【波動解説】まっとうな若者とみっともない大人の間に潜むもの

老害という言葉が随分主流になったせいがあるのかないのか、みっともない大人が増えましたよね。

一方で、羽生君や大谷翔平君のように、見習いたいと感じさせる若者が沢山います。

日大アメフト部の事件を例題に、ここに潜む人格的ギャップには何が存在しているのか、波動も用いて考察していきましょう。

みっともない大人の象徴となったアメフト事件

個人的な意見としては、そもそもここまでメディアがこぞって、四六時中大騒ぎするほどの事件なのか?とずっと思っていましたが、モリカケ問題にうんざりしていた視聴者の気分転換になってしまった部分もあって、視聴率がそこそこ稼げるネタだったのでしょう。

さらに、日大の対応がもうズンドコベロンチョの繰り返しだからこそ、さらに炎上&ネタ投下となり、まだまだこのネタは落ち着きそうもありません。

正直なところ、あまり興味のない話題ではあるのですが、この間の「よるバズ」でコメンテーターの若い女性が、「日大の監督とコーチが全て悪いという世論が大きくなればなるほど、本質が見えなくなり、今後の対策すらできなくなる」と仰ってましたので、私が気が付いた部分について、ブログに書き残しておこうかなと思いました。

悪いことはしてしまったが、すぐに自分の過ちを認め、そして誠心誠意対応した日大選手と

あくまで自分のせいではないと言い逃れしようとしている監督の精神状態の違いは一体なんでしょうか。

私は、時代によって培われた信念による波動が影響して、このようなことが起きていると考えますので、ここを起点に解説しますね。

 

ピラミッド社会のポテンシャルと波動状態

以前の記事でも言及したのですが、同じ日本人であっても20代以下と30代以上の日本人の中にある社会の感覚は大きくずれていると思うのですね。

↓グラフの解説をしている詳細記事↓

インターネットの登場によって情報流通の仕方が大きく変わりました。

それに伴い社会を捉える感覚が年代によって大きく異なっていると私は考えます。

30代以上の人はピラミッド型でこの社会を捉えているのに対して、20代以下の人はバイラル型でこの社会を捉えているのではないかと感じています。

↓この図のように↓

【図の詳細→時代の変化と波動の変化【図解式】

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今のネット社会は、日本人が本来の日本人らしさを発揮しやすい〇の世界を形作る基礎と言えます。

さらに、今の20代までの人たちはこの情報流通の恩恵以外にも〇の世界を強固にしやすい環境が整っていました。

まとめてみますね。

①インタラクティブな情報流通社会が当たり前の中で生を受けているため、一極集中型の社会概念だけに支配されていない。

②世の中が十分すぎるほど豊かであり、便利な時代に生まれたために、物資不足などの危機感を感じていない。

③少子化時代に突入してから生を受けているため、無駄な競争の中に押し込められていない。

④物心がつく頃には、外国人たちの日本人ブームが始まっているので、戦後すぐの世代にありがちな、外国人コンプレックスを持ち合わせていない。また海外とのやり取りも容易である環境を背に成長しているため、外国との距離感が近い。

情報流通の変化だけでなく、様々な時代の恩恵によって、いわゆるピラミッド型社会に押し込まれる必要性がなく、さらにその社会だけが真実だと思い込む環境が彼らにはありません。

△の世界に押し込まれることなく、本来持ち合わせている日本人の気質が存分に開花しやすい環境を、若者たちは手にしていると言えるのではないでしょうか。

また、30代以上の世代が悩んでいる心の苦しみの多くは、本来の器よりも小さなところに押し込められているからでしょう。

伸び伸びと楽しく人生を謳歌しつつも、大人も見習うべきと思うほどの道理をわきまえた言動を自然に行うことができる若者が多く出現しているのは、

世代によって捉えている世界が大きく異なることに起因するのではないかと考えています。

もちろん、今の若者のように日本を捉えれるようになれば、大人も非常に生きやすくなるのですが、一度染みついた社会概念を払拭するのは容易ではありません。

波動の見地から言うと、ピラミッド型社会を真実だと思い、その頂点に上り詰めようとすればするほど、意識の幅が狭くなり、窮屈な思考に変化していきます。

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今回話題となった日大アメフト部監督は、△の世界を△の考え方で登ってしまったからこそ、居心地が悪くて不安と恐怖に苛まれた思想に覆われてしまっているのではないのでしょうか。

△の世界を真実だと思い、その世界を強固にすればするほど、波動はどうしても低下してしまいます。

金と権力、上下関係が全てであると考える世界では、我を主体とした世界観が強くなります。

我を主体とすればするほど、人との心の繋がりが薄れ、また人をコントロールすることで、自分の立ち位置を固辞しようとする考え方が働くため、どうしても波動が低くなってしまいます。

 

戦後復興のおかげで今がある。

日大アメフト部の監督のように、戦後復興期に生を受けた方々は、貧しい国の状態の中で生を受け、他国に追いつけ追い越せと言わんばかりの競争社会の中に身を投じ、さらには、敗戦後教育でこれでもかというほど、日本人コンプレックスが強くなる教育を受けていらっしゃいます。

だから、このようなことになるのも仕方がないとまでは言うつもりはないですが、このような背景があって、この年代の思想体系が出来上がっていることは、理解すべきことだと思います。

今の若者たちが日本人らしい道理に沿って、大人も見習いたいと思わせる生き方ができるには、そうなれるための土壌が必要でした。

その土壌を作ってくださったのは、戦中、戦後復興世代に生を受けた方々の努力があってこそのことです。

敗戦国となり、そのまま戦後復興もできないままの日本であれば、アメフトというスポーツ文化が日本で花開くことすらなかったでしょう。

今時の論争では、表層だけを見た常識だけで、成敗をつけようとしてしまいますが、それぞれの時代背景によって持ち合わせてしまう社会概念の基盤を見て、日本が抱える問題に気が付くきっかけになったら良いなと思います。

今の日本に、自分の事しか考えられない老人が増えていることは事実です。

このような老人が増えてしまった理由は、このような思想と波動の関係があると私は考えます。

老人世代と対立することなく、彼らの生きた時代背景に理解と感謝を示しながらも、団塊世代の理論に流されることなく、新たな時代は次の世代が率先して作っていくべきだと思います。

本来の日本らしい社会を、私たちの手で作っていきましょう。

 

今日のリンク集

【図の詳細→時代の変化と波動の変化【図解式】