【どうやら】思想とは不幸な人の願望に過ぎないようだ。

2019年1月15日

去年の秋から、アダチル本執筆に取りかかった私は、改めて思想とは何かということを考えながらこの数ヶ月過ごしていました。

そして、分かったことがあります。

 

思想は人に希望を与えるものだが……。

ここ数ヶ月、特に社会主義思想と共産主義思想について勉強を続けています。

私は元々幼い頃から哲学が好きで、人がどんな時に何を思い何を考えるのか考察するのも好きでしたし、そういった文献を読むのも好きでした。

しかし、ユングやフロイトが伝えたかったことは一体何だったのか、未だによく分かない部分があります。

ただし、この数ヶ月アダチルと向き合い、そして近現代史を読み解き、さらに社会主義思想や共産主義思想の思惑には何があったのかを一つずつ読み解いていく作業を続ける中で、思想が生まれる瞬間や人がそれを求める瞬間には、同一的な欲求があることが見えてきました。

思想というのは、人に希望を与えるために存在していたんだなということが、急に理解できてきてしまいました。

ではなぜ人に希望が必要なのかと言えば、失望や絶望が心を支配しているからなのだろうと思いました。

つまり思想というものは、失望や絶望が支配する社会の中であればあるほど花開き、そして浸透しやすいのだとも思いました。

 

今目の前に蔓延る社会に対する不満や不遇感が無ければ、思想というものは生まれないんだなとも思いました。

この事実は、私を切なくさせました。

 

なぜなら、思想家と呼ばれる人のほとんどは特に現代に現われた思想家は、自ら背負った不幸のコンプレックスやレッテルを自身の努力で昇華できなかったのだろうなぁと思うのです。

自身の日常が満ち足りて満足していたのなら、社会の変革をせねばならないと思うほど気持ちまで駆り立てられるものはないからです。

だからこそ、思想というものは、不満に満ち溢れた状況があってこそ生まれるものなのだなぁと、気がつくに至ったのです。

 

逆に言えば、社会が大凡円満で、幸福に満ち足りている状態で循環しているのであれば、思想たるものの必要性などこの世には必要ないのです。

人としてあるべき道理を理解して、その枠の中で、それぞれが生き死ぬだけのことなのです。

そこには喜びもあれば悲しみもあることでしょう。

笑いもあれば涙もあることでしょう。

あーしたら、こーしたらというような論調に踊らされることなく、与えられた今日を切々と丁寧に生きるだけで、人生は素晴らしいものになるでしょう。

多くの日本人はこの環境で長らく生きていきたのになぁとも思いました。

 

しかしながら、明治の開国を機に、様々な考え方を勉強しようと躍起になっていた日本は、その背景にある不遇感に気がつかないまま、西洋の考え方は進んでいるものだと思い込んで崇めた扱いをしてしまいます。

っていうかざっくり1500年程前、仏教が流入してきた混乱もこんなような状況だっただろうなぁと思っています。

 

お釈迦様は凄い人だと私は思っていますが、そもそもお釈迦様が思想を切り開いた理由も「不幸」だったということを、私たちは忘れてはいけないと思います。

 

そして、思想の混乱が大いに起こり続けているこの160年間は、敢えて不幸を勉強しに行く160年だったのかもしれないなぁと思っています。

 

世界中には紀元前の時代から思想家が沢山いるのに、日本には哲学的思想が少ないということをちょいちょい言われているように思うのですが、それは紀元前の時代から世界はずっと不幸だった証に過ぎないんじゃ無いかと、今の私は思っています。

 

そこに憧れ、そこを学ぶなんて、どんだけ馬鹿馬鹿しい作業をしているのだろう思い始めています。

 

幸せの国にあるのは信仰と習慣です。

一方で、幸せの国に思想は必要ではありません。

なぜなら、既にもう幸せなので、希望を持たせるための思想など不必要なのです。

今ある慣習にそって今を生きるだけで、満ち溢れた生活は維持できるのです。

 

私たちの住むこの国は、そういった信仰と習慣、そして慣習が沢山ありました。

しかし、海外の脅威が迫り開国すると供に、それは徐々に忘れ去れて軽視されてしまいまいた。

溢れ出る向上心を持つ海外の人たちの方が優れているんじゃないかという錯覚があったのかもしれません。

そもそも向上心というものも、不満に満ちている時の方が強烈に現われるということに気がつかなかったんだろうなと思います。

思想の混乱によって引き起こされた歴史の検証をしたことによって、ようやく私もそこに気がつけたのですから、その思想によって引き起こされるその後の悲劇など、明治の時代に生きた人が気がつくはずはないだろうなと思います。

でも、思想によって引き起こされたものは悲劇しかないということに、あれから100年近く後に生まれた私たちは、そろそろ気がついて良いのではないのでしょうかと思います。

 

宗教的思想が花開く時、その心は……。

ここ数年スピ系思想が花開きましたが、思想が花開く時と社会不安は必ずセットになっているということも、今回じっくり歴史を紐解いて見て気がつきました。

人は不安定な時ほど、性急で狂気で現実逃避させるほどの危険性を帯びた思想に飛びつきやすくなるそうです。

今のままではダメだ!と思う心が、今の思想とはかけ離れた場所に見える思想に希望と活路を見い出そうとするのだそうです。

それほどまでに心が追い詰められているからこそ、現実逃避できる最も安易な策に目が行くのかもしれませんが、スピの結果も既に今見えていますよね。

 

私たちがまず知るべきことは、それほどまでに心が追い詰められなくてはならない日常の理由はなんなのか?を探ることだと改めて思いました。

残念ながら、この日本にはそれほどまでに心が追い詰められなくてはならない日常など転がっていないのですが、祖先の皆様がビックリ仰天せねばならないほど、心が追い詰められてしまう現代人は多数います。

私たちがせねばならないことは幸せになることではなく、こんなに安心安全を意識した生活をした結果、心が追い詰められる事態になった自分たちの理由を探ることだろうと思いました。

その理由には、無意味に浸透した要らない思想の存在もあります。

そして、道理に基づいて行われていた信仰と習慣と慣習を軽視してしまったこともあります。

必要なものを吸収せずに、不必要なものを吸収しすぎてどうやら私たちはおかしくなってしまったようです。

そこに気がつけたらいいですね。

 

 

 

追記

休憩時間に本を読む度に、社会主義思想と共産主義思想の理解が足らなかったと思わされます。

そのため、本を読む度にアダチル本を書き直す生活が続いており、これはまだまだ続きそうですが、納得するまでやり続けたいと思います。

アダチルと社会主義思想や共産主義思想に何の因果がと思う人がほとんどでしょうが、この無駄な思想のマインドスイッチによって、現代にひしめくほとんどの問題は起きていると言っても過言ではないと私は思っています。

ではではまったね~。

 

 

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