【不思議】いつから神は、人の為に存在するようになったのだろう

スピリチュアルな人々に対する疑問について改めて書きます。

 

その言葉は、まるで人が神の上に存在しているようだ。

スピリチュアルな人々の言葉を見ていると、

「人の為に、神は存在している」

ような錯覚に陥っていきます。

 

精神世界にどっぷり足を浸かることになってしまった私は、全く逆の見識を重ねるようになったのですが、

概ねスピリチュアルに嵌まっている人は、

無自覚のうちに

「人の為に、神は存在している」

と思っているように思えて仕方ありません。

 

人間の一人一人の人生はそんなに特別だろうか。

先に言っておくと、スピリチュアルな事に目覚める前の私は、そして初心者だった頃の私は、「人間は特別である」という勘違いをしていました。

だから「この世に生を受けた一人一人の人生も同様に特別なものである」と思い込んでいました。

だから「自己実現をすること」や「夢を叶える」事こそが、生を頂いた恩返しなんだと思い込んでました。

ですが、ある日見えない意識たちに頼まれてしまった「波動を高める」というミッションを達成すべくコツコツとやっているうちに、自分が思い込んでいた事と事実は逆なのだと思うようになっていきました。

人間が生きるために、夢や希望などは本来必要なく、

ただ目の前にある毎日を感謝の気持ちで生きるだけでいいのだと、

そんな当たり前のことに気づけるようになったのは、神社に沢山出向くようになり何年もした後のことです。

 

それに、神社を沢山回るようになって気がついたことは他にもあって、日本の神様は、現世御利益の為に存在している訳でもなく、

また神に近付こうと努力する人間ならば、当たり前に「滅私」を現実的に求めてくることも分かりました。

【知っとくと便利】神格の高低に基づく神様の言葉より

私が好き好んでいろんな神様にお参りして分かったことは、大きく3つあります。

①日本の神様は、その場で答えは与えてくれない

②日本の神様は、滅私を求めてくる

③日本の神社では、稲荷信仰以外で眷属神が主祭神と同等格にいることはない

 

最初の頃は、「滅私」とか「特別じゃない事実」とかを受け入れるのが嫌で嫌で仕方なかったのですが、波動の変化に応じて、いつの間にかこちらの感覚の方が私の中で普通になってしまいました。

すると、世の中の見え方が大きく変わっていきます。

だから、「人間を特別視」して「自分を特別視」して、そして「自己実現」の道具に「神」を利用していることになんとも思わず、さらにはそれを商売道具などにしている方々には、どんどん大きな疑問を持ち合わせるようになってしまいました。

 

なぜ、神が人間の手助けをせねばならぬ?

ここ最近のスピリチュアルな人たちの言動を見ていると、神を崇めているようで、実は神を利用しているようにしか見えないのですね。

特に多いのが龍神ネタ。

なぜこんなに相も変わらず沸いているのか不思議ですが、心屋界隈&船井界隈が騒いでいるからこそ、変な影響力も強いのだとは思いますが……。

でも変だと思いませんか?

 

神という存在は、大いなる存在なのに、なぜ人間の小間使いのように、人間の為だけに働かなくてはならないのでしょう。

戦後の日本は、神道も宗教と位置づけられて、そのために神社もそこで収支をきちんとせねばならないため、現世御利益を主眼においた祈祷などでお金を稼がなくてはならない事情もあるでしょう。

だから、知らず知らずのうちに、私たちの信仰が歪んでしまった部分もあるかもしれませんが……。

でも、改めて考えて見ると、やっぱり不思議なのですよね。

現世御利益ばかりを人間がするということは、そして現世御利益のために神に願うということは、言わば、神は人間の小間使いのような存在に、知らず知らずのうちに成り果ててしまっているということでもあると思うのです。

人間関係は、常にギブ&ギブであって上手くいくものですが、

神と人間の関係は、よくよく凝視してみると、一方的なギブ&テイクになっているのです。

 

そして、自然を人間の理由で破壊し、循環をおかしくさせておきながら、それで起きた災害については、人間は文句を言うのです。

おかしなことです。

 

私たちは、大いなる存在と供にしかある事はできず、その御心に合うように生きることだけが生きることなはずなのに、

気がつけば、神を小間使いのように、自分に都合良く利用しようとしているんですよね。

 

このような災害が起きると、スピリチュアルな人たちは「神に祈って、被害を最小限にしよう」なんて言いがちなのですが、

その前にすることは、「謝ること」だと思います。

なぜこんなことが起きたのか、反省もない中に解決ということは、人間関係の中においてもあり得ないことです。

 

人間関係でトラブルがあった時に、「ただただ相手のことを祈ったら、解決に繋がった」なんてことは起こりようもないことです。

どうしてこんな事が起きたのか、きちんと過去から振り返って、考えて、それに応じた対応をしていくことで、物事は解決に導かれていきます。

 

しかし、昨今の日本では、いつの間にか「神は人間の小間使い」のような立ち位置だと、知らず知らずに多くの人が勘違いしてしまっているので、「神に祈れば解決」されると思ったり、

また目の前で起きていることを都合良く「人間の今後が良くなるために神が浄化をしてくれた」とかお花畑のことを言いがちです。

よくよく考えるとおかしなことですよね。

ついつい勘違いしてしまうような情報の方が身の回りに多いですから、気を付けていきましょう。

 

追記

そう言えば、同じような事を山村明義先生もFBで仰っていました。

最近日本に起きている自然現象は、まるで「神が怒り狂っている」と呼べるかような異常性を見せていると考えるのは、決して私だけではないであろう。

 

歴史と伝統をはき違えた人々が次々と現れるいまの日本には、日本人自身がその間違いと歪さに気づくまで、大きな自然災害を与えて来るのではないだろうか。

全文は先生のFBで↓

山村 明義FB

 

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