【今】サファリパークが壊れる時

2018年7月17日

私たちは、やっぱりサファリパークの中に生きているんだなと改めて思っています。

 

私たちの努力は壁を作る為のもの?

先週の今頃、日本は大雨に見舞われていました。

誰もが予期していなかったその大雨によって、多くの方が亡くなりました。そして、今も沢山の方が避難所で生活することを余儀なくされています。

こんな時にこんな事を書くのがどうなのかと思わなくはないのですが、こんな時だからこそ書きますね。

 

日本が大雨の事態に慌てていた先週、そして今週、私の頭の中は、ずっとこの国の再教育のことばかりを考えていました。

そして、私たちが本来の「生きる」とはかけ離れた無駄なことばかりをして、誰かが誰かの足を引っ張り、そして何とか今あるフィクションな環境を真実であると定義するために、無自覚にその努力を続けていることをひしひしと感じてしまいました。

 

ここの所の日本は未曾有の災害が続いています。

7年前、東日本大震災があった時、私は都心でその揺れと被害を経験しました。

人は無力であることを痛感し、そして自分のしている仕事が、「生きる」ための役立たずでありながらも、自分の生活を守るために必死に頑張っていることを自覚して、どうしようもない気持ちが繰り返し起こりました。

あの頃、何かが違う、何かを間違っていた、そう心の中が響いたからこそ、私は生き方が変わってしまったのだろうと今は思います。

 

それでも私たちは、私たちが作り上げたフィクションな社会をどうしても真実だと思っています。

だからこそ、「それは違う」と天が必死に訴えているのではないかと思ってしまうのです。

私たちが日夜一生懸命にしていることは、「自然の一分」であるはずの自分たちを無視して、自然と乖離したサファリパークを作り上げているだけのように感じています。

それを真実の世界だと勘違いしているだけで、それは本来の世界とは全く異なる世界なはずです。

今立て続けに起こっているあれやこれやは、「もうその世界のお話は終わりなんだよ」と教えてくださっていることに気がつかずに、私たちが間違った方向に舵を切りまくっているからこそ起きているのではないのでしょうか。

サファリパークの時代は終わったはずなのに、それでも壁を作ろうとするから、壊される。

それを繰り返しているようにどうも思えて仕方ないのです。

 

しかも、日本人は特別な役割を持った民族だと、私は思っています。

地球にとって大事な器官だからこそ、試練を与えられることになっているそんな気がしてならないのです。

 

 

サファリーパークが壊れたとしたのなら……。

 

「サファリーパークは本当の自然ではない」、「僕らは檻の中に閉じ込められている」と感じている動物なのなら、サファリーパークの檻が壊されて外に出て行ける開放感は味わえるでしょう。

しかし、外に行ってみたら、全く知らないもっと激しい人間世界が存在しているがために、そこはある種の地獄とも言えるかもしれません。

でも、サファリパークが本当に壊れたのなら、もう餌を与えてくれる人はいなくなり、檻から出ずとも飢え死ぬことになるでしょう。

どちらの選択肢も過酷です。

私たちに与えられる選択肢も同じようなものかもしれません。

このサファリーパークの外は本気の自然です。私たちはその場では無力です。

それでも、私たちは本来あるべき人間の姿の方面へ舵を切った方が良いと思います。

私たちが持ち合わせたテクノロジーは私たちのために使うためではなかったはずのものを、壁を作り私たちだけのために使っているからバランスが崩れているだけなのではないのでしょうか。

だから、今までの考えを改めながらテクノロジーを使う努力をし始めた方が良いのではないのでしょうか。

 

だってもう、私たちが真実だとしていた幻想の世界は、あちらもこちらもどんどん壊れていっているのですから。

本来の「活きる」世界へ、「人として活きる」世界へ。

戻るべき時が来ているのだと、私には思えてしかたないのです。

 

今が苦しい人は沢山いると思います。

人命救助のために働いてくださっている方がいます。

こんな時に、こんな事を書いて申し訳ないです。

でも、こんな時だからこそどうしても言いたかったのです。

空気が読めなくてごめんなさい。

 

そして、それでも今を生きましょう。供に。

 

 

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