【違う】人の為と思う時と役に立ちたいと思う時

現代人はやたらと「人のため」と言いたがります。

私はこれは欺瞞だと思います。

 

世界を上から見るか、下から見るか

現代はピラミッド型の社会感覚が強固となっています。

下にいたら潰されるという強迫観念を誰しも持ち合わせています。

ですから、高見を目指し高見に登る上昇志向を持ち合わせていることが善だとされています。

「人のため」と思わずそう思う時、それはどの地点から世界を見ているのでしょうか。

 

私は、ピラミッドの頂点から世界を見下ろしている感覚になるだろうなと、思います。

 

この図で言うと、右側のタイプですね。

↓この図について解説した記事↓

【考察】自分と自我の大きな違い

 

現代人が持ち合わせている感覚はついついどうしても、ピラミッド型の感覚が強くなりがちで、だからこそついつい「人のため」と言いたがるのですが、

人の為と書いて「偽」となります。

【気にしてみよう!】漢字に秘められた真意

どうして「人の為」は「偽」となるのか、改めて分かった気がしたので記事を書いています。

 

それは自我か、滅私か。

結局、「人の為」と思っている時、人というのは「我」という存在を強く意識した上で、何かを尽くしたいと思っているのだと思います。

結局はたらくのは自我なのでしょう。

だから、「人の為」と言っている行為は、いずれ「我の為」に還元される行為となっていくのでしょう。

 

一方で、役に立ちたいと思った時というのは、意識の立ち位置が大きく異なることに気がつきました。

役に立ちたいと思っている時、その感覚は、誰かの何かの一部として役に立てればそれでいいという感覚になるので、滅私が強く働きます。

「我」という存在は消え失せて、役目を果たすことに意識が向きます。

だから、役に立つという意識の時は、先ほどの図で言う左側の意識の立ち位置になり、また人間関係の上下を意識せず、なんなら自分が下にいる意識の中で事を行うことができます。

前にこんな記事を書いたことがあるのですが……

【目指せお椀型】大地にいながらにして、楽しく生きる方法

人の心を大らかにさせた上で経験を積む最善で効率的な方法は「役に立てたらそれで良い」という意識なのだろうと、今日ようやく気がつきました。

 

いつの頃からか、私の意識は自然と「役に立てたらそれで良い」という意識に変化していました。

思い出せば、昔の私は常に「人の為」とかいう偽善染みた思いを持ち合わせていました。

しかし、いつの頃からかそういう感覚は消え失せて、「役に立ちたい」「役に立てたらそれで良い」という思いしか表われなくなりました。

そうなってから、すごく循環が上手くいくようになった気がします。

この思いがないと循環世界を上手く渡れないのかもしれませんね。

 

誰かの為にと思っていた頃は、然程人に感謝されることもなく、どうして感謝してもらえないのかなんていう思いを持ち合わせていたように思うけれど、

なんなら人の為と思っているからこそ現われるロードマップに沿った現実を思い描いているのに、どうしてそれが上手くいかないのかと苛立ちを持ち合わせていたけれど(笑)

ただ役に立てたのならそれでいいという思いに変わってからは、不思議と自分の想像以上に人から感謝される事が増えてしまい恐縮する事の方が増えました。

 

人の役に立てるって、人間の本能に密着する最大の喜びの基点なんだろうなと、最近よく感じています。

 

是非気にしてみてください。

自分の気持ちはどっちに向いてるか。

人のためと思ったら、ただ役に立つことは何かを考え直してみてください。

その方が人生は大らかな気持ちのまま波に乗れるはずだと、私は実感しています。

 

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今日のリンク集

【考察】自分と自我の大きな違い

【気にしてみよう!】漢字に秘められた真意

【目指せお椀型】大地にいながらにして、楽しく生きる方法

21 件のコメント

  • おはようございます、ゆりさん。
    今回の記事を読んで、深く頷きました。

    私も、「良かれと思って」と言う行動が多かったです。
    そのバックには必ず「歓ぶだろう」と言う大きな期待を持っていました。
    そして、この期待が自分の思っていた通りにならないとき、不平不満をこぼしていました。
    今思うと、何て自己中心的だったんだろうと、深く反省しております。

    期待はしなくなりました。
    それはネガティブな気持ちではなく、
    「歓んでくれたらいいや、そうでなくても自分がやりたかったことだし」
    と、自己中心から自己満足に切り替えて行動をしています。
    ゆりさんのおっしゃっていることと異なるかもしれませんが…。
    「期待しない」気持ちで物事を取り組んでいると、以前よりも人から感謝をされることが多くなりました。

    上から、と言うことはどうしてもやめられませんでした。
    それは自分の方が出来るからとか、自分の方が経験があるからとか言うつまらない理由です。
    でも、その時点で自分の中で自然と優劣を付けているんですよね。
    本来、そう言う比較をすることが変なのに。

    家事をするとき、
    「洗濯するけど良い?」とか「親子丼作ったけど一緒にどう?」
    と言う感じで家族と会話をすると、とても笑顔な雰囲気になります。
    私の中では、ポジティブな「期待しない」での行動は、人間関係を円滑にしています。

    毎度ブログの記事と乖離した話で済みませんでした。

    ・明日からの三連休はゆりさんの書籍三昧です!

    • おはようございます。
      そうですね、まずは相手に期待しないことが円滑の第一ですね。
      それでは今日も丁寧に生きましょう。

  • 竹久様

    こんにちは

    人の為・・・
    胸にグサリと刺さりました

    昨年ある資格を取得致し、何故それを取得したのか機会ある度に上記言葉にしていた自分でした
    深く考えれば確かに上から目線ですし、お金という見返り求めていたのだなぁ~思います

    心入れ替え邁進します

    何時も気付き頂き感謝です

    以上よろしくお願いいたします

    • おはようございます。
      ほんの些細な言葉の使い方の違いで、概ね善であると捉えられている言葉の隙間に落とし穴があるんだなと思っています。
      はい、今日も精進して参りましょう。

  • 竹久さん

    こんにちは。

    記事を読みまして、アダルトチルドレンと思われる義母を思い出しました。
    今年74歳になる義母とは、結婚当初から同居していたのですが、「家族の為」「子供の為」「貴女の為」と何かにつけて言ってきては、私や旦那、子供のこと全てに干渉してきました。
    でも、やっている内容は、私達の事を考えてはいなくて、見栄や自分の欲求を満たしたいといったことばかりです。
    気に入らないことは、「他所の家から笑われる」「他所はそんなことしない」と言い、気に入ったことには「他所は関係ないのよ」と矛盾なことを平気でするのですが、そこを指摘すると、良くわからない自己弁護の返しとなるので、建設的な議論が出来ない方です。
    家では旦那と義母は共依存の関係なので、反論する私が悪者となっていました。
    義母と旦那には共通点があり、2人とも子供の時の自分はとても良い子だった、自分達のやっていることが世間の常識で、自分達のやってることは感謝や称賛されることと思っているところです。
    承認欲求も強いので、自慢したがるというところもあります。

    自分を上にして、人を下に見ている人達なのですが、外面が良すぎるため、若かった私は気がつく事が出来ずに結婚してしまいました。
    また、このような難ありの人と直接触れることなく育ったので、話し合いや努力で分かり合えるのではと考えてしまい、互いかが気持ち良く、円滑な生活やコミュニケーションをするにはどうしたら良いのか、子供達への不要な干渉を避けるためにはと、20代から30代の前半は、自己啓発や精神世界など様々なジャンルの本を読み勉強をし、実践を試みましたが、結論は無理でした(笑)
    現在は、こういった人と出会ったときは離れる、関わらないが一番との判断です(笑)

    結論出るまで長過ぎたなぁ…と思いつつも、納得行くまでいろいろな方法を考えて試す性格なので、仕方なしといったところです。

    この期間中は、スピや自己啓発の本に書いてあることを結構真剣に取り組んでみたりもして、今考えると黒歴史な時期でもあります(笑)
    ただ、現実的に人生を進むための判断となる知識もたくさん得られましたし、仕事のレベルアップもできました(^^)

    日々さまざまなイベント発生するので大変ですけど、竹久さんのブログにお邪魔させていただき、記事や皆さんとやり取りを読み、日々をコツコツ丁寧に生きるのが一番の近道と改めて感じています。

    余談ですが、竹久さんの「それってホイミ覚えただけじゃね?」の記事が秀逸で、何度も読ませていただいてます。

    今年も残り10日と、年越しの準備などお忙しいと存じます。お身体にお気を付けてお過ごしください。

    • コメントありがとうございます。
      リラさんの義母さんのお話、まさに自分の母親とそっくりです(笑)
      そしてその分析も、私が母のことを解読しようとして出てきた答えと一緒です(笑)
      かなり私も苦労しましたが、母の行動が自己承認欲求を無自覚に満たすものとして存在していることに気がつき、その心の奥には「寂しさがある」と気が付いてからは、扱いが楽になりました。
      先に母の「寂しい」と思っている部分を癒してから対応すれば、相手の言動に変化が見られるということが分かりました。
      それでもストレスが溜まると、無自覚に八つ当たりされるんですけれどね(笑)子供の頃は理由も分からずにこれに耐えてたんだなぁと思うと、感傷染みた思いが毎度湧き上がってきまが(笑)それも慣れました(笑)
      お姑さんがうちの母親のようなタイプだと苦労が多いのは分かります(笑)距離は絶対的に必要だと思いますので、賢明な判断だと思います。

      はい、それではこれからも丁寧に生きていきましょう♪
      ありがとうございます☆彡

  • ゆりさんこんばんは。

    そういえば、
    「あなたのためを思って」とアドバイスをくださる方は多いですが、
    「あなたの役に立ちたくて」と言う方はいませんね。
    そういう方は、こちらがお礼を伝えたあとで「お役にたてたなら何よりです」とおっしゃるくらいで、最初から前置きされることってあまりないなあ、とふと思いました。
    言葉ひとつで本音が見えますね。

  • 竹久さん

    竹久さんのお母様もそういう方なのですね。

    リラさんのコメントに乗っかる形になって申し訳ないのですが、私の母もそういう人です(笑;もう笑うしかない)。
    娘に対しての支配欲も強く、本当に苦労しました。以前書かれていた「半島メンタル」を読んで、まさに母はその通りだなと思ったこともあります(笑)
    そして母に対してそんなことを思うことも、もう笑うしかないなと思う次第です(笑)

    今はずっと距離をとって暮らしています。だからこそ、竹久さんがお母さまとむきあわれていらっしゃるのが心からすごいなあと思います。

    それでも、母との付き合いがなければ真っ当な心理学を学ぶ機会はなかったでしょうし、そしてそれが仕事へとつながっていくこともなかっただろうなと思います。その点は感謝しています。

    今は自分のできる範囲で、できることで誰かや何かの役に立てたらいいなあと思っています。

    できることから丁寧に、ですね☆

    そしてリラさん、リラさんのコメントのおかげで私もこういうことを書いても大丈夫かなという気持ちになれました。
    ありがとうございました。

    竹久さんも寒い日が続くようになりましたが、どうぞ心身ともにご自愛くださいませ。更新を楽しみに待っています。

    • さとみさん

      こんにちは。
      お礼の言葉にありがとうございます。
      恐縮です。

      竹久さんもですが、何も分からない子供の頃から、大変な思いをされて過ごされていたのですね、、、
      恐れ入りますとしか言葉が浮かびません。

      義母がアダルトチルドレンではと疑い調べたときに、そのような母親も多いことを知りました。
      私も義母の行動は「寂しさ」から来ていること、また、無自覚に私に対して理想の母親像を求めているとに気がつきましたが、義母の為に結婚した訳ではないので、そこはドライに離れることにしました。
      実の母だったら、どうだったか分かりませんが…。
      なので、さとみさんや竹久さんに比べてまだ私は恵まれた環境です。

      さとみさんは距離をとって生活されてるようですが、私も懸命な判断と思います。
      今、我が家は旦那と義母が完全な共依存の関係になっています。
      もともと旦那は義母の支配下にあったようで、いわゆるマザコンですね(笑)
      結婚前の同棲時には多少の違和感はありましたが、まだまともでした。
      同居初めてから徐々にバランスがおかしくなり、現在は関係修復不可能な状態です(笑)
      同居しなければ、もう少し正常な生活ができたかなとも思うので、距離をとることは大切です。

      さとみさんのように、旦那も母親と距離をとってくれると良かったのですが、、、
      初対面の方へ愚痴ってしまいすみませんm(__)m

      さとみさんのご活躍をお祈りいたします。

      竹久さん
      コメント欄をお借りしてしまい、すみません。

      • 仰る通りで、
        現代の人間関係の問題の発端は常に
        「寂しさ」から来ていること、また、無自覚に私に対して理想の母親像を求めている
        ここにあると思っています。
        この状態からそれぞれの意識が脱却していくことが、今の問題を終わらさせ新たな社会環境を作る原動力になるはずだと思っています。

        それではこれからも宜しくお願い致します。

    • こんばんは。
      こういうお母さん結構な頻度でいるんじゃないかなぁって思ってます。
      ここにガチで立ち向かう時には、かなり心の解釈が熟練した達人(笑)になってないと必ず火だるまになるので、いや、かなり理解していても親子関係は絶対に揉めるので、心屋さんみたいなメソッドは大反対ですよ。
      そして、心屋さんみたいな着火剤によって、アダチル問題が変な方向で問題が大きくなってるのも、すごく迷惑だなと思います。
      社会って言うのは自分に関係ないように見えることが後に自分に関係ある場所までやってきますからね。まさに、風が吹けば桶屋が儲かるな感じです。
      私は無理してでも克服しなきゃならない事態に遭遇したから乗り越えただけであって、そうでない環境であれば適切な距離を保ち仲良く付き合うのが一番だと思います。
      相手の寂しさを理解すると、結構うまくいくのでそこはお勧めしたいポイントです。
      親が寂しいと感じてる感覚って意外に子供は疎いなっていうことを、観察に観察を重ねた私は気が付いたので、母ではなくて人として接するとその切なさや寂しさも理解しやすくなるかなと思います。
      できることから丁寧にやってみましょう♪
      こちらこそこれからも宜しくお願い致します。

  • 竹久様

    今日の記事もじわじわと実感するような記事でした。
    何気なく使っている言葉、大した違いはないように感じても、人が考えていることって本当にすぐわかりますよね。

    竹久様のコメント欄をお借りして申し訳ないですが、私、今日急速に成長しなきゃいけない覚悟を突きつけられることがありました。
    今まで、チャンスの神様は前髪なんて話があるので、私もチャンスが来たときに気づけるかなぁなんて軽く考えていたところ、とんでもなかったです。
    ものすごく乱暴に、「さあ行くの!?行かないの!?行かないならあんたは一生愚痴言っておしまいの人生だよ!!」と突きつけられているようです。。
    もうやるしかなさそう。
    こんな、自分の意思じゃどうにもならないような役割が、本当にあるんだな、でも竹久様のブログでもそんなこと言ってたな。これは逃れられないから、覚悟決めるしかなさそうだ。
    と、ジタバタせずに覚悟します。

    長い話を聞いていただきありがとうございます。
    お身体にお気をつけて。

    • あぁ来ちゃいましたか(笑)それきっと転機ってやつですよ(笑)
      もう来たら受け入れるしかないですよ。
      覚悟を決めてやってみる。驕らず、慌てず、怖がらず、一歩一歩丁寧にクタクタになるほどの気持ちを抱えながらも毎日向き合っているうちに必ず乗り越えて、その後は絶対に「ありがとう」って気持ちになると思います。
      穏やかに気張って、頑張ってください。応援しています♪

      • すいません、ありがとうございます。
        こわいこわいこわい…と次々と溢れてきます笑笑が、今に集中したいと思います。
        竹久様の返信に勇気づけられました。忘れないように記録しときます。

        返信は結構です。
        ありがとうございました。

  • 自分の自己犠牲に酔ってる人が多いですよね。
    ほとんどの会社の設立目的をみればわかりますが、
    営利企業であっても、世の中に必要じゃない物事は
    売り上げにならないですよね。

  • 竹久様

    最新記事から、こちらにリンクして、
    読みました。

    自分が「人の為」になるなんて、たいそうな人間でないと認識してるので考えたこともなく、「役に立つ」という表現に
    とてもしっくりきました。

    「人の為になりたくて~」や、
    「ああ幸せ~」という言葉をやたら使うようになった知人がおり、以前はかなりダークだったのを知っているので
    良い方向にいってるのかな?
    しかし、嫌いな相手には、あからさまな態度をとるので
    どっちだ??と
    違和感を感じていたのですが、理由がわかりました。

    ピラミッドの下にいるように見せかけて、
    実はそうではない、という事ですね。

    皆誰しも生きている時点で誰かの役に立ち、
    誰かに迷惑をかけ、
    お互いが助け合っているのであり、
    本当にそうならば、あえて他人相手に声高にすることも
    ないのだな、と感じました。

    謙虚な心を失わずに、役に立つ事を自分なりに
    やっていこうと思います。
    色々なもののみかたを竹久様のブログで
    知ったり、自分の感じたことの答え合わせを
    させて頂いてる感じで
    とても勉強になりました。

    • おはようございます。コメントありがとうございます。
      「人の為」と言いながら「人を選ぶ」ことは、往々にしてあることですよね。
      特に「平等」を合い言葉に、マイノリティ(弱者)救済を目論む人ほど、起こりやすい矛盾に満ちた行動だと思います。

      ピラミッドの下にいるように見せかけてマウントをかけるという行為は、無自覚に「自分が上ではないと」と考えてしまうからでしょう。
      そして、その根底にある心持ちは「恐怖」他ならないでしょうね。

      「やっていこう」のお言葉に、私も勇気づけられます。
      どうぞこれからも宜しくお願い致します。

  • コメントをきっかけに、改めてこの記事を読ませて思ったことですが
    人の為に、という言葉には「あなたは何もできない非力な人間」というメッセージが込められている気がしますね。
    人の役に立ちたい、には相手がちゃんと主体性がある、相手に乗り越える力が本来備わっていて、それを引き出す手助けをしたいというニュアンスがある気がします。

    日本のパヨク(真っ当な左翼の人と違いをつけるためにあえてこう書きます)の人たちがやってることって、まさしく前者なんですよね・・LGBTの人も、LGBの人たちに関しては、ただ性的な好みが人と違うというだけなのになぜか「弱者」扱い。

    そしてそんな扱いをされた相手も、甘えることができて楽だからどんどん依存してしまう。すると本当に自分では何もできない「弱者」になってしまう、そんな気がします。

    • コメントありがとうございます。
      本当に仰る通りだと思います。
      寄り添うことは弱者と依存のきっかけを与えることに繋がることが多々あります。
      その点充分わきまえて対応していきたいですね。

      どうぞこれからも宜しくお願い致します。

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