【持論】人は3ヶ月前との比較で生きている。

常に人生は過去とは違うものですが、その過去が気になる期間って、所詮3ヶ月前を目安に感じてるものだと思うのですよね。

 

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上下感の判断の体感は、3ヶ月前までの比較じゃない?

今年に入ってあり得ないことが立て続けに起きていて、世の中は誰もが知らない方向性に走っていますが、個人的にはようやく武漢ウイルスシフトの世界に慣れつつあります。

慣れるのが良いのか悪いのかは分かりませんが、少なくとも慣れてきています。

そしてようやく慣れてきたことによって、感情の起伏めいたものもあまり感じなくなってきたせいか「あぁこうして人は順応して生きるのだな」と、改めて発見している部分もあります。

結局人は慣れるし、慣れた価値観の中でしか判断しなくなるのだなぁと改めて感じておりますが、これは別に武漢ウイルスに限ったことだけに限らず、私の日常においてはほぼ全てだよなぁと思ってます。

皆さんの基準は何ヶ月前の数字ですか?

私の日常を例題にこの感覚をお伝えしていきますね。

私のブログはアクセス数(PV数)で1万を切ることが最近全くないのですが、先日珍しく8000pvだったんですよね。

そこに私はちょっとした落ち込みがあり、そして不安が過ぎったんですよ。

でも、冷静に考えてみれば、これは最近の私だから思う事なんですよね。

ちなみに半年前も、やっぱり1万を切ることはなかったのですが、私がブログタイトルを変えて(波動探求からパルプンテに変えて)、サイトデザインも変えた時に過去のURLも誤って変えちゃって……、そのせいなのかもの凄くアクセス数が一気に落ちて、なんなら半減してしまいました。そして、ようやく今年に入ってから過去のように1万は切らないという状況になってきました。

だから最近の私は1万を切ることが非日常になった訳ですが……ほんの数ヶ月前だったら、逆の思い(やっと8000PVまで戻った=満足の思い)が現れていたはずだなと思います。

もっと言えば、このブログを始めた3年前なんて、日々1万pvを超えることなんて、想像すらできなかったです。

ですから、アクセス数が一万を切ったくらいのことで落ち込むとかの理由が当時の私には分からないでしょうし、逆に日々1万を超えるアクセス数が来た時の対処に不安を感じていたに違いないだろうなと思うのです。

でも月日が経って、それが当り前になると、捉え方は真逆になるんですよね。

そしてアクセス数の事を含めて分かったことは、「結局人と言うのは、ちょっと前の自分としか比較しないんだな」ということです。

私の場合、収入に関しても同じようなことが言えるかなと思ってます。

私は個人事業主なので、毎月の収入は一定ではありません。

多い月もあれば、滅茶苦茶少ない月もあります。

そして、2016年の頃は滅茶苦茶収入が少なくてヤバかったという話は、何度もブログに書いているのでご存じの方も多いかと思いますが、そこから脱却してみると、すっかりそういう頃を忘れつつある自分も日々感じています。

↓2016年は金銭的にヤバかったという記事↓

㊌私を貧乏から救ってくれた驚異のお財布

2019年12月4日

あの頃は「数千円でももらえたら有難い」と命からがら生きていたのに、そこから脱却して普通に戻ってしまうと、意識する目線は全く違うものになります。

もちろんあの貧乏上等の時代は忘れていないですし、あの貧乏生活は一生涯の糧として生きていきたいとは思うし、また崖っぷちになることがあるのなら、あの日からの復活を教訓に現状打破をしていきたいとは思いますが、日々の感覚としてはどうしてもあの頃の感じにはもう戻れないんですよね。

でも…もう一つぶっちゃけとくと……社会人時代の頃と比べたら、私の収入は未だ半額以下ですがね(笑)

だから今はそこと比べたら全然良くないんですが(笑)、2017年からずっと収入は右肩上がりではあるので、体感的な感覚は「今はいい!」になってしまうんですよね。

やっぱり収入の比較も私の場合は、数ヶ月前が基準になっているのだなと思います。

そして、ここで気が付いたことは、どこを基点にするかで人の感覚、及び上下の感覚が変わるということだと思います。

現在の私の感覚は、前の会社で働いていた時を基準にもしていないし、また貧乏すぎて死にかけた2016年のことも基準になっておらず、3ヶ月前の事が基準となって「今は良い」となっているだけのことなのです。

こうして自分を俯瞰し直してみると、結局人間なんてものは、たかだか3ヶ月前程度の事が体感の基準となっているのだなということがよく分かるし、3ヶ月前以上との差はすっかり忘れてしまう生き物なのだなということもよく分かります。

そうして人は前の自分との区切りを作っていくのだなとも思っています。

だって、そうでなければ、子供の頃との自分の境も作れないはずですよね?

だからこそ、みんな子供の頃と今の自分は違うものとして生きているのだろうとも思います。

もちろん、学生の頃とも違うと認識して生きていると思います。

それから、昔から「人の噂も75日」と言われますが、この言葉も「比較の基点はが3ヶ月前のもの」と実感するようになれば、滅茶苦茶腑に落ちますね。

日々人間は変化するから、注目するべき基点も自然と変わってしまうものなのですよね。

だからこそ、過去の思いもいずれ忘れてしまうものだと思いますが、そこには良し悪し(一長一短)の側面も大いにあると思います。

ですから、人間は慣れてしまうものということを理解した上で、変な方向で慣れてしまわないようにしていきたいですね。

ちなみに変な方向というのは、「ほんの少し見方を変えたら~ようやく本質に戻れる時代の中で~」で書かせて頂いた本質から遠ざかる方向です。

書籍の中では「1+1=3」と表現させて頂いた方向性です。

電子書籍は半額以下です。

武漢ウイルスは今までの私たちの日常をことごとく破壊していますが、この破壊が本質に立ち返るチャンスを作っていくれている部分もあります。

何が本質であるかを見極めて、本質に沿い本質に慣れながら、この国難を乗り越えていきたいですね。

 

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2 件のコメント

  • 体の細胞が全部作り変わるのには、100日から120日かかるそうです。だから、生理的に正しいのです。
    RNAは、環境適応の結果ですから。

    骨は3年かかるそうです。

    • こんばんは!
      細胞の体感が私たちの体感に繋がるのだなと、改めて思う次第です。
      この状態が続いた数ヶ月後には、体内世界においては過去の時代を知らない細胞だらけになるんですね。
      どんな時代になるのでしょうね。

      ドキワクです。

      それではこれからも宜しくお願い致します。

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