6-5.苦手な小言や口癖を治す方法

※こちらは、以前私がアダルトチルドレン(現在の自分の生きづらさが親との関係に起因すると認めた人)の問題に向き合っていた時に書いた内容を掲出しています。できれば最初からお読み頂ければと思います。→0.はじめに

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アダルトチルドレンは国民病?!

第六章 私の格闘記

 

6-5.苦手な小言や口癖を治す方法

私の家の場合は、母が「○○しなきゃダメ」など、あれはダメ、これはダメと、とにかく否定的な言葉を連呼します。元々、私はそれが嫌でした。縛られるような感覚が身を覆うからです。

その苦手な言葉が、つい2ヶ月程前に、大量発生する事件がありました。

私の家は今年の春に父親が脳出血で倒れ、半身不随となってしまい、介護が必要な身体になってしまいました。その父が2ヶ月前、退院し、自宅に戻ってきたのです。慣れない介護に母は余裕がなくなったのでしょう。父親に対し、「○○ダメ」と頻繁に口にするようになりました。母が余裕のない時の使う頻度はすごくて、母が父に向けている言葉でノイローゼになってしまうのではないかと思うほどでした。

「あれはダメ、こうしなさい」などと、父に訴えている母の姿は、幼少期の頃の自分に与えられたしつけを思い起こさせ、そう言われる事で、尋常じゃないストレスを感じていた自分の姿を明確に思い起こさせてしまったのです。

幼少期の自分の姿をリアルに思い出すのは辛かったですが、その時、私は「親のことが好きじゃない」の根本を掴めた気がしました。

私と母との間で、しこりを感じていた違和感のようなものがなんだったのか、ようやく理解したのです。

私は、母が使う否定的な言葉やヒステリックな言動が大きな障壁になっている事に気がつきました。その言葉で、自分が牢屋の中にでも閉じ込められているような閉塞感を味わってしまうのです。それが他者に向けている言葉であっても、母の独り言であったとしても、先に記した通り、自分への多大なる影響を与えてしまう一言なのです。

こればかりは、なんとか変えてもらわなければ、と頭をひねらせました。

そして、父と同じ病気で悩んでいる人たちに向けたリハビリ本を読んでいる時に閃きが起こりました。

その本に「私たちの脳には、『報われる』という事に反応する特別なシステムがある」と書かれていたのです。

この一言だけでは、クエスチョンマークだらけになってしまうと思うので、もう少し詳しくその本で書かれていたことを書き残しますね。

「脳はいつも褒められたがっているのです。これは脳が自らよりよいものとして作り上げていくために持つ、とても基本的なシステムです。私たちが調べるかぎり、国籍や人種、文化にかかわらず同じシステムを、私たちの脳は持ってます。しかし、自分で自分の変化に気づき、達成感を得るということはあまりにも難しいことです。だからこそ、周囲の助けが必要なのです。その人の成長を見つめ、よりよい方向に行ったときにそれに気づき、ほめてくれる人が、必要なのです。」

この記述を見つけた時、「これだ!」と、思いました。

実は、私の父は、退院前に「リハビリしても回復の余地なし」と言われていたのでした。どんなに本人と家族が頑張っても、全ての行動に介護が必要となると言われていました。でも、私と母は、父の可能性を諦めてはいなかったのです。

だから、その本に書いてある効能を試すという事で、母に「これからは、良いところを見つけて褒めていくようにしよう」、「出来ない事を悲観するのではなく、今日出来た事を見つけてそこを褒めていく言葉に変えていこう」と、提案しました。

父のリハビリに繋がるという前提があったので、その提案はスムーズに受け取ってもらえました。そして、母親自身が自分の口癖を気にかけてくれるようになったので、随分と否定的な用語が家庭の中で飛び交う事がなくなり、私自身のストレスがうんと軽減されるようになりました。

 

今回、母親の口癖を変化できたポイントは四つあります。

 

①常に感謝を口にしていたこと

私が小さなことでも「ありがとう」と口にするようになってから、母は以前よりも優しく、柔らかくなったように思います。人は、「報われていない」と思う心情の最中にいる時は、人の言葉を、特に子供の言葉を聞き入れてもらいづらいでしょう。私が感謝を口にするようになったことで、母の寂しい心は少し回復しました。それに「ありがとう」と言葉を発している側の事を「分かってくれている」と、見てくれるようになりました。

口に出さなくても、母への感謝は変わらず抱いていたのですが、それじゃ、伝わらないってことなんですよね、やっぱり。

聞き入れてもらう為には、まずは相手の心を柔軟な状態にしていく事が大事で、それは「ありがとう」の一言の連続によって、変化するのだと実感しました。

 

②母を一人の友達として見るようにしていたこと

友達としてみるようにしていたからこそ、親子関係の中にどうしてもつきまとう主従関係、もしくは上下関係から、抜け出せたように思います。そして、友達として見るように努めたことによって生まれた客観性があったからこそ、母親の言葉にいちいち情動が揺れ動かされる事が無くなり、「自分にとって、何が嫌なのか?」という事を探り当てる事が出来ました。

 

③自分の意見として、変化を求めないこと。第三者のメリットを提案したこと

関係が近ければ近いほど、相手の意見に従う事に何故か拒否感が生まれます。これってどうしてなんでしょうね。子供が親に指図されたくないと思うのと同じように、親も子供に指図なんてされたくないと思う事ってきっと多いでしょう。更に、情動が前に出てしまいがちな家族間においては、問題や論点がなんだったのかすらを忘れて、ただぶつかりあってしまう事は大いにあると思うし、実際私は、そんな失敗ばかりをしていました。

「私が嫌だから、こうしてほしい」と、提案すれば、母の中に存在する、「私もここが嫌だから、こうしてほしい」の繰り返し提案になって、互いに「その案には乗れません」と、提案そのものが却下になってしまっていたように思います。

だから今回のように、直接的な母への変化を求める訳ではなく、主軸に父親の変化を置いた事が良かったのだと思います。

父を変化させるのが大前提で、その為に母へ協力を促した。そうする事で、母の行動を否定せず、自分が促したい方向へ転換させられたように思います。

 

④父にも母を褒めることを促したこと

結局、父ばかりを褒める日常だけでは、母の中のストレスが軽減される事はないと思っていました。母の毎日は、父に尽くすためだけに使われていたからです。だから、父にも、同じように母を褒める事を促しました。沢山褒めてもらっている父は、素直にその言葉に従い、今日一日の感謝を母に伝えるようになりました。父から発せられる感謝の一言が母のなによりものやりがいにつながったのでしょう。表情は生き生きとし、今まで以上に父の介護を懸命に行う母の姿がありました。その後ろ姿は、以前のように寂しげではなく、生き生きとした後ろ姿に変化していました。

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