※こちらは、以前私がアダルトチルドレン(現在の自分の生きづらさが親との関係に起因すると認めた人)の問題に向き合っていた時に書いた内容を掲出しています。できれば最初からお読み頂ければと思います。→0.はじめに
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アダルトチルドレンは国民病?!
第六章 私の格闘記
6-2.結局、結婚なんだ、孫なんだ。
私は、「親の望むいい子でいたい」という欲求を育んだまま、大人になりました。他人から見れば、自由気ままで自分勝手に遊んでいるように映ったかもしれませんが、やっぱり根底に「親を喜ばせたい」という気持ちが消える事はありませんでした。
私は、親も望んでいたスチュワーデスの道を諦めた後、(厳密に言うと、親は、「親の意思」で、私がスチュワーデスの道を志したなんて事は思っておらず、「私がなりたい。」と言う気持ちを応援していたと思います。)マーケティングとプロモーションを手がける会社に入社しました。そこで、私は水を得た魚のように、仕事にのめり込みました。単純に楽しかったのです。苦労も多かったし、愚痴を言うことも多かったけど、すごくその仕事を楽しんでいました。そのせいもあってか、テレビや新聞の取材を受ける事も度々ありました。親は、私の活躍を喜んでくれていました。私も自分が活躍する事で、親へほんの少しの恩返しが出来たように思ってました。
だけど、二十代後半になると、その親の期待や喜びに対し、憎悪に似た気持ちが膨れ上がります。
仕事に夢中になって月日を重ねていたら、気がつけば結婚適齢期と呼ばれる年齢になっていました。友人たちはどんどん結婚していきます。そして、近所の同世代の子達もどんどん結婚していき、孫たちが私の実家の近所で遊ぶようになってきました。
その頃、「早く結婚しないの?」、「彼氏はいないの?」と、悪気なく親から浴びせられる言葉が何よりのプレッシャーで、実家に帰るのがとても嫌になりました。
親の期待に応えるつもりで、応えたいと思ったから、勉強も一生懸命やって、偏差値の出来るだけ高い学校に入って、仕事でも伝わるような結果を出そうと、一生懸命やってきたのに。
「そこなの?」、「結局、結婚なの?」って、思いました。
小さな頃から、ずっとお勉強、お勉強で、良い大人になれるようにとしつけくれた親の思いに応えようとしてたのに、親から浴びせられる結婚に向けた言葉を受け取ると、「なんだ、実は、そんなのどうでもよくて、結婚をして、子供を産んだらそれでいいんだ」と、「セックスする事で親の夢が叶うんだ」と、どうしても思えてしまい、今までの努力がとてつもなく虚しくなっていきました。
私も偶然その時に結婚を考えるような彼がいて、みんなと同じように結婚していたら、その言葉が重荷にならなかっただろうし、その言葉に憎悪も感じなかったと思います。ただ、私はその時、結婚を前提にするような彼はいませんでした。
期待に応えたいけど、どうしたらいいのか分からないし、親に認められたくてやってきた結果と向き合ってもらえず、突然、結婚や孫への期待を口にする親のことが何より許せませんでした。
なんだか、裏切られたような気持ちで一杯だったのを覚えています。
今まで、「あーしろ、こーしろ」と言ってきたのはなんだったのか。私は、世間体に合わせる為のお飾りなのか。いろんな気持ちが沸きました。
親からしてみれば、「いい歳なんだし、そういう彼氏くらいいるわよね」くらいの、悪気のない、フランクなコミュニケーションの一つだったと思います。そんな会話の一つの中から受け手側は大きな憎悪を感じてしまう。
その要因はどこにあるのかと考えれば、それは「影響力」の偉大さにつきると思います。
親は子供への影響力の偉大さにあまり気がついていないんだと思います。
そして、子供は否応がなしに、親の影響力を受けすぎてしまうんだと思います。
与える側は、影響力の強さを自覚せず言葉を発し、受け取る側は、その回避の方法を習得しようともせず、同じようなコミュニケーションを続けてしまうからこそ、そこに問題が発生するのではないかと思います。
どうして、そうなってしまうのか、次の項目では考えてみたいと思います。
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