【循環の概念】水を作る人、水を奪う人

上手に書けるか分からないけれど、書いてみたい内容なので頑張って書いてみます。

水を作る為に必要なもの

水を作る為に一番大事なことは、木を植えることだそうです。

敗戦後焼け野原になった日本は、木を植えることからやり直しました。

昭和天皇も様々な場所で植樹をされ、民を励ますために歩き続けました。

 

昔から日本は、木を植えることによってもたらされる大地の恵みを知っていました。

そして、木の恵み、水の恵みから、食物を頂きました。

争う必要のない十分な食料があったからこそ、私たちはのどかな暮らしをすることができました。

 

しかし、このような教えが残されていて実践できている民族はあまりおらず、地球上の多くの民は、この根幹に気がついていないからこそ、搾取の世界に身を委ねているのだと思うようになりました。

 

海外にいる日本人ドキュメンタリーで気がついたこと

 

私はテレビ批判をよくしていますが、よくテレビを見ています。私は生粋のテレビっ子だからこそ、テレビのおかしさに気がつくこともできれば、逆に楽しむこともできます。

そんな私も、最近はとんとテレビを見なくなりましたが、敢えて見るのは、海外に住む日本人に着目した番組。もしくは海外から日本にやってくる外国人にフォーカスした番組。

これは民族性の心持ちや、それを理解する教材として優れています。

そして、このような番組を見ている中で、私は日本人の特性に気がつくことができました。

 

その民族性とは、

日本人は水が好き

です。

 

水が好きと言ったら、少々語弊があるというか、かなり語弊があると思いますが、私たち日本人は透明な水が傍にあることが当たり前の生活をしています。

しかし、このような恵まれた環境に生を受けている人間は少なく、多くは濁った水を奪い合ったり、水がなく枯渇した生活を余儀なくされています。

このような土地に日本人が行くと、だいたい日本人は水を探し始めます。

清流を探し始めます。

そして、その清流を探したのなら、村に水を引くことに命をかけます。

そして、その水を使って、作物を育てる事に必死になります。

途方もない時間と労力をかけるのですが、日本人はこれ無くしては人の基盤を作れないことを知っているのでしょう。

 

1910年~1945年の間、日本と朝鮮半島は同じ国だった時代があります。

併合前、総理大臣だった伊藤博文は、「こんな国を我国にするのは嫌だ」と抵抗したのですが、その総理である伊藤博文が、朝鮮半島人によって暗殺されたことを契機に、我国は朝鮮半島を併合し、同じ日本人として扱うことになりました。

その頃の、朝鮮半島の山々は禿げ山でした。日本は、「これでは人としての生活ができない」、つまり「水が作れない」と沢山の木を植え、そして茶色い土地だった朝鮮半島を緑の島に変えて行きました。

 

同じように、他の国々で貧困に喘いでいる土地の人々に遭遇してしまった日本人たちは、必ず、水を探し、水を引き、そして植物を育てられる環境を手に入れるように、試行錯誤を繰り返し、そしてそれを実現しているように思います。

このような感覚がなかった土地の人々は、突如現れた日本人をまるで神のように仰ぎ、神のように尊敬してくださっています。当の日本人は、当たり前のことをしただけだとしれってとしているのにも関わらず、このような考え方がなかった土地においては、私たちが生まれ育った環境を土地に降ろすことは、まるで神のように見えてしまうのでしょう。

 

このようなドキュメンタリーを幾つも見て私が感じたのは、

結局人は、

「水」と「木」と「土」があって

生命が継続できる基盤が生まれるということでした。

 

しかし、今はどうでしょう。

「金」ばかりを盲信して、本来「水」、「木」、「土」の必要性が分かっている日本人もすっかり忘れ始めています。

 

そして、水、木、土、金と四つの要素を並べている自分に気がついた時、急に五行が頭に浮かびました。

ここに「火」を加えて、5つとなる五行です。

 

五行思想

五行思想(ごぎょうしそう)または五行説(ごぎょうせつ)とは、古代中国に端を発する自然哲学の思想。万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなるという説である。

また、5種類の元素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という考えが根底に存在する。

西洋の四大元素説(四元素説)と比較される思想である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%A1%8C%E6%80%9D%E6%83%B3

 

この5種類の元素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」と考えられています。

 

しかし、人はふと「搾取」という思想に縛られた瞬間に、「金」という部分だけに目がいき、私たちに当たり前の日常を与えてくれる「水」、「木」、「土」という要素をすっかり忘れてしまうのではないでしょうか。

そして、その大事な循環を忘れて搾取に溺れるからこそ、人は不幸に陥っているのではないでしょうか。

「火」という存在も、「水」、「木」、「土」があって始めて生まれることができます。

「火」という存在は、循環できる基盤の上に文化的な暮らしをするための必須要素でしょう。

そして、

「金」という存在は、さらにその上の発展的なな暮らしをするための必須要素でしょう。

しかし、ついつい私たちは「水」、「木」、「土」があって循環できるのを忘れ、

「火」があって文化的暮らしができるのを忘れ、

ただただ「金」だけに目がくらんでしまいます。

 

このバランスが崩れた時に、搾取の波が押し寄せて、文明が壊れるのではないでしょうか。

 

既に、日本も、祖先が長らく培ってくれた私たちの営みの必須要素である「水」、「木」、「土」の循環のありがたみを忘れつつあります。

数多く起きている震災の数々は、ここを忘れれば全てが終わると告げる神々からの警告なのではないでしょうか。

 

私たち人間は、どこまで発展したとして、「水」、「木」、「土」がない場では生きていくことができません。

それをしっかり、それぞれが思い出して生き直したいものですね。

すっかり忘れても、祖先のおかげで緑豊かな土地であることに感謝をして。