先週の記事では、LGBTやSDGsなどの政治運動は一過性の流行で終わると思うと書いたけど、
実は一点、このまま浸透したらヤバいと思ってることがある。
SDGsでもLGBTでも、提唱されている「ジェンダーレス」。
ジェンダーレスは日本語で言えば、男女平等のことであり、それは戦後の日本では当たり前に取り組んできたことなんだけど、その当たり前にあった言葉がジェンダーレスになってから、男女平等とは違う新しい解釈がいろいろと組み込まれてるのよね。
なんてったって言葉が新しいから。
だから、サスティナブルなんちゃらな感じと同じように、新しいものとして、そして新しく活動を作り上げていってるように見えるんだけど、
これが超危険だと思うんだ。
というのも、この活動に本気になってる人たちって、物理的なものを精神で超えられると思い込んでいる節が強いんだよね。
つまり、精神的進化によって、男女の区別はなくなると思い込んでる節が強いだけでなく、それを人に強要してくる。
そういう風に思える人が進化の証だとか、人間的に優れているみたいな勘違いをして強要してくる。
ハッキリ言って、ただの意識高い系バカの頑張りなんだけど、
今朝の記事でも書いた通り、日本以外の世界の歴史って意外とこういう意識高い系のバカのトンデモ論を「真理」に掲げちゃっていて、
それを「真理」として教育を受けた子供たちによって地盤が固められて行って、揺るぎない伝統になっていってる。
ひょっとしたら、ジェンダーレスにはそういう可能性があるかもなと思って、正直ビビってる。
もしも、男女に違いはないと思う考えが「真理だ」として広がっていったのなら、
人は男女の差はないものとして物事を進めていくことになるだろうが、そうしたなら当然トラブルが多発するし、生活はままならなくなるに違いない。
だけど、男女に違いはないと考えるのが正しいとされる世界になったのなら、男女には違いがあるからという当たり前の答えに辿り着けなくなる。
だから、絶対に正解がでない状態の中で延々と彷徨い続け、さらに問題を生み出し続けることになると思う。
今の私たちの感覚からしたのなら、そんなことはあり得ないと思っているだろうけど、どうなるかは分からない。
だって私たちは憲法九条を掲げて、平和を唱えれば平和になると思っていたのだから。
これこそ解決の無い堂々巡りになって然るべきの発想なのだけど、つい最近まで多くの日本人はこの発想に疑いを持たず信じて来た。
私たちの祖先は、こんなたやすい問いを子孫が誤るはずはないと思っていただろうけど、しっかり私たちは見誤った。
これと同じような事が起きたのなら、嫌だなと思うし、憲法九条に恍惚していた日本人だから起きてもおかしくないと思ってる。
どうかここだけは見誤らないようにしてほしい。
思想と物理を同等に扱わないようにしてほしい。
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こんばんは。
以前竹久さんが仰っていた「みそ汁」が大事なんですよね。
それぞれの具材が調和してあの味わいになることが解んない人達って何なんでしょうね?
ジェンダーレスなんて、全部をミキサーにブッ込んでまじぇまじぇした様なおどろおどろしいものにしかならないと思うのですが。
ビーガンに一生懸命な人達にも同じ匂いを感じますが、意識高い系って厄介ですね。
多分そういう人達は、喧嘩に負けても「自分が負けたと思わなければ負けじゃない」の理論でしつこく繰り返すのでしょうね。
あ~めんどくさい(笑)
おはようございます。
ほんとそうですよね。
何も知識もない若い子たちは、そのドロドロしたものがおかしいと思わず、正しいと思って受け入れてしまう、これが問題なんですよね。
私たちも通ってきた道だからこそ分かる無駄な事は極力省きたいのですが、教育業界は相変わらずそっちですものね。
嫌になっちゃうなぁ。
それではこれからも宜しくお願い致します。