【エゴ】プレッシャーと言う名の魔物

明治に入るまで、日本人はプレッシャーという感覚と無縁な環境で生きていたのではなかろうかと、私は思っています。

 

いだてん第一部で一番忘れられないシーン

只今いだてんは第二部を絶好調に滑走中ですが、第一部の話の中でものすごく忘れないシーンの話をすることを忘れていたことを思い出しました。

それはここです。

超エリート男子三島君が放った一言です。

西洋人は、それをプレッシャーと呼ぶそうだ。」

これは、第一部主人公の金栗四三が日本人初めてのオリンピックに出場するストックホルムのホテルの中の会話です。

初めてオリンピックに出場することになった日本は、とにかくてんやわんやの連続で、国を背負う重さに加えて、国民の期待とそれに応えなきゃいけないと思う気持ちと、慣れない環境の中において発生する不満とかいろんな思いが選手(といっても三島君と金栗君の2人)に降りかかっておりました。

そして、三島君も金栗君もどんどん精神的に追い詰められて、どんどん様子がおかしくなっていきます。

最終的に金栗選手は、寄宿所であるホテルで押し花をし始めてしまいます。(これは史実です)

これはこれで、なかなかファンキーな展開だったのですが、金栗選手が気を静める起因になったものが、「プレッシャー」という魔物だったのです。

 

私はこのドラマのこのシーンを見ながら、なぜ日本人の精神が知らないうちにどんどん歪んでいったのかが急に分かる気持ちになりました。

 

明治は未知との戦いの歴史

明治の時代はあらゆることが、江戸とは異なり様変わりしていく時代です。

その試行錯誤が、地方と都市部の距離感が、それから海外と日本の距離感が、いだてんは上手く描かれていると思います。

だから、明治を知る教材としていだてんはとても有難いと思っています。

 

ですから、言葉一つ一つとっても、地方から都会に出てきたプレッシャー、日本が世界と肩を並べる国になるためのプレッシャー、そして、女子が羽ばたくためのプレッシャーなどなど、ありとあらゆる方向から生まれるプレッシャーと民が戦っていた時代であることが良く分かるのです。

 

でも、三島さんのさっきの言葉が出るまで

おい!日本人はプレシャーという言葉をその時まで知らなかったのか???と思ったのです。

 

冷静に考えてみれば、なぜプレッシャーはプレッシャーと呼ぶのでしょう。

明治の時代、日本語に変換できる言葉は極力日本語に変換していました。そして西洋を理解していましたし、なかった概念すらも新たな日本語を創ることによって、西洋の考え方を日本人なりに理解し続けてきました。

しかしながら、未だにプレッシャーはプレッシャーであり続け、プレッシャーに変わる言葉は日本に存在していません。

ちなみに今さらですが、プレッシャーは言葉の意味書いときます。

圧力。特に、精神的圧迫。

「プレッシャーを克服する」「プレッシャーに弱い」

 

つまり言ってみれば、明治の時代に入るまで、日本人はこれほどまでの「精神的圧迫」を感じた事が無かったのではないのかなと思うのです。

だからこそ心身ともに健康にいられたのかもしれません。

しかしながら、明治の時代に入ってからこの「プレッシャー」と付き合わずにはいられなかったのでしょう。

そして、この「プレッシャー」という名の魔物によって、精神に歪みが生じてしまったのではないのかなと、私は思うに至りました。

 

プレッシャーは孤立感を極めます。

昨今の私は、プレッシャーとは無縁な生活をしておりますが、社会人時代は常にプレッシャーの連続の中で生きておりました。

今のような生き方をするまでは、プレッシャーとは人間に必要なものだと私も思い込んでいたのですが、エゴについて学びを深め、そしてエゴを正常化させていくための言動を重ねていくにつれて、いわゆる「プレッシャー」と呼ばれるものこそが、自我の独立(エゴの肥大化)を生み出す契機になっているのではないのかなと思うようになりました。

だってプレッシャーを感じている時の人の気持ちって、確実に低波動に苛まれている人の気持ちを同じですもの。

( 図の詳細→☆ざっくり説明☆波動に関するQ&A編【図解式】

 

現代日本においては、必要なスキルとされるプレッシャーの克服なのですが、これを克服せざるを得ないほどのストレスを与えられることこそが、日本人の庶民においては明治の時代から始まった初めての体験ではなかろうかと思ってます。

そして、この感覚の中で生き抜かなくてはいけない連続の境地の中で、知らず知らずのうちに日本人の心に歪みが生まれてしまって、今やどうしようもないことになっているのではないのかなと思います。

 

あの時代のプレッシャーは仕方ないけれど、今は?

明治の時代に生きた人たちは、お国のために、みんなのために、得たいの知れないプレッシャーと向き合い、そしてそれを克服し生きざるを得ませんでした。

そのプレッシャーが常態化して行くに連れて、日本人は低波動となり、社会のおおらかさも失われていくのですが、いろいろ史実を見ていくと、ここから逃れる方法などどこにあったのだろうと思う程、致し方ない環境がそこにあったと思います。

そして、現代は相も変わらず明治から積み重ねている「プレッシャー」と供に多くの人は生きているはずなのですが、

そのプレッシャーを持たなきゃいけない環境など、もう本当は必要がないように私には思えます。

明治の時代のように、地方と都市部が大きく離れているわけでもありません。海外の事が何も分からないわけでもありません。

そして、海外と張り合わなきゃいけないわけでもありません。

そんなことは、江戸から明治、そして大正から昭和に生きてくれた人が全部やってくれました。

だからこそ、私たちは第二次世界大戦でこてんぱんに敗戦したのにも拘わらず当り前にG7国家で、白人たちと肩を並べて話すことができます。

スポーツの世界でも、アジア人だからといって馬鹿にされることもなく対等に戦い、友情を育み、楽しむことができています。

私たちは、明治の時代の人たちの思いをくみ取り、相変わらずプレッシャーと背中合わせに生きていますが、この「プレッシャー」は、ご先祖のおかげで終わったこととして、おさらばした方が良いと思います。

というか、既に幻想に等しいこのプレッシャーに振り回されて、世の中がどんどんおかしなことになっていることに気がついた方が良いと思います。

 

 

時代の必然として明治の時代は、プレッシャーを多いに感じなくてはなりませんでした。

そのプレッシャーによって、確かに日本は低波動化しました。

でも、祖先はその低波動に陥った環境すら克服しようと頑張ってくださり、そして乗り越えてくれました。

ですから、私たちはその「プレッシャー」という名の妄想に取り憑かれることなく生きることが、、祖先が望まれていることではないのかなと……私は切に思うのです。

祖先のおかげで頂いたありがたい環境を背に、高波動に導く行動をすることが私たちの役目ではないかなと思うのです。

ですからまずは妄想夢想の「プレッシャー」から、自分の心を脱出してみる試みをしてみたらいかがでしょう。

そのプレッシャーこそが幻想であったことに、抜け出た時にきっと分かると思います。

 

 

追記

この間もすぐ売れ切れになってしまっていた「日本人に謝りたい」また入庫できたようで、今また発売されてました。

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