【持論】お空の上で決めた事を、この世で実行できる人は少ないんじゃないか

あくまで持論です。

 

創造神、自分自神とか流行っちゃってますが……

かれこれ6年ほど前から、日本でブームになった「引き寄せの法則」

私は、この論には落ち度が幾つかあると思っており、この点に関してちょくちょく記事を上げさせて頂いておりますので、落ち度の部分に関する言及はここでは避けますが……

↓引き寄せの落ち度関連記事↓

【引き寄せ】「出したものが返ってくる」本質が分からずにいる人たち

2018年9月15日

【スピある】それってホイミ覚えただけじゃね?

2018年1月5日

引き寄せの教祖たちに取り憑かれてしまった人たちは、その落ち度にも未だ気がつくことなく、さらにおかしなことを言い張っている教祖さまの理論にゾッコンのようです。

一昨年くらいから教祖さまたちが言い始めた「創造神」とか「自分自神」なんて、まさに!ですよね。

スピ系の人たちが思っている「引き寄せの法則」というのは、大概の所「自分の思った事なら何でも叶う」的な話でして、それが昨今発展しまして「自分は何でも創造できる神=創造神・自分自神」とか、あり得ないことを盲信している人が一部いるんですよね。

【スピ系☆泥沼分岐点】私たちは神の子、それとも神?

2019年1月30日

また「創造神」や「自分自神」とまで言っていなくても、昨今のスピの世界は「何でも実現できる系」の話に終始していくため、昨日紹介したような話にも発展していくんです。

↓昨日の話↓

【痛スピ】「殺された人は殺される経験をしたい」という説が絶対に嘘であることについて。

2020年2月16日

昨日の記事ではご紹介しませんでしたが、その教祖さまは「殺されることはハッピー」と説明される際に、「必ず人は寿命で死ぬ」という話もしていました。

私は「それはないだろう」と、昨日の記事でも書かせて頂いたんですけれども、どうしてそう思うかと言うと、

そうであったのなら、地獄も天国も存在しないはずなのにな

と思ったからです。

殺される事は予め自分が決めていたこと、寿命も決めていたことなどなど、スピ系の多くの話において「不測事態と言えるあれやこれやは、自らが事前に決めていたこと」という説明が多いです。

その予めというのが「どこか?」と言えば、それはきっと生まれる前のお空の上ということになるでしょうが……なんか変だと思いませんか?

なぜなら、みんな生まれる前に決まっていた予めの設定から外れないように生きているのであれば、誰もが死んだ時、必ずやり遂げた達成感だけに包まれるはずだと思うからです。

であれば、昨日の話の繰り返しになりますが、死んでなお無念や妬みや苦しみを持つ存在などいないはずなのですが、どうやら霊界の良い場所にまで行ってもなお、みんな結構な具合で苦しんでるんですよね。

ちなみに私は浅野和三郎さんの奥さんが媒介となって交信した情報を一番信じていまして……

↓こちらの記事で、浅野和三郎さんの本(小桜姫)を紹介してます↓

㊌霊界のこと知りたいなら、この一冊!

2019年10月16日

そして、浅野和三郎さんの本で特に私が忘れられないのは、霊界で乃木将軍が苦しんでいるというお話しです。

↓乃木将軍の霊界話は、こちらの本で読めます↓

霊界通信 新樹の通信

乃木将軍は明治天皇が崩御された際、その後を追うように夫妻で自害されたことで有名な方です。

また乃木将軍は乃木神社のご祭神でもありますし、乃木坂は乃木将軍の家があったことが由来と言うか……乃木将軍が亡くなられた後、赤坂区議会がこの地名をそのように変更しました。もちろん乃木坂48の乃木も乃木将軍が由来となります。

乃木将軍は、日露戦争では陸軍の司令官を務め、その後は学習院の校長として昭和天皇の教育係を担当し、住んでいた場所は地名となり、またその場所も神社となり、さらにはご祭神となっている立派な方です。

そんな立派な乃木将軍はかねてより、明治天皇が崩御されたら自分もと決めてられておられたようです。そして、自ら「この日」と決めて自害されたのですから、あの教祖さまの説であれば「寿命を全うできた」と言う展開になるはずなのに、乃木将軍は霊界に上られてからも暗いそうです。

気持ちが重いそうなのです。

あんなに国のために、人の為に尽力して、その上自ら決めて命を絶っても、晴れ晴れとした気持ちになっていないようなのです。

あんなに頑張られた方でも、死んでなお達成感を得られず、悔やんでいる姿を知ると、心苦しい気持ちになるばかりか、この世で魂の約束を全て実行して、そして達成感のままあの世に戻れる人の方が少ないんじゃないかと思うんです。

また小桜姫もこの世で生きていた自分の行動は反省ばかりで、恥ずかしい気持ちになると仰っていました。

小桜姫は、霊界で修行をし、その修行の結果、今は地元の氏神となり…つまり神様にもなっているわけですが、そんな立派な方でも、この世に生きていた時は「生きることを全うすることは難しかった」と嘆いたり、恥ずかしがったりしているのです。

結局、ここから見えてくることはなにかと言うと、もの凄く人のため、国のためと一生懸命に行動された立派な方でも、自分の思ったとおりの生き方をした達成感など持ち合せていないということです。

昨今のスピ系は「お空の上で決めた事をみんな実行しているだけよ」的な、ロマンチストさんとしか言いようがない話をしていますが……

「お空の上で決めてきたこと」は多分あるだろうと思いますが、それをきちんと実行できて達成感をもって死ねることが珍しいというか、ほとんどの人は最初の目標を達成するどころか、それが思い出せないまま、ふわふわと何のために生まれたのか分からないくらいのレベルで死んで行く事になるんじゃないのかなぁなんて、私は思ってます。

だから、やっぱりスピ系の言ってることっておかしいよなって思うんです。

 

なんだかとりとめのない話になってすみません。

お付き合い頂きましてありがとうございました。

 

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