おはようございます。
火曜日は「変わる、終わる、始まる」です。
この「変わる、終わる、始まる」では、社会全体のトレンド(流行や趨勢・すうせい)に関する情報をお届けしています。
時代によって、インフラが変わり、またこの変化によって人の興味も変わります。
激動の時代と呼ばれる昨今の中で、立ち止まって全体を俯瞰できる情報をお届けしていきたいと思ってます。
また「変わる、終わる、始まる」も月曜日の「今日から使えるマーケティング講座」と同様、お仕事で利用して頂けたら嬉しいなと思っていますので、こちらも朝7時に更新していきます。
こちらも朝のお供として、是非活用してくださいませ♪
先々週のこのコーナーで少し触れましたが、「明治時代からの日本は何事においても一極集中してしまう時代」でした。
これは急ぎ足で近代化を進めることにおいては非常に優れた判断だったとは思うのですが、行き過ぎてしまえば何事も害悪となります。
そのため現代は、害悪に成り果てていたも言える一極収集からの打破を、模索していた時であったと言えると思います。
そして、誰もが予期していなかった武漢ウイルスによって、この一極集中は終わりを告げることになったと推察しています。
顕著にこの傾向(一極集中の崩壊の兆し)がでるのは都心でしょう。なぜなら、この騒動の後、都心の人口は必ず減るに違いないと私は思っているからです。
というのも、私は前著「ほんの少し見方を変えたら~ようやく本質に戻れる時代の中で~」で、「今や都会に住むメリットはない」という持論を展開させて頂いたのですが、そのメリットの無さに、今回のことで気が付かれる人が激増するだろうなと思っているからです。
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今回の出来事によって「会社に行かなくても仕事はできる」と気が付いてしまった人は沢山いることでしょう。このような人たちが「敢えて都会に住む必要がない」と思うようになるのは自然な流れだと思います。
しかも都会の住居は、狭い上に家賃が高いですから、余計にその思いが高まってしまうものでしょう。
高い家賃と狭い家は、毎日の通勤の必然性があって、我慢していた部分と言えると思います。
ですから、毎日通う必要がない状況になったのなら、そこに異変は起きて当然です。
会社に行くのは、週1……はたまた月1で良いとなったのなら、「飛行機通いも在りかな?」と思う人だって出てくるでしょう。
しかも田舎に行けば、都会のように日常的に窮屈な思いもする必要もなく、週末だからといってわざわざ郊外に出向く必要もなく、目の前に大自然が広がるようになるのですから、3密に気を遣う必要性もありません。
その上、家賃は安い上に、敷地は確実に広くなりますからね。
「都会にいなくても……」と思う人が増えるのは、自然の流れだと思います。
そして、都会への一極集中が薄れることこそが、「求心力」というものを終わらせる原動力になるだろうなと、私は思っています。
誰もが都会に憧れを抱いた一極集中の時代というのは「他よりも凄い(秀でている)」ということが、何においてもフックになりました。
その象徴的な言葉が「カリスマ」でしょう。
カリスマと言う言葉が世の中で浸透し始めたのは、世紀末の1999年からなのですが、当時は安室奈美恵や浜崎あゆみを筆頭にして「カリスマ」と呼ばれる人たちが売り出しているもの、そして身につけている物が飛ぶように売れました。
また当時、女子高生たちの愛読書であるPopteenやeggなどのティーン誌で活躍していた人気読者モデルも「カリスマ女子高生」と呼ばれており、特に人気だった押切もえちゃんや宮下美恵ちゃんなどのファッションアイテムは爆発的に売れました。雑誌で人気の女子高生たちは、「カリスマ」と呼ばれて申し分ないほどの影響力を持っていました。
他にもカリスマ店員、カリスマ美容師など、消費行動を煽る象徴として「カリスマ」はもてはやされ賛美されていましたが、それもこれも一極集中の時代の産物であったと、今は思います。
明治から始まった一極集中の時代の極みが、「カリスマだったのかもな」と、今は思います。
というのも、都会に人々が憧れるのも、そしてカリスマに憧れるのも、心理作用としては同じ事が起きていると思うからです。
強いもの、大きいもの、優れているものに惹かれ、追随しようという心理作用が大きく働いたからこそ起きたことでもあるなと思うのです。
つまり、そこにあったのは「求心力」だったのだと思うのです。
しかしながら、その「求心力」というものは、今や幻想だったということに気が付く日常が広がっています。
あんなに憧れていた都会に、今や執着する必要がないことを、多くの人は気がつき始めています。
日本で最も大きなカリスマは「東京」であったことは間違いないのですが、その東京の求心力は今もの凄く薄れ始めています。
となれば、求心力に対して他にも影響が出て当然でしょう。
今までの時代は「どれだけ自分は凄い人か!」と平然とアピールできた人が、強い求心力を発し、地位もお金も獲得できたいましたが、そんな時代はここで終わるでしょうね。
お互いに普通の市井の人として、当り前に生きられるかどうかが大事になるでしょうし、それはもう始まっていますよね。
だって、タレントたちがSNSを通して等身大の発信をし始めて、かれこれ10年以上の月日は経つのですから。
そしてタレントとはスターでもカリスマでもなく、「ただの人」というのがSNSを通してよく分かってしまったのですから。
とはいえ彼等は「ただの人」でありながらも、卓越した技術や芸術性持ち合せており、だからこその芸能人なのですが、いつからか世の中は「芸能人は全てにおいて優れている完璧な人」だという幻想を持ち合せるようになっていました。「アイドルはうんこしない」というのがその典型例だと言えると思いますが、その幻想は時代と供に壊れ始め、SNSがそれを果てしなく壊していったと言えるでしょう。
しかしながら、それでも「有名」が持ち合せる求心力は、なかなか変わらない不動のものでしたし、その「有名」が持ち合せる求心力に多くの人々は翻弄されてしまっていましたが、いよいよそれが終わりと告げようとしていると、私は感じています。
なぜなら、彼等が持ち合せる芸術性に惹かれるだけのことであったことに、多くの人は気がつき始めていますし、芸術性がないのに芸能人という看板を掲げただけの人のことも、見抜けるようになってしまったからです。
ここは大きな変化ですよね。
そして「ただの人」であるはずの彼等の、「力を発揮する瞬間とそうでない瞬間」を見分けるようになれたのも大きいと思っています。
なぜなら、少し前の時代は、メディアの情報によって「特別な人にだけにその力が備わっている」と思わされていたからです。
彼等は「自分の得意な事を一生懸命にやっているから放つ輝きである」と思うのと、「特別な人にだけ備わっているもの」と思うのでは、全く意味が違ってくるでしょう。
また、彼等はメディアの力も合わさって、等身大以上の求心力が与えられていたのですが、ここからは変わるでしょう。
誰もが同じように輝けることを思い出す時代になることでしょう。
少なくとも私は、互いが互いの場所で輝くことによって発するケミストリー(化学反応)を堪能する時代になるはずだと思ってます。
また、こういう時代の転換に気がつけず、相も変わらず「私は凄い人」と自らアピールして求心力を高めようとする人もいるでしょうが、この時代の読め無さ&寒さを、ここから市井の人は感じることとなると思います。
ここら辺の時代の流れを充分感じて、無駄な「自分アピール」は控えた方が良いでしょうね。時代の方向性は逆回転しているのですから。
まぁ、お互いにいろいろ大変なことは山積みではありますが、良い時代になっている感触もあちらこちらから感じているので、その感触を糧に頑張って生き抜きましょう♪
ということで、今日のお話は以上です。
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それでは今日も張り切って働きましょう♪
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こんにちわ!
この記事読ませていただいて よ~く理解できます。
芸能人がユーチュバーになるって 昔だったら考えられない事態ですよね。
しかも 近年ユーチュバーに参入してきてから 特別でもなんでもなくなった
感が否めないし 返って身近な存在に感じられるようになりました。
昔は オンラインサロンとか怪しい~とか 騙されてるんじゃないの?んじゃないの?とか
なんか宗教的な感じがしたけれど 今は逆に チームとか グループで 好い物造り的な
開かれたビジネス戦略にみえて ずいぶん観方が変わったな~と 自身でも驚いています。
これもコロナの影響ですかね?
コロナ改革がこの先 どう進むのか今から興味深い感じがしています。
こんにちは!
本当に数年前だったら考えられないことだらけのことが起きていますよね。
インフラは整備されていても、なかなか習慣は変えられないもので、その変えられない習慣や常識が武漢ウイルスによって変化していることは間違いなく、既にあったインフラの利用が加速してますね。
それから多くの人が言っているように、「コロナの騒動が収まっても前に戻ることはない」と私も思ってます。
ですからその前提の上で、それぞれ新しい時代を創っていきたいですね。
それではこれからも宜しくお願い致します。
平安時代末期、食べれなかった貴族が地方に行き豪族と結びついて武士となりました。鎌倉、室町そして、戦国時代。
飛鳥、奈良時代は、大陸との交易があり発展もしたが、同時に天然痘など疫病も広まってた。
時代は繰り返す。というより故郷を大切に
特に今の日本人は自分のルーツに無関心な気がします。
こんにちは。
今政治の本を筆遅く書いている最中なので、この指摘もの凄く腑に落ちます。
ルーツを無視して戦略なんて立てられないのに、大事な情報を封じられた日本人はその必要性すら分からなくなっています。
政治のルールをたとえ覚えても、国家とは何かが分からない限り、問題は解決しないんですよね。
それではこれからも宜しくお願い致します。
本日は、昭和の日なんですが、戦争が終わったときの陛下のお言葉を載せておきます。
昭和21年11月9日、元滋賀県知事で侍従次長を務めた稲田周一が、昭和天皇御代参により近江神宮に参拝した際、当時の平田貫一宮司に陛下の次の御言葉をお伝へした。
「この度の大東亜戦争はまことに遺憾の極みであるが、千三百年前の天智天皇の御時、唐・新羅の軍と白村江に戦つて大敗した歴史がある。天智天皇は直ちに兵を徹せられ、国内諸政の一新を企てられ、文化を振興、国力の充実を図られた事を模範として、諸政一新、文化経済を盛んにして永い将来に対処したいと念願してゐるから、一同も此の旨を体して失望することなく勇気を奮ひ越して大いに発奮努力して欲しい。」
(近江神宮社務所「近江神宮のご案内」)
こんばんは!
有難いお言葉教えてくださり、ありがとうございます。
戦後復興は君民一体となった原動力であることを、改めて知る事ができました。
日本に欠けてしまったのは君民一体の実感です。
今回のことをきっかけに取り戻していきたいですね。
これからも宜しくお願い致します。