【危ない】社会の否定とコミュニティの全肯定

キンコン西野君のコミュニティで、社会的に「どうよ?」って思うことが度々繰り返される要因が少し掴めた気がするので書きます。

 

まっすう(マスザワ内閣)さんが西野信者だったとは思いませんでした。

えらてんさんにはまってから、最近もの申す系の若手youtuberをよく見るようになり、まっすうさんの動画もちょくちょくチェックするようになりました。

まっすうさんは、マルチ系ビジネスの闇に結構突っ込んでてイケハヤさんとかのやってることにも鋭く突っ込んでました。

で、ご存じ10歳youtberの件も鋭く突っ込んでました。

で、どちらの問題もオンラインサロンとかのコミュニティ運用から起きたといっても過言でない話ですし、一昨日の記事で書いたのですが、ゆたぼん一家はコアな西野サロンメンバーということもあったので、まっすうさんのこの動画を見つけた時↓

西野さん批判が展開されると思ってたんですね。

そしたら動画の内容は真逆で、西野サロンがどんなに良い場所かということをお伝えされていました。

拍子抜けしたというか……私があまりに悪意をもって彼を見過ぎていた面があったのかなぁと思う程、西野サロン自体はかなり健全に運用されてるようなのです。

そして、素直に楽しいみたいなのです。

にもかかわらず、私のような外野からみると、社会の害悪にしか受け取れない言動も多いように感じてしまいます。

ですから、私とまっすうさんの温度差はどこにあるのだろう、そして10歳不登校youtuberに対しては批判意見をお持ちのまっすうさんは、西野サロンメンバーとしてどう思っているのだろうということを深掘りしてみました。

そしたら、だいたいの答えが見つかったように思います。

 

 

コミュニティのメリットデメリット

現在は、社会全体が変容の最中だと私は思っています。

ですから、今までのような企業という母体に人が雁字搦めになるメリットがどんどん薄れてきており、個人が個人で自由に活動できるコミュニティが必要とされ、また新たなコミュニティがボコボコと生まれるのも必然のことだと思ってます。

ただ、どんなコミュニティであっても良し悪しというのは必ずあって、コミュニティによる「仲間意識」が強くなっていくと、そのコミュニティ内では知らず知らずのうちに批判ができにくくなる空気感が強まったりします。

西野サロンでも悪気無くそういう空気感が漂っているそうです。

これって、結構怖いことなんですよね。

多分コミュニティで集まっている人たちは純粋に「応援したい」という気持ちだけなんだと思うのだけれども、何でもポジティブに捉えることが当り前になると、人って「盲目」になるんです。

また熱量の高いメンバーと一緒にいるのは刺激的だし面白いしワクワクすることも沢山あって、ポジティブな思いしか生まれてこないっていう気持ちになりやすいんだろうと思うのだけれども、それって冷静さを失っているということの裏返しでもあるんですよね。

また、西野さんのサロンは健全な運営をしてきた結果、コミュニティの枠が広がり、コミュニティ内でビジネスが成立する形も多く、コミュニティとしての経済圏が確立されつつあるようなのですね。これはとても素晴らしいことだと思います。ただ一方で、「コミュニティで金を回せば良い」という発想にも繋がりやすく、そうすると社会全体とコミュニティの感覚が断絶しやすくもあり、それはそれで危険なんですよね。

西野サロンをきっかけに起きた今回の問題は、健全な運用をしながらも、相当気をつけておかなければ必ず起こることの一つであるように感じましたが……健全で、概ね間違ったことをしている実感のないコミュニティや思想というのが、後に最も怖い事態を起こしやすいとも私は思っています。

そこを危惧しています。

 

 

人望のある人が持ち合せる、社会への不遇感の伝播は恐ろしい。

何度も繰り返し申し上げているのですが、現実社会を否定したところで、最終的に生み出されるのはもっと荒廃した社会になります。

3-5.革命に必要なのは現在の否定

 

そして、最も恐ろしい社会を創り出す最大の動機となるのは、人望もあり、人柄も素晴らしい人が社会に不遇感を抱えた時です。

↑この動画で江崎先生は、優秀なスパイになりやすい人の特徴として「不遇感を持っている頭のいい奴」仰ってます。

コミュニティの話とスパイの話が混同するような形になって、不可解な気持ちになるかもしれませんが、私が言いたいのは「頭の良い人の不遇感は、容易に社会を壊す力になる」ということなんです。

で、壊して社会が良くなるかというと、そういうことはなく、もっと荒廃することに繋がって行くんですよね。

でも人が不遇感を持ち合せた時には、そういうったことには目もくれずただ壊すことが楽しくなる狂気的な部分も生まれるし、一方で自分たちの活動によって新しく生まれているものに対して恍惚する思いも生まれてくるから、正義感だけが漂っていくことになりやすいのです。

 

私は西野さんが提唱していることには一理あると思っているし、サロンなどの活動も時代に合っているとは思います。

ただ、一つどうしても気になるのは、西野さんがこの社会に対して不遇感を抱えているかどうかということなんですが……どうも私にはめっちゃ抱えているようにしか見受けられないんですよね。

だから危惧しています。

 

そして、こういった場合のコミュニティは、社会に対しては否定的な思いを抱える一方で内部では全肯定になりやすいです。それは社会という敵があるため、そういうことになりやすいんですよね。これは相当アンバランスで、場合によってはカルト的になりやすいのですが、無自覚に社会を敵にしている時こそ、このアンバランスさに気がつきにくくなっていきます。

さらにTOPになる人が仕事ができて人望があったりすると、その傾向が無自覚のうちに強くなりやすいです。

私がここ一年西野さんに感じる違和感というか、変な感じは、多分ここから起きているんだなと思いました。

 

今の社会には良いところと悪いところがありますが、批判的な思いが強くなると、良いところは全然見えなくなります。

一方で、コミュニティにも良いところと悪いところがありますが、肯定的な思いが強くなると、今度は悪い部分が全然見えなくなります。

これこそが、二元論の一番恐ろしいところだと思います。

4-6.二元論によって積み重ねられる矛盾の宝庫のマインドスイッチ

無自覚に馴染んだ二元論によって活かすべきところが見えなくなり壊したり、一方で正すべきところが分からなくなり暴走してしまいがちなんです。

特に、社会という大きなものを否定すると、ほとんどのことは正義にすり替わるので、自分たちの問題点に目がいきにくくなってしまいやすいんです。

だから、危ないんです。

 

そこに気がついて頂いた上で、今後ますます健全なサロン運用をされることを祈っています。

二元論というのは現代人誰もが持ち合せている無自覚に息づいた思考性です。そして、この思考性が問題を解決させない社会を生んでいることに気がついてほしいなと思っています。

コツコツ今日も生きていきましょう☆

 

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4 件のコメント

  • 初めまして、昨年からサイト内の記事を読ませていただいています。
    西野さんのオンラインサロンに入っていましたが、退会しました。

    退会後もサロンで知り合った人とコミュニティを作ってイベントなどを企画しています。
    そのコミュニティでは、肯定する意見ばかりで、否定的な意見は言いにくい状況になっています。
    (誰も疑問を感じないのか、言わないだけなのか)
    今回の記事を読んでとても参考になりました。

    『何でもポジティブに捉えることが当り前になると、人って「盲目」になるんです。』
    ほんとう、そうですね・・・。
    今のコミュニティのメンバーが盲目になっていないといいのですが・・・。

    • こんにちは!読んでくださりありがとうございます。
      和気藹々としたコミュニティの良いところは利害関係が生まれにくいところにあると思います。
      ただし、利害関係がないいわゆる「winwin」的なことを目指すと、誰しもに責任感というものが不在化しやすくなります。
      責任の所在が明らかにならない関係となると、今度は否定的な思いを抱えていてもどこにそれをぶつけるべきか分からなくなり、地に足が着かない感じが漂うようになります。
      新たなコミュニティが色々と立ち上がっていますが、一時的に盛り上がっても継続が難しい理由はそこにあるんじゃないかなと思います。

      それではこれからも宜しくお願い致します。

  • 今回のお話を読ませていただいて、竹久様の以前書かれていた心屋さんの箱庭の話を思い出しました。

    コミュニティで経済を回すだけになる=社会全体との断絶を生む
    というのはまさに目から鱗というか、とても合点のいく表現でした!
    最初はマトモな集団に見えていた組織が、いつのまにかカルト化し社会を震撼させる事件を起こすのも同じ原理なのでしょうね。
    自分たちがいかに世間とズレているか、倫理観がおかしくなってるかに気がつかなくなるからこそ起こるのだと思いました。

    いつも興味深いお話を書いてくださり、ありがとうございます。

    • こちらこそ箱庭のお話し思いだしてくださりありがとうございます。
      https://takehisayuriko.tokyo/2018/09/19/post-2958/

      最初はみんなまともなんです。そして、それが先鋭化していく前提に絶対的にあるのは「社会への不遇感や不信感」なんですね。
      変化が早い時代の中では「新たな未来志向の社会を創らなきゃ」というせっかちな思いがひしめくとは思うのですが、その言動を起こす前に自分の力で「社会への不遇感や不信感」を払拭しなくてはならないと私は考えています。
      そして多くの人が感じているはずの「社会への不遇感や不信感」は、幼いときに植え付けられた錯覚によって引き起こされていることがほとんどなんですよね。この錯覚こそが戦後の自虐史観であり敗戦国体制です。
      その心持ちをまずは払拭しないと、結局デュープスがデュープスを生み出す社会が連鎖していくので、なんとかしなきゃと思っています。
      それではこれからも宜しくお願い致します。

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