【あいちトリエンナーレ】津田のスタンドプレーが凄すぎて……

先ほどは本題に入れず申し訳ありませんでした。

気を取り直して、9月25日に愛知県が掲出した「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会の中間報告」について気になったことをお話ししていきます。

 

あいちトリエンナーレ何それ?と思った方は……

 

地元で開催されているからという理由で、ついつい足を踏み入れてしまってから……そのあまりの酷さに驚愕し、記事の連投が続いているあいちトリエンナーレ

あいちトリエンナーレについてはいろいろ記事を書いているので、「なにそれ?」って思う方は以前に書いた記事を読んでください☆彡

 

ということで、本題入りたいと思います。

 

この報告書出して、国訴えるの???

愛知県から「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会の中間報告」が出まして、それはPDFでまとまっているので誰でも見る事ができます。

↓あいちトリエンナーレのあり方検証委員会の中間報告PDF↓

https://www.pref.aichi.jp/uploaded/life/256626_865255_misc.pdf

この報告書は全96P(PDFではPPTで作ったものを2枚貼りしてるので半数のページになっていると思われます。どうでもいい話ですが、96Pの内容とは思えないほど内容的には簡素なので、もっとコンパクトにする事もできると思いますし、1時間あれば全文目を通せます。)ありますが、その最後のまとめの部分を見れば、文化庁に異議申し立てすることの方がおかしいように思えて仕方ありません。

該当箇所は90P

10.展示された23作品の過半が実は2015年の「不自由展」に出されなかったものだった。それにも関わらず芸術監督は不自由展実行委員会に「展覧会内展覧会」の形式で展覧会の開催を業務委託したが、他の方式を事前に検討しなかった。

-不自由展の実行委員会は、写真撮影の禁止と少女像をパネル展示に代える等の提案を早くから拒絶。その段階から芸術監督は混乱を回避するため企画を断念、あるいはキュレーターチームの協力を得て他の方法での実施を検討すべきだった。

-芸術監督は、例えば担当のキュレーターを指名し、作家と個別に交渉し、自ら展覧会を作り上げる等の正攻法をとりえた。しかし不自由展実行委員会との交渉開始が遅く、時間が無くなった上にどうしてもやりたいという熱意のもとで通常ではありえない妥協を重ね不自由展実行委員会への業務委託方式にこだわった。その結果、当然の結果として大きな混乱を招き、実施団体や県庁のみならず、作家や愛知県美術館や協賛企業等、幅広い関係者等に多大な損害を与えた。

検証委員会が導き出した根本的な問題としては、実行委員会が把握できない津田さんのスタンドプレーが仇となって、混乱が巻き起こり、そして幅広い関係者が損害を受けることになってしまったということ。

つまりは全て「津田のせい」なのですが……ここまで混乱を帯びる要因は、津田にあり実行委員会にあり、そして表現の不自由展に関する不整備にあった事をここで認めてもいます。

また「その結果、当然の結果として大きな混乱を招き、実施団体や県庁のみならず、作家や愛知県美術館や協賛企業等、幅広い関係者等に多大な損害を与えた。」ということは、「今回のイベントの関係者になると、その相手先も損害を被ることになる」とも自爆していると言えます。

さらには、不自由展に対する妥協が問題を作り出した原因ともしています。

ここまで自らの責任を認める報告書を出しているのにも拘わらず、交付金が降りないのはおかしいと言っています。

問題があったことを認めながら「金はくれ」ということの方がおかしいように思うのですが、県が掲出している事業費を見てると、これまたなんかおかしくない?と思うようになりましたので、お金の件は続きの記事で書こうと思います。

 

追記

ちなみに、本題では触れませんでしたが報告書の59P~62Pに書かれていることは、かなり爆笑物です。

引用しますね。

38 「芸術監督の業務内容等について」という文書(第1回委員会資料参照)によれば、芸術監督は学芸業務の最高責任者と位置付けられている。この観点から今回の事案を検証結果に照らして振り返った場合、芸術監督の一連の行動と発言にはどのような問題点があったか。

・芸術監督は以下の諸点において学芸業務の最高責任者としてふさわしくない行動や言動、情報発信を行ったといえる。

(1)本来業務に関する判断、あるいは組織運営上の問題点
①不自由展実行委員会のかたくなな姿勢は早くからわかっていたにもかかわらず、自らの個人的関心を優先させ、交渉上、組織としては通常ではありえない判断と譲歩を続け、結果的に展覧会の開催を強行し、止の事態に陥り、関係各方面に多大な損害を与えるとともにあいちトリエンナーレ及び、愛知県庁に対する県民や協賛企業からの信頼を大きく失わせる事態を招いたこと。

②不自由展実行委員会に展覧会のキュレーションを委ねてしまい、結果としてあいちトリエンナーレの期待水準に達しない、また「芸術の名を借りた政治プロパガンダ」と批判される展示をみとめてしまったこと。

③(①に関連して)、企画段階からの専門キュレーターの参画を得ず、また最高責任者としての権限を行使して担当キュレーターを配置しなかったこと。

④展示に加えてパネル討議やディスカッションなどの併催企画が必要な難易度の高い企画と認識していたにもかかわらず、時間不足と資金不足に陥り、結果的にその準備に至らなかったこと。

⑤大型作品の搬入や海外からの作品搬入に伴うスペース不足やコスト増をあらかじめ想定できず、予算の不足を招き、また予定していた協賛金の手当てができなかったこと。

⑥芸術監督という多忙な職務にあるにもかかわらず、不自由展にアシスタント・キュレーターをつけずに自ら一部作家との交渉や不自由展の実行委員会との準備に多大な時間を費やしたこと。

(2) 背信とのそしりを免れない行為
⑦芸術監督はインターネットに精通した専門家であり、展示作品の断片映像がSNS上で拡散される事態とそれがもたらす激しい抗議をある程度、予見し得たはずである。それにもかかわらず早くからその危険性を事務局や会長に警告しなかったこと。さらに展示開始後、一部の作家から写真映像のSNS拡散の禁止はおかしいと抗議を受け、当該作家だけに対し「作家発ならよい」と回答してしまい、結果として他の2作家の追随を招き、ひいてはルールの不徹底に対して来場者からの抗議や混乱を招いてしまったこと

⑧本来は不自由展実行委員会が自ら用意すべき展示作品の詳細説明を無償でかって出て、自らが経営する会社のサーバーに用意したこと、また不自由展実行委員会が本来、負担すべき訴訟となった場合に発生する費用等の経費を個人で負担する覚書を出していたことは、業務委託先との不適切な関係(いわゆる公私混同)に値する。また、私益を追求した訳ではないが、芸術監督に求められる業務委託先や出品者の公平な扱いの原則から逸脱し、最終的にはあいちトリエンナーレの公正かつ透明な運営に対する県民や協賛企業からの信頼を失わせる行為である。

⑨大浦氏の新作映像の内容を知り、またその出品を5月27日に正式決定したにもかかわらず、作品リストに掲載せず、またその事実とそれがもたらす混乱の可能性やリスクを事務局やキュレーターチーム、会長に一切伝えないまま展覧会の開催日を迎えたこと(「善管注意義務の重大な違反」あるいは「悪意ある不作為」とのそしりすら免れえない)。

(3)ジャーナリストとしての個人的野心を芸術監督としての責務より優先させた可能性
⑩2015年の不自由展の拡大版を「あえて今回公立美術館で開くことに意義がある」と不自由展実行委員会と当初から合意していたが、これは人々が公的機関に期待する役割から逸脱したものであり、いくら芸術祭であるといっても、県民からの理解がたちどころにはえられるとは思われない。また、このことはプロのジャーナリストとして当然、想定し得たはずだが、それにもかかわらず、芸術監督は無理に無理を重ね、キュレーターチームや事務局からの懸念を振り切り、愛知県美術館での展示を強行した。このことはジャーナリストとしてはもしかすると長い眼で見た時にひとつの業績になりえるかもしれない。しかし、税金でまかなわれる県の施設を使用する芸術監督に求められるべき当然の分別、あるいはINTEGRITY(高潔さ)を著しく欠いた行為であり、違法ではないが到底、県民の理解はえられない。

⑪2019年4月には芸術監督の地位にあるにもかかわらずインターネットの番組内で今上天皇に関し「2代前だから燃やしてもよい」と受け取られても仕方がない発言を行い、その映像が広く流布された。この発言は後の大浦氏の新作映像の出品をあらかじめ知ったうえでしたものではないとの弁明があったものの芸術監督としては軽率かつ不適切であり、のちにSNS上で同作品の映像が流された際に想定以上の激しい抗議を誘発する一つの原因ともなった。

他にも赤裸々な情報が沢山書かれているのでPDFは是非全文見てみると良いと思います。

https://www.pref.aichi.jp/uploaded/life/256626_865255_misc.pdf

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2 件のコメント

  • 人が大切にしている物や価値観を侮辱するような内容をアートとは、
    どんだけ心に闇を抱えてるんだろうと思います。
    他国の王様や国旗をそんな風に扱ってどういう気分になるだろう。
    歴史の英雄と考えてる人物が単なる暗殺者だとアート作品にされたら、
    歪曲だときっと激怒するでしょう。
    県知事に対するネガティブなイメージの作品をアートとされたらどうだろうか。
    百歩譲ってもそういう表現の場は風刺画くらいにとどめておくべきです。

    • こんばんは
      仰る通りですよね。
      しかも報道は、そういった部分(国旗や君主のことについての侮辱としか思えないアート)をひた隠しにし、慰安婦像ばかりを取り上げて日韓問題に仕立て上げていますよね。
      その上、日本に対するヘイトは法律違反ではないからやって良いとまで言い出してます。
      別にそういうことをして法律違反でないことは認めますが、論点は、そこに公金が投入されたことです。

      ちなみにこちらの記事で津田さんをけちょんけちょんにこき下ろしている委員会の皆さんですが、そんな皆さんでも君主を燃やすことは「祈り」とか言い放ってます。
      https://twitter.com/ShinichiUeyama/status/1174326701230182400
      https://www.moeruasia.net/archives/49653180.html

      ほんと、世も末だなと思わざるを得ませんよね。

      まぁでも影でコソコソやられて知らぬところで公金が垂れ流しされているよりは、ここでおかしな事が全部表になったことで抜本的に見直さなければならない状況になれて良かったのだと思ってます。

      向き合うと嫌だなぁって気持ちが蠢きますが、一つずつ向き合ってみんなで乗り越えていきましょう。
      それではこれからも宜しくお願い致します。

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