11月は、七五三の時季ですね。
七五三というのは、神社で行うのが基本とされていますが、お寺でもやっている場所はありますよね。
それから厄除け祈願や交通安全祈願なども、神社でもお寺でもできますよね。
このような神社でもお寺でもという環境があるため、神社とお寺の違いが分からなくなっている人が多いと思うので、その理由を書いておきます。
神社とお寺の違いを超ざっくり切り分けると、
神社は日本の古代から連なる信仰であり、基本にあるのは「古事記」です。
お寺は「仏教」なので、基本にあるのは「お釈迦様の考え」です。
ただ、日本は何でも融合していってしまう性格があるため、いつの頃からか「神仏習合」という考えが定着していき、神社と仏教が一つの信仰体系として融合していきました。
お寺と神社の境がはっきりしない感覚に囚われやすい理由は、お寺も神社も一緒になってしまっていた時代が結構長くあったせいだと思います。
具体的にどれくらいの時代かというと、鎌倉時代(1200年頃)から江戸末期(1800年頃)までと言われています。
ざっくり600年くらい、お寺と神社は同等のものという扱いの信仰になっていたため、現代に生きる私たちが混同してしまうのも無理がないでしょう。
では、一度は同じものとして扱われていた神社とお寺が別々のものとなったのは、何が理由でしょうか。
かれこれ200年ほど前までは、神社もお寺も一緒という価値観にすっかり染まっていた日本ですが、ある事を境に、別れるようになりました。
それは、古事記の存在です。
三重県松阪出身の本居宣長が35年の月日をかけて、古事記を読み解きました。
この解読は、日本にはそもそも日本独自の信仰があったことを思い出すことに繋がりました。
そして、いつのまにやら一緒のものになっていたお寺と神社は違うものであるべきという世論が生まれるようになりました。
そして、この流れを汲んで、明治期には神社とお寺をきちんと区別することを国が定めたため、今まで曖昧で良かった部分がどちらかに区分されるようになりました。
全ては本居宣長による「古事記」の解読があってこそです。
学校の授業では本居宣長の名前は覚えるけれど、彼の功績は何か、そして今に繋がる文化の変化は何かということは教えてくれません。
こういうことが分かっているか分かっていないかは、生きる上で大きな違いなので、政教分離とか言わず、本居宣長の名前をテストに出すなら、ちゃんとここまできっちり子供たちに理解させてほしいなと思います。
生活の身近にある神社とお寺の歴史が分かっていれば、むやみやたらに悩む必要もないし、迷う必要もなくなるはずなのに……っていうか、学校関係者の多くに共産系が潜んでいるから、こういう当り前のことこそ教えられないかもしれないね。
共産党って無神論者で唯物史観だから。
この唯物史観の蔓延によって、戦後教育を受けた多くの日本人の心が歪み、それぞれ苦しんでいることをもっと問題にしてほしいけれど、エリートほど唯物史観の洗脳が効いてるから、その苦しみが分からない領域になってるよね(^^;)
話逸れてくわ(^^;)戻すね。
このような神仏習合から神仏分離&廃仏毀釈へ流れていく歴史の背景もあって、東照宮のようにビジュアル的にお寺に見えるけれど、神社という場所が幾つも生まれることになったのだと思います。
ちなみに東照宮(とうしょうぐう)とは、東照大権現たる徳川家康を祀る神社です。
お寺と間違える人が多いけれど、東照宮は神社なんだよ。
そして東照宮の神様は、どこでも徳川家康なんだよ♪
以前の記事で「今の日本は味噌汁の定義が分からなくなった中で、なんでも味噌汁と呼べという乱暴な事が多様性になっている」的な事を書いたのですが……
これね↓
どうして情報戦は「分断工作」に力を入れるのでしょうか。 多様性の面倒くささ現代は「多様な意見の尊重が大事」的なスローガンが盛んになっているように思いますが……この傾向は「分断工作」の一つか、もしくは「戦後洗脳のなれの果て」かなと思ってます。【落とし穴】多様性の危険性こないだの記事↑でも書いたけれど、みんな違って当然なのだから敢えて「多様性こそが正義」というような空気感を作り出す必要はないと思ってます。しかも大概の所、多様性を軸にした主張をする人は、単なる個人の我が儘に過ぎない主張が「世の中の... 【分断工作】善悪や正不正で考えることの罠 - 竹久友理子のパルプンテ |
神社やお寺に関しても同様の事が言えるんじゃないかなと思います。
戦後日本は政教分離ということで、身近にある知っておくべき当り前の事も敢えて教えられることなくみんな大人になりましたが、その結果些細なことで悩む人が増えているように思います。
特に、親も戦後世代という団塊ジュニア以降の世代は、お寺と神社の違いが分からない人が結構いると思いますし、さらに言えば、私のようなベッドタウンの核家族として育ったとなると、日本の風習とは無縁な生活空間に収まりやすいため、本来知ってて当り前の事が分からなかったり、大人になるまでに身につけておくべき参拝の作法すら知らない人も結構いるのではないのでしょうか。
唯物史観主義の人たちは、そんなことを知らなくても良いし、そんな日本と決別したいのかもしれませんが、ほとんどの人はそれを知らないから悩んでしまっているように思います。
また、このような誰もが知っていて当り前の歴史の流れのはずのことですら、ちょっと踏み込んで勉強してみようという意欲を持たない限り、なかなかそれが分からない世の中になっているのも問題だと思います。
だからこそ、あからさまに間違っているとしか言いようがない情報を発信している人ですら、見識者や有識者という立ち位置になれてしまうのはおろか、その情報が「正しいもの」として流布されて定着することすら起きています。
古事記なり、お釈迦様の教えであり、根幹にあるものは一つです。
しかし時代が経過することによって、最初は一つだったはずのものが複数になっていく事はよくあることです。特に仏教は分派が進み、同じ教えなのかどうかも素人には到底分からないほど複雑になっています。
そして、神社やお寺のことの本質がなんなのかきちんと教えてもらわずに大きくなってしまった私たちは、とりあえず目の前にある複雑なものから理解しようとしてしまうからこそ、より理解が伴わない事象が起きています。
私たちの混乱の種はいつも、本質にあるもの、最初にあったものは何かということを知る習慣を失っているからじゃないのかなと、最近の私は思ってます。
Howtoに没頭できるのも、本質や幹ではなく、枝葉(結果)にあるものを見る癖がなせる技なのかなと思ってます。
話がどんどん逸れていきそうなのでここら辺で止めますね。
お寺と神社の違いが分からなくなっている理由は、神仏習合と神仏分離&廃仏毀釈なんだよということが伝わっていれば幸いです☆
変化が大きい今の時代にオススメの一冊です☆
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はじめまして、ゆりさん☆
私の家は祖母の時代から本門佛立宗という仏教に入っています。宗教に入ると良いと思う部分もありますが、神社にお参りをしてはいけない、した場合はお懺悔という紙を提出します。(私の地方では)
10年前その約束を破り、伊勢神宮にいってきました。神社に行き始めて数年して祖母が鬼のような顔をしている夢をみて、それからしばらくは神社に行く事をやめました。
今は神社にいっても構わないと思っていますが内心は少し恐いです。
創価学会にお母さんが入信している友人も同じようなことを言っていました。
ゆりさんがおっしゃっているとおり本質をみようとしてなかったことが原因なんでしょうね。
そういう背景があって(関わりかたがわからなくなって)無宗教の人もいるのではないかな?と思って投稿してみました。
はじめまして、こんにちは。
教えてくださりありがとうございます。
日蓮聖人の教えを聞く限り「そのような教えはなかったはずだ!」と思い、日蓮宗を確認してみたら、公式回答としてはこのような事が書かれていました。
日蓮宗の信徒ですが、他宗の寺院や神社へお参りしてもいいのでしょうか??
Answer
問題ありません。法華経の教えは、すべてを包み込む教えです。
日蓮聖人が表された「大曼荼羅御本尊」には、他宗の開祖や神々の名前も書かれています。
ただし、その中心はお題目です。お題目が信仰の中心であることを忘れず、ご参拝ください。
本門佛立宗はHPを見る限り、日蓮聖人の教えの真髄に立ち戻るために立ち上げられた宗派のようなのに、全く違う教えになってしまったようですね。
同じように、どこかで信仰が歪み、その歪んだ信仰に縛られてしまっている人は沢山いると思います。
今日はたまたま次の記事で、仏教の教祖であるお釈迦様の本を紹介しております。
もう読まれているお話かもしれませんが、もし読まれていないようでしたら、仏教の根幹であるお釈迦様に目を向けてみるのも良いかもしれないなと思いました。
宗派によって同じ仏教でも全く違う考え方が横行していますから、本質はなんだったのか確認する作業は必要ですよね。
それではこれからも宜しくお願い致します。