【中国の大雨】「天気の子」なのか…ちがうのか?

中国の大雨を見ていると、どうしても「天気の子」を思い出してしまいます。

 

中国南部は今週も雨模様…。

中国では大雨が続き各地で洪水が起きていると言うことは、ここ最近何度も書かせておりますが、どうやらまだこれは序章のようです。

【最近の中国】カオスオンパレードとしか思えない件

2020年6月25日

というのもまだまだ雨季は続くというか、「本格的な雨季はこれから」という地域もあるそうです。

大陸では「いい加減晴れてほしい」と思っている人が大半でしょうが、どうやら今週も多くの地域では激しい雨が続くそうです。

なんかこの中国の状況を見ているとふと「天気の子」を思い出して、それと重なって見えてしまうのですが……そういう風に思うのは私だけでしょうか……。

 

天気の子は、唯物史観が起こした悲劇

以前、天気の子を見た感想をこのように表現したことがあります。

【天気の子】「愛」に対するアンチテーゼでしょ?より

私はこの映画を観て「現代人が言う愛など、そもそも戯言」と言う結論に至りました。

今の世の中は「自分が第一」ですし、誰かの犠牲に自分がなることなど考えられません。

また、「心のままに生きれば全ては解決する」とかいう「自我に思想を奪われた」としか思えない考えを持つ人ほど、活き活き人生を送ることができる時代だとも思います。

ですから、「愛」というものに自己犠牲があるとは思わないのが現代だと思いますし、自分たちを貫き通す事が「愛」であるという解釈になるのだとも思います。

ただし、そういった解釈が横行する現代において、現代さながらの「愛」を実行してみた結果が「天気の子」であって、しかしながら、その結果は見るも無惨な日本の姿であり、地球の姿でした

新海監督はこれを描きたかったんだろうなと私は勝手に思いました。

〈中略〉

この物語の主軸は、どう端折っても、やはりヒロイン・陽菜が「人柱」になるということに尽きるでしょう。

それは自分の人生を投げ打っての犠牲でしかありません。

人として生まれたのに、自分の人生を投げ打って人柱になることなど現代人には人権侵害としか思えないかも知れません。

しかしながら、私たちの日常は実はその方々の犠牲によって成り立っています。

戦争で身を投げ打って戦ってくれた英霊たちはだからこそ、人柱なのです。

その犠牲の上に穏やかな日常は成り立っているのに、「愛」や「自己実現」という言葉に翻弄されてしまった現代人は、その当り前の犠牲を忘れています。

そのことを「天気の子」はアンチテーゼな解釈で描いてくれたと私は思いました。

逆に言えば、現代人が甘美に酔いしれる「愛」とは一体何なのか?それを分かり易く描いてくれていたなと私は思いました。

〈中略〉

今の時代は「心のままに生きる事が良し」とされる時代です。

それはそれで構いませんし、私自身も心のままに生きている1人なのでそれを否定する事など到底出来ません。

しかしながら、そこに「いつだって犠牲になる」覚悟のない人ばかりなのが、現代の問題だと思います。

いざという時は、「自分が犠牲になる」ことを当り前に思えて、今の秩序は保たれると私は思うし、その事を天気の子はアニメという世界で描いてくれているはずなのに……と思うと、世の中の感想を見る度にぶっちゃけ残念な気持ちにもなりました。

 

改めて超ざっくり説明すると「自分の事ばかり考えて(人間世界の事ばかりを考えて)いると、痛い目みるよ」ということです。

 

また天気の子は、天気を司る人柱となってくれる人を失った結果、東京は雨が降り続き、東京は沈没していくことになったのですが…

同じようなことが中国では起きているのかなと、思えて仕方ない事が増えています。

 

 

中国共産党は、まともな意見を言う人ほど憂き目を見る人生を味合わされ、虐殺され続けていました。

そういう人の中にはきっと天意を司れる人もいたのではないのでしょうか。

ですが、見えないものと繋がれる人のことほど彼等は恐れおののき、バッサバッサとその人たちや分子を殺していった。

その結果、天意と繋がれる人をすっかり失ってしまったのではないのでしょうか。

宗教を大事にするウィグルやチベットの人の命も沢山奪い取り、唯物史観の共産党の考えに染め上げた結果でもあるのでないのかなと…どうしても思えてしまします。

天気の子では、晴れ女の陽菜ちゃんが人柱になるのを止めた事を最後に、東京では雨が以外の日が無くなりました。それが最後のチャンスで唯一の人だったということでもあるのでしょう。

また、中国は人柱となるべき人が自らその役目を拒否したのか、それとも人柱となるべき人を無残に虐殺してしまったのかは分かりませんが、とにもかくにも天と繋がれる術は失われたのだろうなぁと思えてしまいます。。

まぁ全ては私の空想の話ですがね。

 

それでは♪

 

本を発売しました。

変化が大きい今の時代にオススメの一冊です☆

書籍情報はこちらから→ほんの少し見方を変えたら~ようやく本質に戻れる時代の中で~

電子書籍は半額以下のお値段で購入できます。

↓電子書籍はこちらから、縦書きと横書きがあります。
【縦書き】

【横書き】

 

 

 

 

 

6 件のコメント

  • ゆりさんおはようございます!

    中国のこのところの洪水や大雨について
    これは完全に天罰だ!と思っていましたが
    ゆりさんのブログを拝見して
    “自分のしたことは自分に返ってくる”
    この道理が働いているだけなのかなと思いました。
    見えない世界や神仏を私は信じていますが
    神は人に代わって悪者に罰を与える役目ではなく
    罰を与えられたとしたらそれは因果という道理に従っただけ。
    三峡ダムも大ピンチですが、それも中共の選択した結果に過ぎないのでしょう。
    こう考えると日々をいかに丁寧に生きることが大切かが理解できます。

    それにしても、中共のウイグル人チベット人に対する
    民族浄化としか言いようがない行動が許し難いです。
    早く迫害が無くなるようにと願うばかりです。

    • おはようございます。
      仰る通り、天罰に見えることは、実は因果応報なんですね。
      ただ地球全体の波動が下がってしまうと、宇宙と呼応した上で行える因果応報ができなくなり、つまりどんなに悪い事をしても天罰が与えられない社会環境が整ってしまいます。
      だからこそ、中国が台頭できたということもあるかと思うのですが、ようやく地球の波動が宇宙と呼応できる状態が保たれるようになったので、ピンポイントでの因果応報が跳ね返るようになってきたと思います。

      今年に入ってさらに波動が上がり、6月は波動領域帯の変更があったと個人的には思っているので、ますますこのしくみは顕著に我々に返ってくることになると思います。
      ですから、地道にコツコツ以外に生きる方法はないので、お互いに楽しみながら地道にコツコツやっていきましょう。

      ウイグル人への非道も早く終わってほしいです。
      まずはそう心から願う意識を日本国民全員が持ち合せれるようにならなきゃですね。
      マスメディアはこのような事実を隠しますから、それぞれきちんと本当の情報を掴んでいきましょう。

      それではこれからも宜しくお願い致します。

  • 個人的には、天罰はないと思っています。
    長江は時たま氾濫しますが、それが豊穣の大地となるのです。だから、自分たちの都合でダムを作ったから、自業自得なんです。

    「溜まりなければ汚なきものはあらじ」
    祓いつくして新たな命が芽吹くものです。

    だから、天罰はない。自業自得なだけです。

    • そうですね。
      この件は確かに因果応報というより、自業自得ですね。
      教えてくださりありがとうございます!
      使い方間違えないように気をつけます!

      これからも宜しくお願い致します☆

      • 中国共産党の問題も、欧米諸国が経済支援して発展しました。経済支援していなかったら、今の問題は発生してないので、世界的に見ても自業自得ですよね。

        天気の子で、東京は元々、湿地帯で、元に戻っただけと言っていたシーンがありましたね。新海監督は、何層も引き出しを持つ作品を作るの好きな方なのでどこが突き刺さりますよね。

        • そうなんですよね。
          欧米だけでなく、日本の支援も大きいですよね。
          天安門事件の時に欧米は引いたのに、日本が中国支援を積極的にやった結果、中国が息を吹き返した契機を考えると、日本の罪も相当重いですよね。

          天気の子のその台詞。すっかり忘れていたけれど、言ってましたね。
          全てが元に戻る時、現代人はそこにいないということなのでしょうかね。

          それではこれからも宜しくお願い致します。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

    CAPTCHA


    このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください