【気にしてみよう!】漢字に秘められた真意

2018年9月10日

文章を書く仕事をしているあるあるなのですが、

文章を見すぎて、文字が文字に見えなくなる時があります。

まるで、文字が暗号のように見えてくる時があるのですよね。

この文字ってどうしてこんな形をしてるんだろうっていう、文章とは全く関係の無い所に興味が嵌まって帰ってこれないのもしばしば……。

 

ということで、特に最近気になってる、私の中に宿る「漢字の暗号」について徒然書いてみたいなと思います。

 

最近、気になって仕方がない漢字

漢字は、遙か昔の中国大陸からやってきました。

だから、漢字は結構、古の中国大陸の趣が感じられる部分があるのかなと思ったりしてます。

たとえば「国」という文字は、中国らしさを象徴した漢字ですよね。

だから、「王の周りを塀で囲むという形」をしているんですよね。

日本は、城の外に城下町が生まれ、城の外も国なのですが、中国だけで無くヨーロッパなど地球の多くの国は、城の外に人が住むのは危険だったので、民も塀の中に住み、だからこそ、城の塀の規模が大きかったそうです。

万里の長城などがまさにその象徴と言えるでしょう。

塀で囲んだ中が国という概念が、中国にはあるので、「国」という漢字が生まれたそうです。

日本の概念とは少し違いますが、国という文字を私たちも使っています。

こんな風に、中国で生まれて、中国概念のまま使用している漢字もあれば、日本独自で生まれた漢字である「和製漢字」もあります。

私は漢字学者ではないので、今からお伝えする漢字が中国から来た物か、和製漢字なのかは分からないのですが、この漢字を作った人の気持ちを想像してしまう感覚がどうにもこうにも収まらないので、ただただ、私が最近気になってる漢字をお伝えして、そこからどうにもこうにも感じてしまう感情について徒然お伝えさせて頂ければと思います。

 

「儲かる」って「信者」って書くんだね。

気がつくまで、書くの大変な漢字だなぁって思ってたんですが、気がついた瞬間から、儲かるってそういうことかと、腑に落ちた気分です。

特に今年から、めっちゃくちゃ偽スピリチュアルとうい分野に人知れずのめり込んでしまい、

そして、儲かっている教祖さまは、必ず多数の「信者」さんを抱えている事にも気がつくことになっていき、

だから、最近は「儲かる」って言葉を見るたびに、少々げんなりするところがあります。

また、私の周囲は「儲かってはないけれど、まぁ生きていけるだけのお金はあるよ」っていう人ばかりなのですが、文字の中に「信者」という言葉を見た時に、なぜかこれまた腑に落ちる気分になりました。

この漢字を作った当時は、現代主流の「ファン」という言葉はなかったでしょうから、「ファン」=「信者」という言葉から「儲かる」になったのかもしれませんが、ビジネススキームとしては、過去も今も一緒なんだろうなと、突然開眼する気分になりました。

 

人の為って「偽」なんだね。

今時に生きる私たちは、二言目には「人の為」と言いたがります。

これまた偽スピリチュアルに向き合って気がついてしまったのですが、「人の為」と書いて、「偽」という漢字になります。

「人の為」と言っている人ほど、「偽」だという真実を見抜いた上で作られた言葉なんだろうなと思うようになりました。

結局、「人の為」と口にしている人ほど、「偽」って事なんでしょうね。

そう言えば、私が調べた偽スピリチュアルな教祖さまは、やたらと「みんなを幸せにしたい」と四六時中言っているように思います。

これこそが「偽」ということを、昔の人は知っていたんだろうなと思います。

 

不正すると「歪み(ゆがみ)」、「歪(いびつ)」になるんだね。

歪みという漢字が「不正」と書いていることに、最近まで全然気がつかなかったのですが、「不正」と書いて「歪み」や「歪」と読む事に気がついてからは、この文字を見る度に、福沢諭吉の「脱亜論」の一言が頭に浮かんで仕方がありません。

ここです。

悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。

↓関連記事↓

日本人は相手を分かろうとする気持ちが人一倍強い民族です。でもだからと言って、相手の悪事を受け入れることは、自分の心に「歪」を発生する契機になっているのだろうと、心底思うようになりました。

 

身を美しくすることが「躾(しつけ)」なんだよね。

最近、パワハラという言葉が世の中で話題の中心になっていますね。

いつの頃からか、躾というものは、上位にいる者が下位にいる者をコントロールするためのものに成り代わってしまっていると思うのですが、

本来のしつけは「身を美しく」するための作法だったのだと、この漢字のおかげで気がつけました。

そして、この言葉が本来持ち合わせているであろう意味に気がついてからは、人に何か助言する際にも、「相手の身を美しくする言葉になっているだろうか」ということが、とても気になるようになりました。

「躾」という漢字の美しさに気がつくまでは、しつけという音の響きが嫌いで嫌いで仕方なかった私ですが、この漢字の美しさに気がついてからは、古の人のように、身を美しくするしつけを心がけようと思えるようになりました。

 

日の上に立つ心が「意」だったんだよね。

私の言葉には、「意」という漢字が目立ちます。

意志、意識、決意、意外などなど、心を中心とした文章を沢山書いていると「意」を使う場面は沢山でてきてしまいます。

そして「意」を使う言葉を書いている時、私は知らず知らずのうちに、その一瞬に心をはめる作業をいつもしてしまうのですが、

改めて文字を眺めた時に、「意」とは「日の上に立つ心」だったんだと思いました。

この情景を想像した時、私自身は山の上に登り、そして下から昇ってくる朝日の前で心を強く何か思う瞬間だと感じました。

こういう時の思いというのは、とても強いものです。その心持ちの強さが「意」という漢字の中に宿っているんだろうなって思うようになりました。

 

心が今にあれば「念」となる

「今に在りましょう」「心を今に入れて」みたいな話ばっかり書いてる私ですが、「今の心」と書いて「念」と読むということは、実は数週間前にようやく気がつきました(笑)

だから、「念」なんだ!とようやく開眼(笑)

慌てて、新しい書籍にもこの開眼したからこそ気がついた思いを書かせて頂きましたよ。

とか言いつつ、言うほどたいしたことは書いてないので、このくだりに対して期待はしないでください(..;)。ただただ「今に心が在る」って「念」ってことなんだっていう、開眼がでかかっただけなんです。

それに、このブログを読んでくださっている人なら、「今の心」と書いて「念」と読むというだけで、大概のことは分かってくれると思うので、これ以上の説明は不要ですよね(^_^)

 

ということで、最近私が気がついた漢字大発見について徒然書かせて頂きました。

お付き合い頂きまして、ありがとうございます☆

 

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