1-4.過去の日本人は我慢強かっただけなのか?

※こちらは、以前私がアダルトチルドレン(現在の自分の生きづらさが親との関係に起因すると認めた人)の問題に向き合っていた時に書いた内容を掲出しています。できれば最初からお読み頂ければと思います。→0.はじめに

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アダルトチルドレンは国民病?!

第一章 親のことが好きになれない大人が増えていく日本

1-4.過去の日本人は我慢強かっただけなのか?

「昔の日本人はとても我慢強かった」というイメージを持ち合わせている人は多いのではないのでしょうか。

単純に昔の人は、我慢強かっただけでしょうか。劣悪な環境に育ったからこそ、全てを辛抱できる心持を手に入れただけのことなのでしょうか。

アダチルという概念が入ってくる95年までの日本で「親の事を悪く言ってはいけない」不文律が横行していたのは、「どんな事をされても我慢しなくてはならない社会環境」が昔は当たり前だったからなのでしょうか。

私たちが生きる現代は、衣食住や移動に我慢や不便さを感じることはありませんが、その代わりに生きることそのものが我慢の連続になっていると私は思います。そして、自分と同じような気持ちを昔の人も同じように味わっていたはずだと思い込むことで、自己の安定を図っているだけのように思います。

昔の人たちは、私たちが生きる時代と比べて、衣食住や移動に対する不便さはもちろんありましたが、生きることそのものにおいては、私たち以上に自由に謳歌していただろうと、様々な文献を読み直すことで、私は気が付きました。

どうしてこのような勘違いが起きてしまったのか、さらに深めて考えて見ると、学校教育やメディアで流れてくる情報によって、その誤解が生じていることに気がつきました。

私たち戦後世代というのは、学校教育で戦前の日本は野蛮で軍国主義で、領土拡大のために戦争を起こし続けていたと教わっていると思います。

そして第二次世界大戦で敗戦したからこそ、日本の軍国主義は終わり、日本は西洋の指導によって先進的な民主主義国家となったという風に教わっていると思います。

ですから、昔の日本人と比べたら今の日本人のが、先進的で高度な人間であると思っている人が多いのではないのかなと思います。

確かに、社会には便利が溢れ、国内の距離も世界の距離も縮まりました。ですから、昔と今と比べれば断然に今の方が、ハイテクな生き方ができていると思います。

しかし、私たちの心は本当に、先人と比べて進化していると言えるでしょうか。

かれこれ4年ほど前の2014年のお正月頃のことですが、改めて現代人の方が退化しているのではないかと思う出来事に、私は遭遇しました。

それは、名古屋の高島屋の中にある本屋さんで、松下幸之助さんの「道はひらく」が、これでもかというほど山積みになって置かれていた光景を目の当たりにした時のことです。

松下幸之助さんは、現パナソニックの創始者で、自己啓発書を多く出版されているPHP研究所の創始者でもあります。「道はひらく」は昭和43年に発売された大変古い本で、さらに松下幸之助さんは、今から30年前の平成元年にお亡くなりになっておられます。言い方が大変失礼になりますが、人物も本も新しい物が好きな現代人からすれば、どう考えても古臭いもののはずです。

しかし、その書店では大層古いはずの本が新鮮味を持ち合わせて売られていました。この光景に、私はいたたまれないほどの日本の矛盾を感じました。

松下さんが生まれたのは明治27年、パナソニックの前身である松下電気器具製作所を創業したのは大正7年。教科書が教えてくれる歴史の中では軍国主義の時代と言える最中に生まれ創業した人です。

世の中にあるべき風潮をそのまま言葉にするのであれば、「彼のような軍国主義時代の人の言葉を受容れたら、私たちは劣化した人間になる」と言い切れるはずなのに、そもそもこの日本には松下さんを否定するような雰囲気は全くないですよね。

逆に、「昔は立派な人が多かった日本なのに、最近の若者は……」と揶揄されることの方が多いように思います。

だからこそ、学校教育で否定されている時代に生きた人物に憧れを抱いたりしていますし、そのような方が残してくれた言葉を今一度噛みしめ直して人生の糧にしようともします。

つまり、どんなに教科書があの時代を否定しようとも、先人と比べると現代人の方が、人格的に劣化した人間である事実を、多くの人は自覚していると思うのです。

これは、とても不自然なことだとは思いませんか?

何か私たちは、大きな矛盾を抱えているように思いませんか。

さらに不思議なことはまだあって、明治に生きた人たちが作った会社の中には、その後世界的起業と呼ばれる程の規模に成長したものが沢山あります。私が産まれた愛知県豊田市は、トヨタ自動車という世界的に有名な会社のお膝元の土地なのですが、その創始者である豊田喜一郎氏も明治27年生まれで、松下さんと同い年です。

日本が誇る大企業となった他の創業者の生まれ年も、少しご紹介してみます。

ソニー創業者である盛田昭夫さんは大正10年生まれ、東芝の創業者である田中久重さんは寛政11年(1799年)の江戸時代生まれ、ホンダの創業者である本田宗一郎明治39年生まれです。

創始者の人たちの時代が、日本の歴史の中で最も否定せねばならないような劣悪な思想まみれであれば、その後その企業が世界的大企業になる事実など起こり得ようもないことだと思うのですが、日本の教科書はその矛盾点を大いにすっ飛ばして、子供たちにただただ「昔の日本は悪かった」という印象ばかりをすり込んでいきます。また、悪辣極まらない統治の中で生きていた日本人は常に我慢しながら生きていたとも教えられます。

あの本屋の出会いを通じて、私は再度松下幸之助さんに興味を持ち、松下さんが執筆した本を幾つも読みましたが、親に対する我慢を感じるくだりは一切なく、様々ぶち当たる苦難も、まるで遊園地のアトラクションの一つのように、スリルと恐怖が交じり合う時間を噛みしめ楽しみながら乗り越えている様子を感じ取りました。

私たちは、昔の人は我慢することが当たり前だったからこそ、今のように親を批判することができなかったとか、昔の女性は差別され閉じ込められていることが普通だったので、女性の権利を主張することもできなかったとか思いがちなのですが、最近の私は、その思い込みこそが戦後教育や社会体制の賜物であり、間違いなのではないのかと思っています。

現代の価値観に違和感を覚え、改めて自分なりに歴史を調べ直して見ると、私たちが学校教育で教えられている以上に、過去の日本は賑やかで華やかで楽しそうです。身分の違い関係なく、誰もが生きるという当たり前のことを謳歌していたように思います。

だからこそ、現代人の感覚にあてはめて、過去を振り返るのは少々おかしいと思うのです。

どんなに親が悪くても親のことを悪く言えない程、昔の日本の言論弾圧が徹底されていたのではなく、素直に親の事を悪く思う子供がいなかっただけだと思うのです。

それは、アダチル的な概念がなかったからではなく、本当にそう思わざるをえないような子供たちがまずもっていない環境であったのではないかと思うのです。

つまり、「現在の自分の生きづらさが親との関係に起因する」などと思う必要性がどう考えても見当たらないほど、子供たちは愛され大事にされ生きてきたのではないのかなと思います。

そして、江戸幕末以降に日本に訪れた外国人の人々手記を見ると、やはりそうだろうという気持ちを深めます。

外国人の方が目にした日本の子供に関する風景を少し引用します。

 

C・P・ツュンベリー(スゥエーデン人)『江戸参府随行記』

注目すべきことに、この国ではどこでも子供をむち打つことはほとんどない。子供に対する禁止や不平の言葉は滅多に聞かれないし、家庭でも船でも子供を打つ、叩く、殴るといったことはほとんどなかった。まったく嘆かわしいことに、もっと教養があって洗練されているはずの民族に、そうした行為がよく見られる。

 

礼儀正しいことと服従することにおいて、日本人に比肩するものはほとんどいない。お上に対する服従と両親への従順は、幼児からすでにうえつけられる。そしてどの階層の子供も、それらについての手本を年配者から教授される。その結果、子供が叱られたり、文句を言われたり打たれたりすることは滅多にない。

 

 

エドワード・S・モース(アメリカ人)『 日本その日その日 』

いろいろな事柄の中で外国人の筆者達が一人残らず一致する事がある。それは日本が子供たちの天国だということである。この国の子供達は親切に取扱われるばかりでなく、他のいずれの国の子供達よりも多くの自由を持ち、その自由を濫用することはより少なく、気持のよい経験の、より多くの変化を持っている。

 

 

ヴィレム・ホイセン・ファン・カッテンディーケ(オランダ人)『長崎海軍伝習所の日々』

日本人がその子らに与える最初の教育は、ルソーがその著『エミール※』に書いているところのものと非常によく似ている。多くの点において、その教育は推奨さるべきである。しかし年齢がやや長ずると親たちはその子供たちのことを余り構わない。どうでもよいといった風に見える。だからその結果は遺憾な点が多い。

※ルソーはフランスの哲学者。「エミール」は、大人の目的に沿った押しつけ教育をするのではなく、子供たちの目線に立った上で、子供たちの持ち合わせる考えを尊重する教育方法について提唱したものである。

 

現代の日本では、幼児虐待や児童虐待が大きな問題となっていますが、今から百五十年ほど前の日本においては、そのような事が起こり得そうもない日常が繰り広げられ、子供たちは自由に生き、外国人の目には、まさにこれこそが「子供の天国」と言わしせしめるほどの環境がありました。

もしも、このような環境に私たちも生きることができていたのなら、親の悪口を言ってせいせいするような現代の当たり前は、到底起こり得ようもなかったのではないのでしょうか。

だからこそ、先人たちの伝記は、素直に親に感謝する言葉に溢れていたのではないのでしょうか。

先人たちは、決して無理して我慢していたのではなく、我慢と思うほどのことも実はなかったのではないのでしょうか。

だからこそ、明治の世となってから現代となるこの百五十年の間に、どのように日本人は変化してしまったのかを、まずは認識する必要性があると私は考えています。

そして、これを認識することが、アダチル問題を解決に導く糸口だと思っています。