6-8.結局、この家を選んで生まれてきたのは自分なんだ

※こちらは、以前私がアダルトチルドレン(現在の自分の生きづらさが親との関係に起因すると認めた人)の問題に向き合っていた時に書いた内容を掲出しています。できれば最初からお読み頂ければと思います。→0.はじめに

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アダルトチルドレンは国民病?!

第六章 私の格闘記

 

6-8.結局、この家を選んで生まれてきたのは自分なんだ

最近、体外記憶を持つ子供達が増えている。という話を聞いたことはありませんか?

体外記憶を持つ子供たちは、明確に、「どんな目的で、今この星に生まれたのか?」、「どうしてこの父と母を選んで生まれてきたのか?」、更には、「自分の病気の理由」についてまでも、その詳細を明確に理解しているそうです。

そういう話が公に増えてきている中で、ようやく自分も気がつきました。

「結局、私も自分でお父さんとお母さんを選んで生まれたんだよな」と。

世の中の情報が増えれば増えるほど、人と比較すれば比較するほど、他人の環境が素晴らしく見え、自分の環境を否定したくなりがちです。

そして、その矛先を目の前にいる両親や家庭のせいにしてしまいがちです。

でも、やっぱり、私たちは、少なくとも私は、自分の使命を果たす為に、最適な場所を探した結果、自分の両親が良いと自ら選択した上で、ここにやってきたのだと思います。

そう自分で納得してからは、批判の矛先が家庭環境や両親に向かわなくなりました。

心の中にある葛藤も、不満のある家庭環境も、好きになれない両親の事も、全部自分で選んでやってきたのです。

そして、その心の不満はどうして生まれてくるのか、生まれてしまっているのかと言えば、不満の矛先を自分ではなく、外に向けているからだと思います。本当は自分の内側の中にある問題なのに、それを答えのない外に向かわせるものだから、もちろんそこで解決なんて出来る訳もなく、ただただその不満が大きくなっているのだと思います、

「今ここに存在している理由」に目線を向けるようにしてから、不満の現れる頻度はみるみる減っていきました。

今ここにある全ては、理由があって存在している。その全ては、私が必要だと思ってそうあるべき姿で存在しているのなら、今まで不満の対象となっていた家庭環境や家族の存在には、私にとって大いに意味のある事に変化します。

 

ここで、私は何を学ぶためにやってきたのだろう。

 

その答えは、一人一人違うけれど、自問自答繰り返す中で「きっとこういう事を学ぶべきなのだ」と、閃きに似た答えが自分の中から湧いてくると思います。

その答えが分かったのなら、後はその課題を乗り越える為に、走り出すのみです。

走り出せば、今までへばりついていた心のしがらみにかまっている暇はなく、そのしがらみを自ら解き放ち、新しい未来に向かって走りだす事に心と身体が向かっていきます。

そして、気がつくのです。

問題は、家庭環境にも親の中にもない、自分の中に存在していたのだと。

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