【気がついてほしい】楽することは、狭い檻に入れられることでもある。

考えなくても良い社会は楽かもしれませんが……。

 

考えない日常は、退化も作り出す。

私たちの日常は、日々進化しているように見え、同時に私たちも進化しているような錯覚に陥りやすいですが、進化に身を任せていると、私たちは自ずから退化します。

なぜなら、考えることをしなくなるからです。

進化するのに退化する

祖先たちの努力によって、私たちは日常の不便をほぼ感じない生活が実現するようになりました。

どうして祖先たちがこのような環境を求めてきたかと言えば、ただ便利になりたいだけではなく、きっともっと他にやりたいことがあって、そのやりたいことのために使える時間を作りたいという部分もあったのではないのかなぁと私は思っています。

そして、多くの人が努力したおかげによって、ありとあらゆる便利が日常の中にある時代になりました。

しかしながら、それによって現代人の多くは考えるという機会を損失することにもなってしまいました。

 

今のルールに従って、今の常識に合わせて生きていた方が、身の安全は確保されやすくなります。

このような生存本能もはたらいてなのか、考えることなくルールに従いながら日常を謳歌することが、昨今の当り前となってしまいました。しかし、この当り前に身を任せていると、人は生きている感覚がなんなのかすら分からなくなって、不安と不満で体が満ちて行ってしまうのではないのかなと思います。

 

 

安心・安全の中にある興奮は、狭い檻の中に入れられただけなのでは?

さっきの記事でも少し触れたのだけれども、

【宗教と詐欺】騙されたとは思わない人々

結局騙される人たちって、「安心・安全が確保できる環境の中で、成功体験のようなものがしたい人たち」なんだと思う。

そういう人たちは少しでも楽できる方法を考えているからこそ、考えることを日常的に放棄しているとも言える。また、極力辛い体験の当事者になることを避けながらも、誰かの後ろについていくことでリアル疑似体験をしたいという欲深さもあるんだろうなって気がする。

ただ気をつけたいのは、常に考えていることを知らず知らずのうちに放棄している人は、そこに恍惚を覚えた時点で、その人が作り出した世界観の下の中に自分も入り込むことになっちゃうんだよね。

それは本来ある社会よりも狭い檻の中。

もちろん、こういうのは宗教家や詐欺師だけの配下におかれることだけの話ではなく、全てにおいて言えること。

私たちの日常には便利が溢れている。

「OK Google」やSiriとのやり取りが普通になりすぎればなりすぎるほど、私たちはAIの配下にくだることになる。

その危険性と隣り合わせの中に自分の日常がある事に気がついて、道具であるものは自分の配下である心持ちの中で付き合っていかなければ、どんどん小さな檻の中に自分が埋め込まれていくことになる。

 

便利なものにはつい人は飛びついてしまう。しかし、それを道具だと思わず、楽とか言う言葉に溺れて戯れているといずれその支配下に自分が下って、その狭い環境の中だからこそ憂慮する環境が作り上げられていくということに気がついていかないと、みんな不幸になるだけだよね。

 

実際、単なる道具であるお金の支配下の中に今や人間がいるんだし。

 

楽と言う言葉に踊って、考えることを放棄すればするほど、人は絶対に不幸せになるはずだと私は思う。

世の中が便利になることは有難いことが多い。だけれども、便利になったのだから避けてきたことをきちんと考えていこう。

私たちに与えられた便利は、そのための時間を作るためにあるんじゃないのかな?

そのために祖先の人たちが頑張ってくれたんじゃないのかな?って、私は思うんだ。

 

 

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4 件のコメント

  • 最近、脳に関する本を2冊読みました。

    【人生100年の習慣】
    【50歳を超えても脳が若返る生き方】

    結論から言いますと、確かに年齢とともの脳細胞そのもは減少して行きますが
    神経回路は、使えば使うほど発達して行くそうです。

    極論を言えば死ぬまで。

    故に無感動と思考停止は老化の始まり。

    ワクワク、ドキドキ、楽しいことをやりつつ
    問題があれば、創意工夫で乗り越える。

    それが進化して行くとであり
    若さを保つ秘訣のようです。

    なので、アホなスピ系も
    唯一、「ワクワクしよう」という点においてだけは
    間違ってはないようです。

    彼らはそこまで深く考えてはいないでしょうがw

    • おはようございます。
      アホなスピ系の問題点は「ワクワク、ドキドキ、楽しいことだけをやる」という事に終始してて、「問題があれば、創意工夫で乗り越える」という一番大事な部分が完全に欠落してしまっている所にあるのだと思います。
      集合意識だーーーワンネスだーーーーと言う割に、目の前にある現実こそその結果だという事と向き合えないから、どんどん「ワクワク、ドキドキ、楽しいことだけをやる」ことばかりに目が向いてしまいおかしな異空間にはまり込んでしまうんだろうなぁといつも思ってます。

      それでは今日も楽しく生きましょう♪

  • おはようございます、ゆりさん。
    お久しぶりです。

    私は考えることを放棄することは、結局その人の選択肢を狭くしていると思います。
    考えること、考え抜くことで、新たな道が見えてくるとも思っています。

    何かに依存し、自らの思考を停止させてしまうことに走ってしまうのか。
    頭が良いとか、勉強が出来るとか、そう言うことではないですよね?

    思考を回転させ、仮説に基づいて行動してみることに楽いと感じられない。
    何かに従属するのではなく自分で生きる道を切り開いて行くことに楽しみが見い出せない。

    偉そうなことは言えませんが、詐欺事件や偽スピにはまって自分を見失っている方を見ると、
    非常に心が痛みます。
    もっと考えればいいのに…。
    考えて行動に移すことが何よりも楽しいことなのに…。

    • おはようございます。
      考えることに大きな問題点があるとすれば、私たちが見て「考えていないな」と思う人たちも、その人の思考範囲の中では「考えている」と思っていることですよね。
      ただし、その考えるが「WHY」に注視してるか「How」に注視しているかは大きな違いで、詐欺やスピ系に嵌まってしまって負のスパイラルを続けている人たちは往々にして「How」に注視した「考える」ばかりをしているということです。
      日本語のなぜ?どうして?は言葉の違いは特になく、どちらの言葉を使っても「WHY」でもあり「How」でもありますが、英語の「WHY」と「How」の意味は大きく違います。
      「WHY」の場合は要因に目をむけ、「How」は手法を問う作業となってきます。
      考えていないように見受けられる人の多くは「How」に目が行き、「How to」を模倣することで解決すると思い込んでいるから、本人の知らないうちに依存が増長され続けていくのでしょうね。

      それではこれからも宜しくお願い致します。

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