ざっくり一年前、やると決めた時には、全く起きていなかった現象です。
世の中のブームを作り出すのは、たった一人の熱い思い
「世の中のブームを作り出すのは、たった一人の熱い思い」
この言葉は私の言葉ではありません。
じゃじゃ馬な私を飼い慣らし、そして15年の時間をかけて、私を育ててくれた社長がよく言っていた言葉です。
私が勤めていた会社は、女子高生の口コミでヒット商品を作るというキャッチーなベンチャー企業でした。このサービスが当たって、私が入社した頃の20年前はひっきりなしに大手企業から電話がかかってきて仕方がない毎日を送ってました。
これは、その頃によく社長が言っていた言葉です。
社長は他に、「5%以下のデータを見ろ!」ともよく言ってました。
いわゆる王道マーケティングというのは、5%以下の部分には目も向けません。ですが、社長はいつも次のトレンドの要素は5%以下に混じっていると言っていました。そのニーズをきちんと顕在化させれば、それはブームに育つと教えてくれました。
「たとえ95%が不味いという商品であっても5%が熱烈に支持する答えがあれば、必ず売れる」ともいつも言ってました。
しかし、「ただ一つ気をつけなくてはならない」と教えてくれたことがあります。
それは、「一緒に仕事をする担当者が熱い思いがあるのかないのか」でした。
熱い思いがある担当者なら、その5%のニーズの可能性を顕在化させるために社内を調整する勇気を出すことができるが、単にサラリーマンでやってる人にはそれができない。だから、熱い思いがあるのかどうなのかは、ブームを作る為の仕事をする私達の審美眼の一つにもなりました。
95%が不味いと言っている商品の場合、熱烈に美味しいと言っているたかだか5%の支持は小さなものです。ですが、20年前は、その強烈な支持は広告展開次第でいかようにもキャッチーな文化に変えることはできました。
キャッチーさによって、昨日まで不味いと言っていた人たちの意見がコロリと変わることは当り前に見てきました。
でね、去年の今頃、私が偽スピのあからさまなおかしい実態をただただ書き連ねる試みを始めた時に、いつも心の中にあったのが社長の言葉だったのです。
「世の中のブームを作り出すのは、たった一人の熱い思い」
私も一生一度の熱い思いの塊になってみようと思ったのです。
どうなるかなんて全然当時は分からなかったけれど、20年前に一緒にブームを作ってきたクライアントの顔を思い出して、自分がクライアントになったつもりで頑張ってみようと思ったのです。
たった一年前の話だけれども、当時は悪口を見つける方のがめっちゃ大変みたいな時代でした。
ですが、最近は随分変わったと素直に思います。
もちろん私だけの力でも無いし努力でもないです。ただ、当時の私が熱く強くなってやり遂げる意志を持つためには、社長の神々しい一言を自分に漲らせる必要があっただけです。
そして、社長がいつも言っていたような言葉そのままに、不思議と世の中は変化しているように思います。
だって今、素直にスピ系のおかしさを口にする人って増えてますよね。
スピ系のおかしさを伝えてらっしゃる人たち
最近アメブロとかをちょっちょっと散歩しているだけでも、おかしいと言う人が普通に増えたなと思います。
スピに傾倒してらっしゃる皆様は、「なぜ自分が否定されているのか?」と苛立ちを隠せない思いと一緒に生きておられるのだろうと思いますが、私達は単純に皆さんの矛盾点を指摘しているだけに過ぎません。
そこに気がつけるか気がつけないかが人生の別れ道で、気がつけない人には一生切ない人生だけが与えられるだけのことなのです。
とはいえほんの数年前は、心屋&Happy&子宮みたいな「自己中爆発!これが人生」というのがスタンダードになりかけていたのですから……ここから軌道修正が図れたことは本当に良かったなと思います。
もちろんまだそういう臭いの方が強い社会ですが、その臭いは不快感であると言える環境が少しずつ増えてきて、「彼らが言っているお花畑は単純に悪臭です」!って言いきりやすい世の中になってきたのは、本当にありがたいなと思います。
ということで、ここ最近私の目に留まったスピ系のおかしさを伝えてくれいた記事やブログを紹介します。
最後に紹介するのは友達のひろちゃんのブログです。
このブログを読むまでひろちゃんが心屋に心酔していた時代があったなんて知らなかったんだけれども、この記事が私の中で一番心屋さんの問題点を本質的にズバリ言い当てていると思いました。
結局彼は雑なんですよ。っていうか、スピ系で金稼ぎする奴らはみんな雑!
さぁ、新しい世界へ♪
ブタゴリラはブタゴリラと同様に、おかしいものはおかしいと言える世の中こそが良い世の中だと私は思います。
教祖さまたちには面白くないでしょうが、どうして私達がおかしいと言っているのか、どうか省みてほしいです。
だってあなたたちは、神様と契約したりおしゃべりできる教祖さまなのだから、私達がおかしいと思うところを汲み取っておしゃべりできて当然だと思うのですよ。神様と契約したりおしゃべりできるのなら、私達以上の広い視野で物事見れるんでしょ~?
とか言いつつ……あなたたたちは優しさも美しさも器もないまま、ただただ我が儘に生きているだけにしか私達には見えないんですがね(笑)
でも、神様と契約したりおしゃべりできるのでしょ?神様と契約したりおしゃべりするようになると、普通に生きるよりも器が小さくなるって不思議だなとは思うのですが、その不思議な理由はとっても知りたいから教えてください!
とくに、神様とおしゃべりできる教祖さまには、久しぶりに神様の言葉を降ろしてほしいなって思ってます♪
どれだけ器の小さい神様なのか、確認してみたいなって思ってます♪
読者様のご要望を反映して、紙書籍作りました♪
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はじめまして。いつも更新を楽しみに拝見しています。
昨年、「自己中心的に自由に生きる」ということを教えて?いた教祖の、本当に自己中で保身だらけの姿を見ておかしさに気づき、なんかスピ系教祖って人でなしなのかも、、、という思いから「偽スピ」検索をしたところ、こちらのブログに巡り合いました。
エゴのことからスピ系有名人の分析は「すごい!!」の一言で、「私の感じた違和感や憤りは、間違いじゃなかった」と大変、勇気づけられました。
こちらのブログに出会えたこと、感謝しております。
エックハルトの本は私も読んでおり、エゴのことを理解せずにスピリチュアルを仕事にしている人は皆、偽物だと確信しております。
これからも記事を楽しみにしています!
いつもありがとうございます。
おはようございます!はじめまして、いつもお読みくださりありがとうございます。
私のブログで勇気づけられたとのお言葉、大変嬉しく思います。
エゴの怖さを理解せず、この精神世界に入っていくってただただ恐ろしいだけですよね。
精神世界の本を色々読んできましたが、エゴについて明確に言及されているのはエックハルトトール氏くらいしかいないと私は思ってます。
彼の本を読まずして、分かった気になって行動することの恐ろしさを精神世界を探求する人は気がついた方が良いですよね。
どうぞこれからも宜しくお願い致します。
いつも楽しく拝見させていただいております
元々偽スピリチュアル界隈は生温かくウォッチングしておりましたが、最近は逆にアンチスピ系の人も痛くなっている気がしています。
まるで、相手が悪いから何をしてもいいと思ってるというか、批判と嘲笑を履き違えている気がするのです。(嘲笑されても仕方のない部分が彼らにはありますが)
竹久様が以前書いてらっしゃった、正義の話を思い出しました。正義と思って活動していくうちに、自己が尊大になっていることに気がついてないというか・・
個人的に思うことですが、低波動な存在を見ることは本当に注意が必要なのもこの部分にある気がします。
最初はいくら批判するため注意喚起するためと思っていても、いつのまにか行き過ぎて嘲笑になってしまうことって、ある意味、相手の波動の影響を受けているのと同じことに思えるのです。
そして、私の印象ですが、批判するときに感情を入り混ぜる(相手を罵倒したり侮辱する)人間ほどその波動に近くなっている、すなわちミイラ取りがミイラになってしまっている印象を受けます。
竹久様はいつも論理的に分析なさっているので、そのように低波動な影響は受けられていないのだろうな、と感じています。
なぜなら、竹久様の偽スピ批判には、トゲトゲした雰囲気を感じないのです。
批判するには徹底的に論理的に見る視点が無いといけないのかな、と思います。
そして、やっぱり低波動な人々は批判のためであっても、必要以上に見たり調べたりはしない方が自分のためには良いのかな、と思います。
冷静な分析をしてくださり、ありがとうございます。
私自身とても注意して活動を続けているのですが、そのような見解を頂いて、ホッと一安心です。
偽スピ教祖さまたちがしていることは、全く肯定できないことばかりで、だからこそ批判は生まれるものだと思いますが、結局本人の世界観が二元論に嵌まったまま考えていると、どっちもどっちな状況に陥ります。二元論で捉えていると、まさにミイラ取りがミイラになる現象を引き起こすのが厄介なんですよね。
相手を否定することで、自分を肯定することに繋がっていないか、そこは批判する時に充分注意するべき事項だと思いますし、滅私を貫いていないと(報復の可能性まで引き受ける覚悟など)、相手から何かが戻ってきた時に「私は良いこととしてるのに、なんで批判されなくてはならないのだ!」と言うような、結局教祖さまと同じ言い分を抱えることになります。
ですから、感情ではなく事実の積み上げ以外での批判は基本的にしない方が良いと思っています。
そこが難しいようであれば、仰る通りとにかく自分に集中した方が無難です。目の前にあることを自分なりに解決していくことの方がよっぽど進化が早く、彼らの言動に振り回されなくなると思います。
どうぞこれからも宜しくお願い致します。
ウサギさんとゆりさんのお話に襟元を正す思いです。
ああ、本当にそうだなぁ〜と。
必要以上に見たり知ったりしない、事実の積み上げ以外の批判はしない。
耳が痛いです。起こり得るリスクに対して毅然と対応する為にも事実のみを積み上けた批判をしなければ。
私はどうしても批判の中に自分の価値観と感情が入ってしまいます。
なんて難しいんでしょうか。
未熟な私はまず、自分の事に集中しないと!ですね。
お二方のやりとりになんだか目の覚める思いで、感謝をお伝えしたくコメント致しました。
もし、騒がしくなるようだとゆりさんが判断されましたらどうぞ非公開にて削除をお願いします。
コメントありがとうございます。
事実と自分の感情と価値観を括り分けるのって、慣れるまで大変だと思いますよ。
情報を点というかパズルのピースのように捉えて、その点の中で考察することを幾つもやっていくことで、パズルのピースが幾つか集まってきます。その上で総括というか全体を考察するようにすると憶測ではなく、推測が可能となります。
たとえばこの間情報寄せて頂いた出版社さんの場合は、いくつかの情報を集めれば、あのような見解になることは充分理解できるのですが、あの調査はあの調査の範疇以外での情報による内容を入れ込むと、憶測が入り交じり、色眼鏡での考察になってしまいます。そこを情報を考察する際には一番気をつけなくてはならないだろうと思います。
それではこれからも宜しくお願い致します。
おはようございます、ゆりさん。
今回の記事も、大変感銘および感嘆を受けました。
ゆりさんの上司のお言葉、とても納得しました。
巷にあふれるビジネススキルを要約すると、そこに至るのだと感じます。
私事で大変恐縮ですが、私は自分を変えたくて精神世界にはまり、そして大きな疑問を持まちた。
それは、この業界が「繰り返しの温情」だと思ったからです。
ありがとうと言いましょう。
人のためになる働きをしましょう。
願いは必ず叶います。
大分前からこのような「教え」がベースで自己啓発や精神世界を生業としている方が多いと思います。
冷静に考えますと、こう言う「教え」は人として当たり前の事だと思います。
しかし、教祖様は言葉巧みに表現を変えたり信者に同意を求めたりして、人の心に入り込んできます。
ゆりさんがおっしゃる通り、既にメッキははがれ落ちています。
それに気がつかない方は、もうそろそろ頭を切り換えてみては…と思います。
個人的な意見ですが、やはり学ぶことをしっかりと訓練しないと、自分にとって都合の良い意見に流されるだけではないでしょうか。
乱暴な言葉になりますは、学ばないこと、楽をすること、のんきに構えているだけで幸せ(またはお金持ち)になれると夢想を抱いているうちは、人としての成長はありません。
勉強が出来るとか、頭が良いとかではなく、本質を理解できる理性と教養が大切だと思います。
難しいですが、そう言うことに気がつかないまま、他人に反応して生きていくこともその人の選択なのでしょう。
乱文をお許し下さい。
コメントありがとうございます。
答えは経験を積み重ねることでしか現れないはずなのに、多くの人がもう答えは出ていると思い込んでいるから、教えにのめり込めるのだと思います。
世の中にあるのは道理で、その道理に沿って歩めば、迷いも少なく効率的に理解の促進ができるようになりますが、教えにのめり込むことは道理を無視して目的に向かうので、みんな頓挫していきます。
自分で考えることは、日本人ならみんな当り前にできたはずのことですが……戦後教育とマスメディアの影響力は恐ろしいですね。
私達が乗り越えなければ、今後益々そういう傾向に引っ張られるはずですから、気がついた人から自分で考えそして着実に歩む形の人生にシフトしたいですね。
それでは今日も楽しく生きていきましょう♪