【告白】私が社長になった訳

バタバタし過ぎててお話できていなかったこと話します。

 

昨日が遠い毎日を生きてます

皆さんこんにちは。

またもやブログの投稿が間を空いてしまいごめんなさい。

もはやこのまま更新しないブログになってしまうのかと思うくらい全然更新してなくてごめんなさい。

いつもパルプンテの事は頭の片隅にあるのだけど、この更新をする前に片付けておかなくてはならない仕事が山積みの毎日で、パルプンテの更新をする前にバタンキューしてしまう日常がかれこれ2カ月ほど続いています。

まぁこれからもそれが続くのでしょうがwww今日は少しだけようやく手が空いたのでこれまで詳しく話していなかったことなどを綴ってみようと思います。

 

社長になったその訳

以前の記事でお伝えした通り、私48歳の誕生日の4月3日に起業しました。

【勇気だして良かった!】壁の向こう側にあったもの《848》

2024年4月25日

信号もコンビニもない人口400人程度の離島・菅島で起業しました。

私にとってこの選択は必然だったからそうしたのだけど、この決断は特に地元の人たちに驚かれました。

「えっ?菅島で?」って感じです。

それくらい菅島はビジネス性がない場所だと地元の人には思われているんだと思います。

 

だけど、私の見立ては違っていて、今の時代こそ過疎地はチャンスに溢れていると思っていたのです。

その考えについては、火曜企画のコーナーでちょいちょい話しているので既に理解してくれている人もいるかと思います。

㊋10年後を予想!都会はダサい?!

2022年12月20日

端的に言うと、情報のインタラクティブ化によって都会の優位性は失われていき、地方の優位性が高まる時代が始まっているということ。

だからこそ、今なら菅島な過疎地でもビジネスをやれる状況になっていると言えるんです。

私はマーケッターですから、昨年この点について地元の人にいろいろ話をしました。そして、この考えに沿って動きだす人がでてきてほしいと願っていました。

でも、実はそれが一番難しいことなんですよね。

というのも、過疎の町というのは、みんな日々それぞれやることをこなすことに手いっぱいなんです。マンパワーとして余っている場所や人がいないんです。

それゆえ新しいことをしたいと思っていても、やる余力すらないという事情があるんです。

この当たり前のことに私は自分の考えを提案した後に気が付きました。まぁ…浅はかですよね(;´∀`)

そして、本当に「当たる」と思ってるなら、人にお願いしてやってもらうのではなく、自ら挑戦してみるべきではないのか?

と思うようになりました。

だってどこまでいっても言うは易しですもの。

それに私が導きだしたマーケティングの答えが正解だと言うなら、まずは自らやってみせる事はできるでしょ?

と思い、

現代のネット環境を過疎の離島で最大限に活用した行動を始めることにしたの。

 

そしてその実践にはどうしても起業が必要だったんだ。

 

というのも私が今回菅島の地域おこしのためにやっていくと決めたプロジェクトは、フェイスパックを売る事だから。

この事業を行っていくためには、個人事業主じゃ無理!

それから、自分の貯金だけでも無理!

だから、会社を起こして融資もしてもらう選択を選んだの。

つまり、構想を現実化させていくための必要手段として社長になることを決めたんだ。

48歳で起業するなんて、世の中的には遅すぎるって思われるかもしれないけど、人生の転機は人それぞれ。

ぶっちゃけ私自身が一番怖かったんだけどね。

こんな年のおばさんが今さら起業するなんて、借金背負ってまでやるって大丈夫なのかしらって(笑)

 

でも動いてみたら違うね。

全く違う景色が見える。

だから今は最適のタイミングで起業したなって思ってるし、起業して本当に良かったなって思ってます。

 

みんなもやりたいことができたら、動いてみるといいよ。

そしたら年齢なんて関係なかったって思うはずだから。

 

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どうか皆さん応援してください♪

 

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