3-10-3.学校教育の中で育まれる革命理論③

※こちらは、以前私がアダルトチルドレン(現在の自分の生きづらさが親との関係に起因すると認めた人)の問題に向き合っていた時に書いた内容を掲出しています。できれば最初からお読み頂ければと思います。→0.はじめに

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アダルトチルドレンは国民病?!

第三章 戦後教育・戦後社会とデュープス

 

3-10-3.学校教育の中で育まれる革命理論③

③二元論で考える癖が強くなっている

二元論とは、「善と悪」などに始まり、「精神と物体」や「生と死」相対する軸を持ち合わせて考える思考法です。この思考法に囚われると、どちらの観念も融合して捉える必要性がある物事に対してでも、合い寄れない別の観念として思考を作り上げていくようになります。

企業においては、経営者と雇用者(労働者)の二元論の思想が強くなればなるほど、経営者と雇用者の対立は激化していきますよね。

どちらか一つの考えだけを尊重するのではなく、上手く融合していく必要性があるようなことも、人々の考えが二元論に陥れば陥る程、資本主義と社会主義のように、対立は激化し物事は丸く収まらなくなっていきます。

この二元論の考え方で私たちの日常は覆われています。教育だけでなくテレビでも多くこの概念は適用されています。テレビ番組やクイズなどでお馴染みの「〇か✕か」で判断する思考法も二元論です。

○✕方式による二元論の手法は、ユダヤ人によってアメリカに持ち込まれ、さらに戦後GHQ統治によって日本の教育界に本格的に持ち込まれました。

〇✕式思考はこれを繰り返す事によって、各々の二元論的考え方は強化されやすいしくみになっています。そして、この思考法の最たる問題点は、「どちらも正しい」や「どちらも正しくない」といった判断ではなく、必ずどちらかが正しいという判断を生み出す所にあります。さらに、創造能力を奪うというという大きな問題点もあります。

たとえば○✕式は、五つの答えの中から選ぶとすれば確率は常に五分の一です。目をつぶってやっても五問に一問は当たる確率で運用されている杜撰なテスト方式です。また、この方式による問題は、設定された答えの中からしか答えを出せない所にもあります。設定されたものが全てと考えることは創造的才能を持つ人にとってはこの上なく辛いことになるはずです。

また、これだけの手段で人間の本来の才能、判断力、リーダーシップ、組織力、表現力、意思の強靭性等が正確に測れるはずもないのですが、日本の中枢となるエリートの人たちは、このような教育方法によって上位となれたものだけで作っていく世界です。もちろんエリートの中には、素晴らしい才能に溢れた人もいますが、その一方で「答えを覚える勉強」しかできなかったのだろうと思わせる人間的魅力に乏しいと思わされる人もいます。

日本のエリートや中枢になっていく人に求めるのは「判断力、リーダーシップ、組織力、表現力、意思の強靭性」などだと思いますが、現在の政治家や官僚、さらには大企業のサラリーマン社長の中には、これが養われないまま人の上の立つことになってしまった人が実は大勢いるように思います。

また、強固な精神力がないまま、知識だけを頼りに人の上に立つから、考える枠組みが小さいだけでなく、自己保身に走るようになります。このような人が上に立つ社会では、国家全体が脆弱極まれりな状態になってしまって当然とも言えるでしょう。

 

この三つの思考性は、実は明治から徐々に始まり定着していってしまったと考えています。先の項目で紹介した通り、戦前のエリート層においては既にこの考えと思考性が定着してしまっていたがために、自国の民族性に沿った解決が成されず、社会主義や共産主義など、海外の考え方の中に解決を求めるエリート層が多数輩出されてしまったように感じています。

そして現代は、一部のエリート層だけではなく、国民全体がこの考え方に染まってしまっているがために、より問題は大きく複雑性を持ち合わせながら解決し辛い事態が起きているように思います。

特に最後に説明した二元論を軸にした思考性が、私たちを知らず知らずのうちに革命思想へと導く原動力となっていると感じています。

これが、この章の冒頭で「現代日本人の九割以上はみんなデュープスになってしまっているのではないか」と私が言い放った所以です。そのため二元論については、次の章でより深く考察させて頂きたいと思います。