金曜日は「教えて!波動相談室」のコーナーの日です。
こちらのコーナーでは、読者の方から寄せられた質問に、波動の見地からお答えしていきます。
また、波動の見地からお答えするものの、これは私の個人的見解にすぎません。
ですから、これだけが正解ということはもちろんあり得ませんから、「意見やアドバイスの一つ」として参考にして頂き、その上で自らで答えを見つけて頂けたらと思ってます。
どうぞ、この点お含み置き頂きました上、お読みくださいませ。
本日頂いたお悩みは、「遺品の取り扱い方」です。
40代女性・笹の葉さん(パート)から頂いた質問です。
ではまずは相談内容をご紹介致します。
初めまして。いつも楽しく拝読させていただいています。
早速ですが、先日の先祖供養のお話を読み、ずっと友理子さんにお聞きしたかったことをご相談させていただきます。
少し前に実妹が自ら命を絶ちました。
残された私達は妹に胸を張って会える様な人生を歩まなくてはと思っていますが、まだ私が現実を受け止められず、最近の木村花さんや三浦春馬さんのニュースも妹と重ねてしまい心が乱れ自分を律することができません。
時折訪れるこの落ちた気持ちを何とか持ち上げようと友理子さんのブログを読み、自分を鼓舞しています。
相談内容の遺品に関してですが、両親から貴重品を使用してほしいと話がありました。
私が使用してよいのか、それとも使わずにお寺や神社で供養した方が故人にとってよいのか友理子さんの見解を頂戴できれば幸いです。
西日本東日本共に大雨のようですね。友理子さんもどうぞお気をつけ下さいませ。
笹の葉さんからのご質問にここからお答えしていきます。
また今日のお答えポイントは以下1点とさせて頂きます。
①安心と不安の間にあるもの
この1点に沿ってここからお答えしていきますね。
本人にはそれ相応の理由があってのことだと理解しても、残された遺族の方々の心の傷はとても大きなものだと思います。心よりお悔やみ申し上げます。
重ねてしまうのも、心が乱れてしまうのも致し方ないことだと思います。
また、ご相談頂いた妹さまの貴重品の使用についてですが、「何が正しいかはない」というのが正解だろうと私は思っています。
つまり、笹の葉さんご自身で選択したことが正解であって、予めどうするべきか決まっているものではないと私は考えます。
また、妹さまが残された貴重品についてですが、「使用しよう」という思いが笹の葉さんから自然と沸いてくるのであれば、悩んではいなかっただろうと思います。
悩んでいる理由の根幹にあるものは分かりませんが、ご相談された根本にある気持ちとしては「使用したくない」という思いがあってこのような悩みに繋がっているのではないのかなと思いました。
であれば、しっかりと「使用したくない」と思う気持ちと向き合うことが大事じゃないかなと思います。
どうして使用したくないのか、その理由はなんなのか?
その根幹にある気持ちを掴めれば、笹の葉さんの心には「納得」が生まれることだろうと思います。
その「納得」の理由や至る気持ちは笹の葉さんにしか分かりません。
そして、この「納得」を手に入れた時、どのような結論であったとしても、やはり使うことにしたとしても悩みは消えるだろうと思います。
私は、不安と安心の間にあるものは「納得」であると常々思っています。
納得さえできれば、不安な気持ちや悩みは過去のものとなり、安心感を持って今と向き合えます。
答えになっていないかもしれませんが、その納得は人からの助言ではなく、自分で手に入れなくてはならないものだと私は思っておりますことをどうかご理解ください。
少なくとも、ご相談内容に書かれていたどちらの選択肢を選んでも間違いではないと私は思ってます。
ただその選択は他人に委ねるものではなく、自分自身で決断し、自分自身で責任を引き受ける覚悟をもてて、ようやく納得の境地に辿り着くものだと思ってます。
向き合うことは心の葛藤がつきまとうことだろうとは思いますが、どうか向き合って自分なりの答えを探してください。
またこの過程こそが、人生において実は一番大事なことだと思っています。
辛い時期にこのようなことを伝えるのは如何なものかと悩みましたが、これが私のアドバイスです。
それでは、今日の波動相談室は以上となります。
どうぞこれからも宜しくお願い致します。
また来週の相談室は、ちばさんから頂きましたお悩み、「仕事のこと」を解説したいと思います。
それではまた来週お会いしましょう♪
こちらのコーナーでは皆さんのお悩みを受け付けております。
ご相談がある方は、下記リンクの「相談室ポスト」からご投稿ください。
↓相談ポスト↓
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心の中で妹さんに問いかけ続けていれば、いつかあなたの中で生きる妹さんが答えてくれます。それまでは、ご位牌ともにお祀りして上げてください。ただ、悲しいのは、ご両親も一緒であることも汲んであげてください。
ただ、死者に想いを馳せてよい日は、春と秋のお彼岸と
お盆だけと命日だけの方が良いです。それ以上は、やめたほうが良いでしょう。
コメントありがとうございます。
補足してくださりありがとうございます。
笹の葉さんがこのコメントを読んでくださっていることを願っています。
それではこれからも宜しくお願い致します。
初めてコメントさせていただきます
"ただその選択は他人に委ねるものではなく、自分自身で決断し、自分自身で責任を引き受ける覚悟をもてて、ようやく納得の境地に辿り着くものだと思っています"
自分で選択する 自分で決める
今 私のキーワードのようです 言葉を換えてやってきます
そのことで竹久さんがたいせつと思われるのは「納得」とのこと
ご回答とても参考になりました
ありがとうございます
こんにちは。
とんでもないです。
これからも宜しくお願い致します。
笹の葉です。友理子さんのご見解、皆さんのお言葉誠にありがとうございます。こちらの記事は当日拝見していたのですが、気持ちを文章に落とし込めずに、ご返信が遅くなり申し訳ありません。
友理子さんのおっしゃるとおり、彼女の死を怖いと思い、受け止めることができずに自分が使用したいのか、したくないのか自分の気持ちと向き合えていませんでした。友理子さんには全てお見通しで、さすがという思いと逃げている自分を見透かされ改めて恥ずかしく思う気持ちでいっぱいです。今はまだどうするべきか決められていませんが、自分が納得した時に使用したいと思いました。結論は自分で出します。覚悟と責任と納得はどれも自分に必要で且つ足りていないものです。友理子さんの言葉を胸に刻み彼女に恥じない生き方を心がけます。
また、ファルさんのアドバイス通り、妹にも問いかけ、今は位牌と共に祀りたいと思います。死者へ想いを馳せる日も教えて頂いてありがとうございます。次はお彼岸に逢いたいと思いました。
友理子さん、凛々しく温かいお言葉ありがとうございます。皆様のお言葉全てに感謝いたします。
こんにちは。
とんでもないです。冷たいアドバイスに思われてもしかたがない返答だったのに、実直に受け止めて頂けた事、心から有難く思っています。
納得するには時間がかかることですし、ましてや素直に向き合うためにも時間がかかることだと思います。
焦る気持ちはついつい沸いてしまうでしょうが、焦る必要などどこにもないことを心の片隅において、自分の無理のないペースでいきましょう。
自分にしか分からない答えに納得し、その答えに自信をもって歩む時、それこそが自分の人生の一歩を始めるスタートのようにも思ってます。
それではこれからも宜しくお願い致します。