【戦後教育】戦前の日本は暗い時代というのは大間違い

読者の方から、戦前の時代について質問を頂きましたので、そのことについて、私の知る限りの範疇でお答えします。

 

戦後教育は、戦前の日本は不幸だったと思い込まされる。

先日、読者の方から以下のような質問を頂きました。原文のまま引用させて頂きますね。

昭和より前の時代、
農民による一揆(どんな内容であれ首謀者は死刑とか)、
天下統一のための戦いとか(合戦とか切腹しすぎでは?)、
江戸時代よりあとの農村から女性がお金のために買われてきたとか(女性が物扱い)、
ということもありました。

生まれる時代が違えば私ももしかしたら、と考えてしまいます。

もし、お考えになってたら教えてください。
これらは君民共治別にせいではなく、天候や治水等が技術的に無理だったからまたは、彼らの努力不足で(依存しあってる?)仕方がないとかでしょうか。
または、他の国はもっとひどかったから日本はマシなんでしょうか?

暗い部分というのは、すばらしい所よりも印象が強すぎます。。。

こちらの読者様が感じる思いというのは、戦後教育を受けた現代人の多くが知らず知らずのうちに思い込まされていることだと思います。

 

そして、ここに書かれた幾つかの要素は、間違った解釈によって広まった都市伝説であり、

また幾つかの要素は、エゴが肥大化してしまった現代人から見れば、悲惨に見えてしまう事のように思います。

ここから一つ一つ、検証してみましょう。

 

死を恐れる思いは、エゴが肥大化すればするほど強くなる。

コメントをお寄せ頂いた読者様は「死を恐れる思い」が強いのではないかなと、私個人は思いました。

死を恐れる思いというものは、生への執着と比例して拡大していくものです。

また、生への執着は、エゴが肥大化すればするほど強くなるものだろうと、私個人は推察させて頂いております。

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現代を生きる私たちは、過去に生きた人と比べ、生への執着が大きく、また死への恐怖が大きくなっています。

この感覚のまま、過去の日本を見るとむごいことが普通に行われていたように思うかもしれませんが、エゴが正常化し「今を生きる」ことが当たり前の感覚が馴染むと、生と死は同列にあるものに思えるようになってきます。

過去の日本人の死生観は、生きるも死ぬも一緒のような感覚が強かったことが、外国人の手記からも垣間見れます。

ヴィレム・ホイセン・ファン・カッテンディーケ『長崎海軍伝習所の日々』

この二世紀にもわたる長い間の平和は、国民の性格に影響を及ぼさずには済まなかった。歴史に伝えられるキリスト教掃滅の暴虐は、全く言語に絶し、今なお人心を戦慄せしめるものがある。その暴虐に比べると今の国民の温良さはまた格段で、日本人はたとい死は鴻毛のごとく軽く見ているとはいえ、かりそめにも暴虐と思われることは、いっさい嫌悪する。 (p. 20)

日本人の死を恐れないことは格別である。むろん日本人とても、その近親の死に対して悲しまないというようなことはないが、現世から彼あの世に移ることは、ごく平気に考えているようだ。彼等はその肉親の死について、まるで茶飯事のように話し、地震火事その他の天災をば茶化してしまう。だから私は仮りに外国人が、日本の大都会に砲撃を加え、もってこの国民をしてヨーロッパ人の思想に馴致せしめるような強硬手段をとっても、とうてい甲斐はなかろうと信ずる。そんなことよりも、ただ時を俟つのが最善の方法であろう。 (p. 130)

この切腹から考えても、真の日本人は恥を受けるよりも、死を選ぶことが判る。だから日本人は勇敢な国民であることを疑わない。 (p. 207)

 

現代の感覚では、切腹という事は惨たらしいという感覚が付きまとうかもしれませんが、

現代においても「死んでお詫びをしたい」といって自殺を図る国は日本くらいです。

自己の責任を死すことで償おうと思うことができるのは民度の高さからきていると思います。

 

また、農民一揆で必ず処罰されていたとは思いませんが、昔の日本は悪さをすればすぐに死刑が待っていたことは事実です。

外国人の手記にもこのような事が書かれています。

C・P・ツュンベリー『江戸参府随行記』

日本の法律は厳しいものである。そして警察がそれに見合った厳重な警戒をしており、秩序や習慣も十分に守られている。その結果は大いに注目すべきであり、重要なことである。なぜなら日本ほど放埓なことが少ない国は、他にはほとんどないからである。さらに人物の如何を問わない。また法律は古くから変わっていない。説明や解釈などなくても、国民は幼時から何をなし何をなさざるべきかについて、確かな知識を身につける。そればかりでなく、高齢者の見本や正しい行動を見ながら成長する。国の神聖なる法律を犯し正義を侮った者に対しては、罪の大小にかかわらず、大部分に死刑を科す。 (p. 291)

小さな不法も見逃さないことは、一方で規律を持続するためには必要なことだと思います。

また、時代劇などを見ていると、江戸時代は物騒な時代だと思い込みやすいシチュエーションばかりが描かれていますが、江戸は今よりも断然に平和な時代で、物騒なことはほとんどないからこそ、一部の過ちが大袈裟に語り継がれることになっています。

好きな人に会いたい一心で江戸を放火してしまった「八百屋お七」などはその象徴でしょう。

それと同じで、一揆ごときで誰もが死刑になるような時代ではなかったはずだと思うのですが、一分死刑になった人の話が尾ひれがついて都市伝説化している部分があるのではないかなと思います。

また一揆で死刑になるような人は、よっぽど法律を守らないからこそ起きたのだと思います。

辺野古で活動しているプロ市民と同じような行動パターンに陥っていただけなのではないのかなと、私個人は思うのです。

日本のマスメディアは、法律違反を繰り返す辺野古のプロ市民たちを一様に擁護し続けますので、悪いことをしている彼らが可愛そうな人みたいな同情を募らせようと画策しています。これと似たような状況が農民一揆の死刑に行き着く文章にも描かれているのではないのかなと、私個人は思ってます。

 

日本の合戦は、人が死なないことで有名

戦後時代は日本のあらゆる場所で合戦がありました。

しかし、日本は合戦の際に、民間が犠牲になるという事はまずありませんでした。それが世界と大きな違いです。

ヴァリニャーノ『日本巡察記』

しかして国王及び領主は、各自の国を能うる限り拡大し、また防禦しようと努めるので、彼等の間には通常戦争が行なわれるが、一統治権のもとにある人々は、相互の間では平穏に暮らしており、我等ヨーロッパにおけるよりもはるかに生活は安寧である。それは彼等の間には、ヨーロッパにおいて習慣となっているような多くの闘争や殺傷がなく、自分の下僕か家臣でない者を殺傷すれば死刑に処されるからである。 (p. 10)

合戦とは武士同士が行うもので、民間は絶対的な安全が常にもたらされていたことが、日本の民度を物語っており、どんな武将も常に民を考えて行動していたことが伺えます。

また、武将は部下の武士たちの命を大切にしていたので、極力死人が出ない戦い方を模索していたと様々な文献で伝えられています。

天下分け目と言われる関ヶ原の合戦においても、他国の戦争と比べてあまりに死者の数が少なく、またすぐに勝敗が決まったことは合理的でもあったと言われています。

それでも、今の時代から見れば、非常に非合理としか言いようがないですが……、少なくとも他国の戦争と比べれば、紳士的であり合理的であり人道的であるのが国内の戦争です。

 

男尊女卑の浸透と男女平等の推進は、戦後教育の賜物

コメントにあった

江戸時代よりあとの農村から女性がお金のために買われてきたとか(女性が物扱い)

という記述は、戦後教育の賜物だと私は思いました。

 

私も長年、戦前は男尊女卑の社会で、戦後になって日本は男女平等社会になったと勘違いさせられていましたが、これこそが戦前に対する最も誤った認識だと思います。

男尊女卑という認識を徹底するがために、女性がお金で買われたという言い方になるのだと思いますが、

今の世の中に置き換えれば、「田舎の女性が突然芸能界デビューしましょうということで、都会の人がやってきて金を積んだ」というのとさして変わらないということが、昔の暮らしを書いた本を読むとよく分かります。

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また、性に関しては、現代人の倫理観では考えられない程奔放だった一面も見られますが、この方が、自然体であったとも言えるのではないのでしょうか。

なぜなら、かつての日本は裸を見られることに何の抵抗感もない民たちがそこにいたのです。

ヴィレム・ホイセン・ファン・カッテンディーケ『長崎海軍伝習所の日々』

我々は若い娘たちに指輪を与えた。その娘たちはどうしたのか胸もあらわに出したまま、我々に随いて来る。見たところ、彼女たちは、われわれがそれによほど気を取られていることも気付かないらしい。我々が彼女たちの中で一ばん美貌の娘に、最も綺麗な指輪を与えたことが判ると、数名の娘たちは我々の傍に恥ずかしげもなく近寄って来て、その露出した胸を見せ、更に手をさわらせて、自分こそ一ばん美しい指輪をもらう権利があるのだということを知らそうとする。こんな無邪気な様子は他のどこでも見られるものではない。しかしこの事実から、これらの娘たちは自分の名誉を何とも思っていないなどと結論づけようものなら、それこそ大きな間違いである。 (p. 86)

決して日本が一ばん不行儀な国であるとは言わないが、しかしまた文明国民のなかで、日本人ほど男も女も羞恥心の少ない国民もないように思われる。風呂は大人の男も女も、また若い男女も皆一緒に入るのであるが、男も女も真っ裸で風呂から町に出ているのを往々見かける。 (p. 206)

 

エドワード・S・モース『 日本その日その日 』

我々に比して優雅な鄭重さは十倍も持ち、態度は静かで気質は愛らしいこの日本人でありながら、裸体が無作法であるとは全然考えない。全く考えないのだから、我々外国人でさえも、日本人が裸体を恥じぬと同じく、恥しく思わず、そして我々に取っては乱暴だと思われることでも、日本人にはそうでない、との結論に達する。たった一つ無作法なのは、外国人が彼等の裸体を見ようとする行為で、彼等はこれを憤り、そして面をそむける。 (1巻, p. 89)

 

ハインリッヒ・シュリーマン『シュリーマン旅行記 清国・日本』

「なんと清らかな素朴さだろう!」始めて公衆浴場の前を通り、三、四十人の全裸の男女を目にしたとき、私はこう叫んだものである。私の時計の鎖についている大きな、奇妙な形の紅珊瑚の飾りを間近に見ようと、彼らが浴場を飛び出してきた。誰かにとやかく言われる心配もせず、しかもどんな礼儀作法にもふれることなく、彼らは衣服を身につけていないことに何の恥じらいも感じていない。その清らかな素朴さよ! (p. 88)

 

パトリック・ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)本の紹介 『日本の面影』

街道沿いでは、小さな村を通り抜けざまに、健康的で、きれいな裸体をけっこう見かける。かわいい子供たちは、真っ裸だ。腰回りに、柔らかく幅の狭い白布を巻いただけの、黒々と日焼けした男や少年たちは、家中の障子を取り外して、そよ風を浴びながら畳の上で昼寝をしている。男たちは、身軽そうなしなやかな体つきで、筋肉が隆々と盛り上がった者は見かけない。男たちの体の線は、たいていなめらかである。 (p. 51)

売春に汚いイメージがついたのは、西欧主観を受け入れた明治以後のことであって、江戸時代まではそれが汚いという概念はもちろんなく、自然な流れの一つのビジネスであった事が、様々な文献から伺えます。

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またこのような記述の背景には、慰安婦問題同様、日本を貶めたい人たちの思いが垣間見れます。

日本には人さらいという風習はありません。人さらいは朝鮮半島や中国大陸の伝統であって、日本にそのような歴史はありません。

 

 

まとめ

かつての日本は、今の価値観から見れば間違いだらけに見え、さらに押し付けられたイメージによって暗いものに見えがちですが、

本質を突いた生き方は、かつての日本人の方が上を行っていたように思います。

その違いを理解した上で過去を考察する癖をつけられたり、どこがどう違うのか、考察を重ねられると良いのではないかなと思っています。

 

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