に守護霊・守護神への感謝の心を常に想い、世界平和の祈りを続けてゆけば個人も人類も真の救いを体得できるものである。   と説いています。
    霊界・幽界・肉体界にも書かれています。
    霊体が中身とすれば幽体はシャツ肉体は上着である。この3つの体はいずれも光の波動で出来ているが、肉体はその光の波が非常に粗く、流れる速度も遅くその波は重い。
    幽体とは、人間の想念や行為の記録体とでもいうべき体で、肉体に重なり合い、肉体のような形をもったガス体である。

    「安心立命」の言葉の連想から記事とは無関係のコメントになってしまいました。失礼いたしました。

    • こんにちは!
      こちらの本でも書いてあるとおり、覚悟を決めて、どんな状況も受け容れ淡々と生き抜くだけのことですよね。

      こちらこそ、これからも宜しくお願い致します。

  • 竹久さん お返事ありがとうございます。
    地球で何度転生してきたかわかりませんが、今世の目的は、岡本せつ子さんのHPで氣づきました。
    目の前の現実に目を背けず(現実逃避せず)コツコツABC(当たり前のことをバカになってちゃんとやる。)したいと思います。そして感謝の心を忘れずに!大きなことは出来ません。地道に進んで行きたいと思います。正直・・・敏感氣質の自分には生きずらい世界(世の中)ですが、二割が敏感氣質ということで励みにもなります。・・すみません。とりとめのない内容でした。

    • おはようございます。
      今のような煌びやかで誘惑が多く、嘘をついた人の方が社会的成功をしている現実の中では、コツコツABCを続けることこそが、もの凄く難しいというか大変だと思います。
      でも、それをやりきれる根性のある人に託された事はきっとあると思います。
      そうだと信じて、互いに頑張って生きましょう。

      それではこれからも宜しく願い致します。

  • 魂と心は別という認識です。
    幸せだから殺されたいのではなく、前世で人を殺してしまった人は、カルマとして、否が応でも、それを返済しなければならないのです。それが宇宙の摂理、因果応報だからです。
    魂の修行とは、幸せだからこうするとか、そんな甘いものではないという認識です。
    借金をゼロにしないと次の世界へ行けないから、魂は借金の返済を望むのです。そりゃあ借金の返済は苦しく辛いものですし、心は楽をすることを望むでしょう、が、それでもまともな考えを持った人なら、返済を望みますよね。
    地縛霊は、世に執着するあまり、本来の目的を忘れてしまったのだと思います。

    • こんにちは!
      ご意見お寄せくださり、ありがとうございました。
      これからも宜しくお願い致します。

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