0.はじめに ~アダルトチルドレンは国民病?!~

※こちらは、以前私がアダルトチルドレン(現在の自分の生きづらさが親との関係に起因すると認めた人)の問題に向き合っていた時に書いた内容を掲出しています。

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アダルトチルドレンは国民病?!

0.はじめに

幼い子供たちに「お父さん、お母さんのことは好きですか?」と聞けば、きっと誰もが満面の笑顔で、しかも大きな声で「好き」と答えるだろうと思います。

しかし、あんなに大好きだったはずの父や母のはずなのに、歳を重ねれば重ねるほど、当時と同じような気持ちで親のことが好きと言える人は、ほとんどいなくなるではないのでしょうか。

それどころか、親を疎ましく思う感情に苛まれて苦しんでいる人の方が多いのではないのでしょうか。

 

実際の所、私自身がそうでした。

かれこれ五年前に父が脳出血で半身不随になってしまった事を機に、私は実家に戻り暮らすようになったのですが、当時の私は「今すぐ両親二人とも死んでくれれば、私は自由になることができるのに、なぜ好きでもない彼らのために、自分の人生を犠牲にしなくてはならないのか」と、毎日憤慨した気持ちを抱えていたものです。

とはいえ、実家に帰ってきたのは自分の決断です。当時は、毎日サーフィンができる環境を求めて、私は一人で湘南近くに住んでいたのですが、家族の非常事態に向き合わず、自分一人だけが楽しい事を求めても楽しくないと思って、実家に戻ってきたのです。

でも、実家に戻り一緒に暮らして、溜まるのは不満ばかりでした。

特に私の場合は、その一年前に新しい生き方を求めて、要職を任せられていた上に十五年も働いていた会社を辞めて放浪していたということもあり、生き方に対する親との衝突も連日連夜のことでした。

親としては、安定した会社に勤めて、そして結婚してくれたらと思うのは、特別でもない当たり前の普通のことなのかもしれませんが、私は何一つその願いを叶えられる環境にはありませんでした。

当時の私は三十代後半でありながら、結婚の予定も無く独身です。その上、新たに就職する気もなく、風来坊になってしまったのですから、親が心配になってしまっても当然と言えば当然です。

ちなみに私は、会社に不満があって辞めた訳ではありませんでした。資本主義と呼ばれる社会全体に疑問を持って、辞める決断をしたのです。そして社会の外に出て、この社会の問題点を考察したいと考えていたのです。

ですから、疑問を持ったはずの社会の中に戻れと促してくる親のアドバイスは、頭にきてしょうがなかったですし、何より地元(愛知県豊田市)で働くということが、私の求める職業スタイルとかけ離れているために、そのアドバイスに従うことが拷問のようにしか思えなかったです。

かといって、私の一生懸命で正直な思いが両親に伝わる訳でもなく、完全に両親からは気狂い扱いのレッテルを貼られ、一時期は「精神病棟に入れてやるぞ!」と兄から脅されたこともありました。

私からしてみてれば、この社会体制がおかしいから一時的にそこから離れて観察や考察したいだけなのに、常識の枠の中で生きている人たちにとっては、それはほっておけない非常事態に映るのでしょう。

そこに異論はないのですが、この正しいとみんなが思っている社会のしくみによって、多くの問題が発生していることは言わずもがななはずです。

多くの人が大人になればなるほど、親を疎ましく思い、そして苛立つ感情が表に出てきて、その気持ちをコントロールできなくなってしまう症状も、「現代人だからこそ」と言いきれると私は思っています。

ただし、この窮屈な感情はこの社会の枠組みを理解し、そしてそこから意識を脱出させる試みによって多くは緩和傾向に導かれることが、この七年間、独自の取り組みによって明らかになってきました。

五年前と現在、私の環境は然程変わっていません。今も実家に暮らす独身で、父親の介護をしながら、自宅で働いています。

しかし、当時と今の心持ちは全く別物です。あんなにも憎しみに近い感情を持ち合わせていたはずの両親に対して、そのような思いを持ち合わせることは一切無く、家族三人で穏やかな日常を謳歌できています。

もちろん、家族ですからイラッとしたり、喧嘩したり、言い合ったりすることはあります。とはいえ、その気持ちが尾を引くことはありませんし、イラッとしても、それはすぐに笑いに変わります。以前は、家族三人で出かけることも億劫に感じることが多かったですが、それも楽しめるようになりました。

現実的には何も変わっていないように見えながらも、心持ちが変わることはとても大きく、そしてその心持ちによって、日常風景はこんなにも違って見えるようになるのだと、私は実感しています。

 

この本では、なぜ親に対してネガティブで億劫で、そして苛立ちを隠せない気持ちを多くの人が持ち合わせてしまうのか、その理由について社会環境を背景にお伝えしていくことを重点におきたいと思います。

その現状把握の後に、私がどのように親との関係を見直し改善を図ったのか、四年前に書いた手記を掲載します。親との関係は、それぞれによってケースが違うと思いますが、私の体験が皆さんの今後の参考の一つになればと思い掲載させて頂きました。

それでは、今皆さんが抱えている心のしこりを解消されて、その上で今一度、柔軟な親との関係が再構築されることを目的に、この本を書き進めていきたいと思います。

どうぞ宜しくお願い致します。

平成三十年十一月二十七日 秋晴 竹久友理子