【終わった気がする】「ごっこ」の時代

ざっくり一年前、こんな記事を書いていました。

私は現代社会を「おままごとみたい」、「ごっこみたい」と思いながら長い時間を過ごしていたのですが……

その「ごっこ」の時代は、昨朝目覚めた時に、なぜか「あぁ終わった」と思いました。

 

「ごっこ」とは仮想世界そのもの

私は社会人として必死に働いている時から、いや働いていたからこそ、この社会がまるで「ごっこを維持するためにある」ように思えてしかたがない気持ちを何度も味わっていました。

そして、どこまで努力しても自分のしていることが「おままごと」にしか感じられないその感覚は、とても空しいものでもあり続けました。

ですから、「人として生まれた役割や理由はなんだったのだろう……」と……そんな自問自答をあの頃はよくしていたように思います。

その一方で、「おままごと」と思っているはずの世界で権力を得なければ、人生などままならないと感じる恐怖とも戦っていました。

ただね……どうも……

それが、終わったような気がするんです。

その違和感を感じ続けていた「おままごと」であり「ごっこ」の世界がどうも終わった気がするんです。

 

そう思ったのは、「アセンションできた!」と思った時と同質の、いわゆる波動感覚によるものが大きいかなと思います。

 

また平成の終わりから「本質」を軸に執筆をしていたことによって、自分自身が「本質から離れたこの社会の輪郭をはっきりととらえてしまった」というのもあると思います。

 

 

「ごっこ」の世界は、サファリパークのようなもの

去年の今頃は、現代社会をサファリパークになぞらえて、「サファリパークが壊れる時」という記事を書いたのですが……これ↓

 

波動状態としては、壊れきったと言える段階に入ったのだろうと思います。

 

壊れきったというよりも、消滅と言える段階の方が適切かなと思います。

 

既に今の社会が壊れはじめていることに気がついている人は沢山いるでしょうが、壊れている次元が今回は違います。また近々そこについては細かく記事を書こうとは思いますが、国際政治が変動しているというようなレベルとかではなく、単純に「物質社会に依存し、虚像の権力を模索する日常という名のおままごと」が終わったように思うんです。

こういうことを言うと、多くの人は不安を抱くでしょうが、人間本来やるべきこととやれることには制限があります。ですから、そんなに本来慌てる必要もないことです。

無限の可能性とか言う戯言に狂喜乱舞することなく、そもそもの制限の世界の中に戻ればいいだけだと思います。

 

また、制限がありつつも本質というのに添えれば、特段大きな問題を抱え込むことはないと思うので、本質に沿った生き方をとにかく心がけて、夢とか未来とかに意識をむけないで、今ある現実と向き合い、今ある現実を今ある範囲の中で、そして今自分のできる範囲で本質に沿って楽しくすればいいだけじゃないかなと思います。

 

上昇思考や野心が強い人ほど、こっからものすごい挫折とコンプレックスを抱くことになると思います。

そういう傾向があるなと自覚がある人ほど、未来に期待せず、ほどほどに生きていきましょう。

特に、ここから2~3年は正念場だと思います。

どんなに野心を抱いたとしても、その幻想の世界は既に壊れたことを受け容れて、淡々と生きていきましょう。

 

 

ということで……

久しぶりの波動情報でした。

それではまた!

 

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