経済対策に関する攻防は、○と△の意識の違いかなと思ってます。
また財務省のお金に関する考え方が△の意識で基本的に成り立っているから、おかしなことが続いているのだと思います。
お金をどのようなものと捉えるかは人それぞれ違うでしょうが、社会全体におけるお金の役割を見た時、それは血液のような役割を果たしていることが分かります。
【おカネのミカタ】は大和証券が運営する中高生向けお金の教育サイト。社会のなかでのお金の役割とは?お金がお金として通用している「信用」という仕組みをご紹介します。 お金は社会の血液 | おカネのミカタ - おカネのミカタ |
ぐるぐる循環してくれることで、社会が回ることができます。
ただ、ピラミッド社会の考え方が強くなると、あまりに当り前のこの事が分からなくなってしまうのだと思います。
ピラミッド型社会には循環という概念はありません。あるのは弱肉強食型で奪うというもの。
今回の武漢ウイルス騒動を引き起こした中国共産党の考えというのは、まさにこれですよね。
弱肉強食型で奪うことしか考えていない。
こういう考えの中にいる人たちにとってお金とは血液ではなく「力」です。
人々をねじ伏せるために金を持ち、金で従わせるためのアイテムに切り替わってしまうのですが……これは道理に外れた考え方であるため、これを行えば必ずどこかに不公平や格差が現れます。
そしてこの不公平や格差は、社会が不合理による循環を強めていきますから、社会に属する人々の不満が拡大するのは当り前です。
そして、どこかのタイミングでその秩序が崩壊することが起きるのだと思います。
世界の国々が数百年で国が変わってしまう理由もここにあるのだと思いますし、近代日本が悩み苦しんでいる理由もここの部分にあるのだと思います。
昔の日本は身分制度による格差社会だったと仰る人が多いですが、それは戦後教育の賜と呼ぶべき一つであり、江戸時代に書かれたものやこの時代に関する文献を読めば読むほど「現代人が抱えている過去の日本こそ幻想だ」と気が付くことになるでしょう。
↓過去の日本について書いた記事↓
また過去の日本をいろいろ調べて見た結果、「江戸時代と比べて今の日本人の方が幸せとは言えない」と私は思ってます。
確かに社会はあの頃と比べて、豊かになり便利になり人々は自由にもなったと思います。その一方で、かつての日本にはあった社会の循環は失われ、誰もが椅子取りゲームに必死になっています。
そして個人主義が蔓延した結果、自分自身が社会の一員であることも忘れてしまったが挙げ句、社会秩序も乱れていると言えます。
△の価値観は一見煌びやかに見えて、豊かで便利で自由なように見える反面、不必要なストレスを与えられます。
日本も△の価値観が社会に馴染んだ結果、この状態に陥っているように思います。
また日本のお金を司る財務省の体質や考え方、そして価値観が△になっているからこそ、日本の経済対策はにっちもさっちもいかないおかしなことになっているのだと思います。
またこれが、彼等にとってお金は「血液」ではなく、「力」だと思い込んでいる証なのだとも思います。
しかしながら、彼等の考えを正論とし、その考えに引きずられているからこそ「日本は失われた○年」の更新に勤しんでいるのでしょう。
相変わらず財務省は、自分たちの「力」を固持するための政策方針しか出してきませんが、それでもその牙城はどんどん追い詰められています。
ですから民間の声の力で、お金が本来の役目である「血液」の立ち位置を取り戻し、「力」という幻想を打破できれば良いなと、私は思っています。
椅子取りゲームの時代から、本来あるべき道理の社会へ戻れますように。
変化が大きい今の時代にオススメの一冊です☆
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