【知っとこ】議員はルールを作り、知事・市長は、経営&運用をする人

議員も知事も政治家ではありますが、その置かれたポストの違いで求められる資質はかなり違うと思っています。

 

知事は、循環を促す人

私自身政治家というものを、ずっと一括りで見続けていたのですが、龍馬プロジェクトに参加するようになってから、政治家と言えど、知事や市長の役回りは、議員と全然違うのだなということが分かるようになりました。

龍馬プロジェクトは、若手の首長(知事や市長など)も名を連ねており、そういった方々のぶっちゃけたお話しを聞く機会が結構な頻度であります。

これが私にとってはかなりの開眼でした。

どの首長も赤字財政からの脱出などに頭を悩ませている様子が伺えましたし、職員と一致団結して良い地域の運営をしていくために努力している姿を感じれたことも大きな開眼に繋がりました。

そして「県政・都政・市政というのは、経営軸で物事を捉える必要性がある」という当り前の気づきを得ました。

政治に目覚めてからそれまでの私は、イデオロギーをかなり重要視していましたし「県政・都政・市政というのは、経営軸で物事を捉える必要性がある」ということ自体をほとんど理解していなかったのですが、首長さんたちのお話しを沢山聞くようになって、「(議員との)役目の違い」をはっきり認識するようになりました。

また、地方行政に携わる人たちは国際的な問題やイデオロギーの問題よりも、防災や健康・教育といった住民が円滑に暮らしていくために必要なことが論議の中心になっていきます。

また、知事などの首長に求められる資質も、そこ(日常生活の基盤となる整備)がきちんとできるかどうかじゃないのかなと、私は思ってます。

 

とはいえもちろん!首長の政治思想が右か左かという事も、非常に重要な視点です。

左寄り思想を持ち合せている首長の場合「自分たちで生み出す」という、循環型の統治はしづらくなる傾向が高いと思います。また左寄りの首長の場合、「中韓のエージェントなのか?」という動きをし出すことがあるため、私たちの税金が中韓が潤うために使われているかのようなことに陥りがちです。

ですから、首長を選ぶ際に左の人はそもそも論外なのですが、キレッキレの右の言論をお持ちの人も同じように厳しいだろうなと思います。

というのも、行政という場所は、言論対立をする場所ではないからです。

思想が右であった方が良い自治ができるのは言わずもがなですが、キレッキレの右の場合、極端な対立を促すだけになって行政が滞る可能性が高いと私は思ってます。

また、ごくごく普通に右っぽい感覚を持ち合せている人が首長である場合は、特段右寄りな主張をしなくても、自治が循環型で上手く回り始め活性化するようになります。

ですから、首長においては敢えて思想対立を促すほどまでに、右である必要は私はないかなと思ってます。

また、地方自治における政治というものは、現状をふまえて現実的な判断を用いて問題を解決しながら、発展を促していくものです。繰り返すようですが思想統一をする場所ではないから、そこに注目がいかない方がベターであろうと私は考えています。

それから、市民の思想によって差別される空間は、やはり良くないと思いますし、それによる対立は行政の停滞を生み出すことに繋がり非合理的だと思ってます。

 

イデオロギーの対立が行政の無駄に繋がる。

たとえば愛知県では、あいちトリエンナーレで右側思想が憂き目にあうような事態が起こっていますが

【どうしよう愛知】批判は、威力業務妨害で攻撃だと、知事が言う

2019年9月30日

本来こんなことで揉め続けていることが馬鹿馬鹿しいことなんですよね。

あいちトリエンナーレの問題は思想信条云々以前の段階でいろいろと問題があり、その問題に対して知事が「法治」と「行政の循環」という立場をきちんと理解して解決する問題だと思います。そしてそれができていたのなら早期解決ができていたと思います。

しかし、知事がイデオロギーを重視した判断しかしないため、「思想対立」という行政ではもっとも排除すべき問題で対立することに繋がっています。

私はこのような判断しかできない大村知事はリコールするべきだという活動に賛同しておりますが、

【愛知も続け!】台湾で初!市長のリコール成立!

2020年6月7日

大村知事が逆の立ち位置(保守よりの言論)であっても同じ事は起きていたでしょう。

つまり、行政の長たるものがイデオロギーに偏るというのはどちらの側であっても危険なのです。

フラットな姿勢で「法(約束)」という基準での対応せねば、上手くいかない役回りだということです。

 

議員はルールを作る人、首長はプレイヤー(実践者)。

また議員も首長も政治家であることは同じですが、議員はルール作りに特化した役目であり、首長はそのルールに基づいて実践する人である事が大きな違いだと思っています。

首長は決まったルールの上で最善を尽くすのが仕事であり、ルール作りに夢中になっていては仕事になりません。

もちろんルールの方向性を決めるのも首長の仕事ではありますが、それ以上に大事なのは、自治全体を見渡せる視野の広さと人と切磋琢磨できる能力だと思います。

自治が行う仕事は非常に多岐に渡っているため、もちろん全てを1人で把握し、解決するのは無理です。

そのため周囲の人の力が必要になってくるのですが、そこで職員の良き動きを作ることができるリーダーか否かということが、選任するために重要な視点なのだろうと思い、それは良き社長になれる器かどうかということと同じかなと思います。

ここら辺が議員を選ぶ時と、首長を選ぶ時の一番の視点の違いだなと、最近の私は理解しておりますが……、首長選挙の時にそういう選択肢がないのもしばしば。

【愛知県外の皆さんへ】なんで県民は大村知事に投票してしまうのか説明します。

2019年8月6日

一方で東京は、選択肢がありそうに見えて、単なるカオスであるのが実情ですよね(^^;)。

このように、地域によって実情は違うものの、まずは議員と首長の役目は大きく違うことを認識した上で、選択されるのが宜しいかなと思います。

 

それでは♪

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