4-8.問題の顕現は共同幻想の崩壊

※こちらは、以前私がアダルトチルドレン(現在の自分の生きづらさが親との関係に起因すると認めた人)の問題に向き合っていた時に書いた内容を掲出しています。できれば最初からお読み頂ければと思います。→0.はじめに

目次はこちらから→目次

アダルトチルドレンは国民病?!

第四章 デュープスと二元論とアダルトチルドレン

 

4-8.問題の顕現は共同幻想の崩壊

 貧困極まりない状態に置かれた戦後の状態から経済復興を遂げていく中で、私たちは「人としてどうあることが幸せなのか」よりも「幸せと呼ばれる果実を得ることが幸せ」と錯覚するようになってしまいました。

そして戦後社会は、社会が提唱する「幸せの形」を手に入れることが「幸せ」なのだと誰もが盲信していく世界だったのではないのでしょうか。

団塊の世代と共に登場したニューファミリーの生活スタイルも、そしてバブルの時代のモテる男性の基準である「3高」も、外面を軸に幸せを考えています。

幸せとは内面の心持ちに過ぎないのですが、「外面が整っていてこそ幸せ」と思う気持ちが強くなればなるほど、人は「幸せそうにみせる」ことに躍起になっていくように思います。

たとえばSNSで「いいね」をもらうことを目的に、リア充系の写真をアップするのもその一つだろうと思います。今の自分の本心がどうであるかよりも、「幸せである」、「充実している」を周りに認知してもらうことの方が重要である様子が伺え、また投稿に対する周囲の評価によって、自己を評価する心癖を持ち合わせているように思います。

また、この傾向はSNSが始まったから起きたわけでなく、戦後世代は誰しもが持ち合わせている心持ちのように思います。

たとえば家族関係においても、実情はどうであれ外界の評価として「幸せそうな家族」であると見られることに重きを置いてしまう傾向はあるのではないのでしょうか。

それから、良いお母さん、良いお父さんであると評価されなければならないと思うがあまり、子供の思いよりも、自分がそう思われたい形に子供を合わせようとしてしまうケースも多いのではないのでしょうか。

戦後に生きる私たちは、外部の評価で自分を判断する習慣が息づいていますから、効率的に外部の評価が得られるように様々なことをコントロールしようと画策する癖があります。

それだけではなく、先の項目でもお伝えしましたが現代社会は、家庭生活に当り前にある家事や育児も労働と位置づけているため、家事や育児にストレスを感じやすい母親は増えて当然で、何かにつけてイライラしてしまう母親が増えてしまうのも仕方ないと思います。

さらに、ニューファミリーの登場と供に定着していった友達夫婦という言葉は聞こえがいいですが、友達という感覚を持つということは男女同権であるとも言えます。男女同権ということは、家庭内に二人の権力者が現われることを意味します。とすれば、一つこじれれば、双方が自分の主権を主張していくことに繋がる訳で、こうなってしまえば円満とはほど遠い不和を作り出していきます。

このような社会背景によって「幸せそうに見せる家族像」の裏で、イライラしている親も量産されていたのではないのでしょうか。そのイライラに居心地の悪さを感じながら、成長していった子供も多いのではないのでしょうか。

また、描いた通りの社会生活や夫婦生活ではなかったと感じた母親のフラストレーションは、子供への期待として熱く注がれやすいように思います。子供たちは母の描いた理想に答えようとそれぞれ努力したでしょうが、理想はどこまで行っても理想で、現実に即していないことは多々あります。あちらを叶えれば、こちらは叶わないなんて矛盾は当り前にあるはずのものですが、理想を主体に物事を考える癖が強い人ほど、この現実的な部分が見えなくなります。しかも、親が理想で物を語る人であればあるほど、子供はその矛盾した現実に振り回されることにもなります。

やはり、私たちが直面している家庭の問題は、各家庭だけの問題では無く、社会全体の思い込みやスローガンに従った結果、生まれてしまったことがほとんどのように思います。

しかも、そんな親の見栄や欲求に付き合わされたのにもかかわらず、人生としての見返りがなかったと子供が感じるようになれば、親への不満を持ち合わせて当然だと思います。

そして、現在拡大の一途を続けているアダチルの側面には、「戦後社会が植え付けてきた理想とする家庭像がそもそも幻想だった」と多くの人が気づく状況になってきたからこそ、現われてきているとも言えると思います。

しかし、今起きている家庭不和の現象を「理想に執着した結果生み出した幻想による産物」だと思うのか、それとも「親を敵視し憎むことが人間の感情として正しい」と思うかでは、次のステップは大きく異なってきます。

後者を選べば、問題を解決するために、また別の幻想が現われるだけなのだろうと思います。さらに二元論の中で蓄積したマインドセットも清算することなく、幻想の上塗りをしていくことになるため、問題はさらに複雑に解決のしようがない迷路に入り込むはずだと思っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください