【理論不必要】「今」を生きてれば、人は波動の波に乗れる

波動に関するうんちく云々をやたらと書き続けている私が言うのもなんですが……wwwww

 

評論と実践は別の話ですから……

世の中は混迷すると、精神世界に意識が向きやすくなります。

戦後の日本社会にカルト宗教が溢れ、またスピリチュアルと言う名のご都合主義が溢れたのも、混迷している社会の様相があってこそのことだと、私は思っています。

そしてかれこれ40年くらい前から、「ムー」に代表されるようなニューエイジ思想も大衆化し、宇宙だのなんだのという、精神世界と未知の世界が混同した情報に魅了される人も増え、その世界に舵をを切った人も沢山いると思いますが、多くの人はそこに意識を向けたことが、人生を悲惨にするきっかけになってしまっています。

 

宇宙も精神世界も人間が興味を持ってしまって当然の情報であって、そこと向き合わないことの方が本来不自然なはずです。

しかしながら、多くの人はそこに夢中になると悲惨になるわけですが……、どうしてそうなっちゃうかと言えば、ほとんどの人は「プールサイドで水泳の本を読み、そこで討論をしているだけ」だからです。

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実践をせずに、評論をし続けて分かった気になっているだけの事を繰り返しているから、いつまで経っても実感が帯びず、さらには自分自身の成長など皆無なことを繰り返します。

そして、そうこうしているうちに本質の中にあるものとは別の次元の空想に覆われて、それが人を不幸にしていくのです。

 

泳ぎが上手くなりたかったのなら、泳げる泳げないに拘わらず水の中に入らなくてはなりません。

それをせずに、評論だけして泳ぎが分かった気になり、上手く泳げている気分になっているからこそ、そこに矛盾が生じ、その矛盾がその人を不幸にしていくのです。

 

「泳げばいいだけのこと」と思うかもしれませんが、泳いだ事が無ければ、その水の中に入るのは恐怖にもなるのです。

精神世界はその当り前のことすら忘れてしまう、空想的な理論が広がっています。

ですから、その恐怖を無意識的に回避してしまう人は当然ながらいて、そういう人は水辺で泳ぎの話をすることで、自分が泳いでいる気持ちになって、そして分かった気にもなってしまうのです。

それが、精神世界の人が不幸になる正体の本質だと私は思ってます。

 

ぶっちゃけ、物理的な次元であれば、「こんな奴いけてない、ありえない」で終わる笑い話で済みますが、精神世界は物理次元とは別の見えない世界の話になっていきます。だからこそ、自分自身が水辺にいることも気がつかず、単なる評論を繰り返しているだけのことにも気がつかず、分かった気になっている人が多発しているのです。

 

繰り返しますが、精神世界に向き合った人の多くが特段の不幸と息苦しさを抱える理由はここにあるのです。

結局彼らは、理論を知っていたとしても、全然実践しないのです。そして保身にかまけた言動を繰り返し、多くの人をより間違った方向にも導いていくのです。

ですから、私は自分が精神世界に目覚めてから、精神世界を探求するのは自分だけで良いと思ってやり続けてきました。

だって、私が出会った精神世界探求者のほとんどは、どれもこれも単なる現実逃避のチキンだったのですもの。

そして、精神世界は想像以上に危ない世界だと気がついてしまったのですから。

ですから、友達を含めてみんなは現実世界に生きて、そしてその現実世界でみんなが「今」と向き合える環境を、目覚めてしまった私が少しでも提供できたらいいのになって思ってやってきました。

 

↓その時感じた怒りを前面に押し出した記事↓

そんな世界(現実逃避の世界)の住人になるよりも、現実世界と向き合ってきちんと生きる方が、よっぽど修行だと心底思えたのですもの。

 

そして、この世界の波動をある程度整えたのなら、現実ときちんと折り合いをつけた生き方をできる人なら、そんな世界のうんちくなど知らなくとも、きっと自然にそのポイントに辿り着き、くぐり抜けてくれるはずだと思ったのですもの。

そのために、私は私のできる範囲で波動を整えようと一生懸命やってきたのですもの。

 

うんちく知らぬとも、世の中に乗れてる人は謝ってる

そして、今をきちんと生きていた人は、やっぱり自然とそういうことをしているよねと、昨日私は思ったのです。

昨日、本題に入れぬまま記事を終えてしまったこの記事↓

で、書こうと思っていたこと、ようやく今から書きます。

 

昨日あの記事↑を書いたのは、急に年末の山ちゃんの行動が頭を過ぎったからです。

山ちゃんとは、先月蒼井優さんとご結婚された、南キャン山ちゃんです。

私は以前から山ちゃんに対し尊敬する一面があると感じていたので、とにかくこのご報告が嬉しくて、記事に書いたりしていたのですが……

その時には、ちょっと気がついていなかったことがあったんですよね。

それを急に昨日気がついたというか、思い出したのです。

だから、記事にしようと思ったのに、思っていた事が他にも沢山あったようで(笑)、昨日は本題に入れなかったのですが、今日は書けそうです。

 

何を昨日急に思い出したかというと……

山ちゃんがしずちゃんに謝ったのって、2018年の年末だったということ。

 

ここに気がついた時、やっぱり軸が整っている人は、こういう精神世界の細かなことが分かっていようといなかろうと、きちんとその波には乗るんだなって思ったのです。

 

そして、しずちゃんに謝った半年後に起きた山ちゃんの奇跡は誰もが知るところです。

 

ですから、結局の所、精神世界や波動のうんちくなど知らなくても、その波動を感知できる能力さえあれば、本当はいいのです。

その能力は「今を生きる」ことで養われます。

 

やたらと知識を詰め込んで分かった気になるよりは、何にも知らない方がよっぽどいいどころか、とにかく普通に「今を生きてさえいればいい」のです。

 

山ちゃんは良くも悪くも、常に今を生きれていたから、最終的に波に乗れたということだと思います。

嫉妬や妬みにもがき苦しむことも、素直に今を生きている証です。

自分の負の感情に今苦しんでいる人もいるかもしれませんが、その感情に気がつき、向きあい、そしてその感情と付き合っているあなたは今を生きています。

こんなふうに「今に自分があること」が「今を生きる」ことであって、

おべんちゃらで偽善的な御託を並べて、さも聖人君子のような身のこなしをすることが、今を生きることではありません。

 

つまりは……

正直に生きることが今に生きることに繋がります。

ただし、その今に在る自分の心持ちが醜いと、そんな自分に蓋をしたくなるかもしれませんが、その醜さも受け容れ認め、昇華させていく継続が今を生きることになり、明るい未来を創り出す原動力になるはずだと私は思っています。

 

醜い自分も受け容れながら、今を生きていきましょう。

 

理想に溺れず、今に生きれば、いずれその醜さは過去になるはずです。

 

追伸

今日「天気の子」観てきました

見終わって、時間が経過すればするほど、映画の本質が見えてくるように思えて仕方がありません。

現代社会を鋭く風刺している名作の一つだと私は思います。

 

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