さっきの記事も、この間借りてきた本の事について書いたのだけれども……。
この間借りてきた本の中で、最も感銘を受けた本は、児童書でした。
あの日、「腐敗と循環」をテーマに、選んできた本の内容は多岐に渡りました。
そして、人間として生きるということを軸に置いた時に、一番腑に落ちる答えが書いてあったのは、児童書であるこの本でした。
1981年に子供が興味を持つことで大人にも読んでもらえるのではないかとして期待されて生まれた本は、2012年東日本大震災があった翌年にリバイバルして発売されることになりました。
幼い頃に、この本を読んだ記憶は全くなく、今回初めて手にとりましたが、普遍的な内容が書かれた本は、いつの時代に読んでも色褪せる事がありません。
この本を読み進める度に、なぜか大粒の涙が頬を覆いました。
私たちは、やっぱり大事な事を忘れているから、彷徨っているんだなとしか思えませんでした。
この本を読んでいる時、少し前に書いた自分の記事の事が頭に浮かびました。
この時、私は土、水、木があって、初めて人間の生きる土台が作られるということを書きました。
富田さんの本では、その循環機能大役を果たすのが、森であると書かれていました。
森こそが、土と水と木が融合して、生きる土台を作る装置であると書かれていました。
そして、それを忘れれば、水は当たり前に反乱すると、書かれていました。
私の中では太陽光発電は、失敗だったという思いに囚われるしかない日々を送っているのですが、
不思議なことに、太陽光発電システムは増えています。
新幹線や高速を使って出かける度に、増えている実感が増しています。
土と水と木があって、初めて生きることができる人間なのに、
土と水と木があって、初めて生きることができるからこそ、先人たちがこの国土を緑豊かな土地にしてくださったのに、
一体私たちは何をしているのでしょう。
土と水と木を忘れて、金だけに目がくらんで……
一体私たちは何をしているのでしょう。
木が沢山生えている土地が水を吸収してくれるから、水害が起こらずに済むのに、一体私たちは、私たちだけの豊かな生活を引き替えに、どれほどまでにバランスを崩してしまったのでしょう。
やっぱり今起きていることは、私たちが犯した自業自得な産物なのだと、この本を読んで、つくづく私は思いました。
つい先日、読者様から、「(私のしていることは)木を見て森を見ずではないのか?」という指摘を受けました。
これは、「神道ということがスピリチュアルに最も相応しい概念だ」という私の解釈に異議申し立てるもので、そこだけに囚われることに対する異議を伝える内容でした。
読者様の仰る言葉の背景もありありと想像できましたし、そのご指摘には一理あると思いました。
ただ、私の中では「私は、木を見て森を見ずではない」という思いがありつつも、それを上手く言葉にできないもどかしさを抱えたまま、返信をしたのですが、ようやくそこにわだかまりを持った気持ちが分かりました。
私は、木ではなく、土を見たいのです。
土の中にある根っこをしっかり整えることが大事だと思うのです。
私はかれこれ15年ほど、高山先生に育ててもらったおかげか、先生の言葉はこっぴどく私の言動にへばりついています。
「小手先のテクニックをどんなに学んだところで、日本人が日本人としてあるべき器がなければなんともならない」
結局、これが私の生きる指針になっています。
↓先生のことを書いた記事↓
その為に私は、「日本人」という希有な民族と希有な特性に特化したことを書き、そこを意識してもらう必要性を終始訴えているのであって、
木を見て森を見ずなのではなく、
木の下にあるものはなにか、
どんな土のどんな種として自分たちが生まれたのか、それに気がついてほしいのだと思います。
コメントをくださった読者様、本当にありがとうございます。
あなたのコメントのおかげで、私の指針は何だったのか、どうしてこうも日本という希有な土地の希有な民族の特性を書き連ねているのか分かりました。
その答えは、この本にありました。
私たちは、土がなければ生きられない。
私たちは、水がなければ生きられない。
私たちは、木がなければ生きられない。
そこにあるのは森でした。
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【新刊発売】生きやすさを手に入れるための波動とエゴの法則を書いた本
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森の腐葉土から出る栄養素が川に流れ込み
やがて海に流れ込む。
その栄養素でプランクトンやサンゴが育ち
魚が育まれ、大きな循環へと繋がって行く。
こういう事こそ、学校で子供たちに教えて欲しいと
常々思います。
「風の谷のナウシカ」では、汚れた世界が清浄な世界へ戻るためのキーワードは土。
「天空の城ラピュタ」では、土から離れた民は滅んでしまいました。
その他、色んなところにもメッセージが散りばめられてるように思います。
コメントありがとうございます。
shoichi_hさんのコメントの直後にコメントくださったやえさんが、同じ映画の同じ事を思い出し、そしてほぼ同じタイミングでお言葉くださった事が私にとっては驚きすぎて、びっくりしています。
今小学校では、盛んに外国語教育やプログラミングなどの授業を取り入れているとのことですが、私もそういうことより、人としての土台になる基礎を学べるようになった方がいいのになぁと思いますが、学校に頼らず、大人たちこそが変わることの方が大事なのではないかなと書いているうちに思ってきました。
一人一人が出来る事はとても小さいですが、小さくとも意識することでそれぞれの行動は変わっていき、そして変化は訪れるように思います。
地味で地道なことを投げ出さず、今日も丁寧に生きていきましょう♪
これからも宜しくお願い致します。
ゆりさん、こんばんは
今日の記事を見てすぐ思い出したのが、天空の城のラピュタのシータの言葉
『ラピュタがなぜ滅びたのか、私よくわかる。ゴンドアの谷の詩にあるもの。
「土に根を下ろし 風と共に生きよう 種と共に冬を越え 鳥と共に春を歌おう」
どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ。』
今回の記事とは少し違うかもしれないですが、最近ゆりさんの記事を読むとラピュタやナウシカを思い出します。
森は生きているという本を私も今度読んでみようと思います。
いつも気づきをありがとうございます
コメントありとうございます。
shoichi_hさんのコメントの直後にコメントくださったやえさんが、同じ映画の同じ事を思い出し、そしてほぼ同じタイミングでお言葉くださった事が私にとっては驚きすぎて、びっくりしています。
やえさんが書いてくれた台詞、シータの声で飛んできただけでなく、そのまま映像も思い出しました。思わず、小さな声で「バルス」と呟いてしまいました。
やっぱり、私たちは土から離れては生きられないんですよね。
森は生きている、本当にオススメです。きっとお近くの図書館にも蔵書されていると思うので、是非読んでみてください。
こちらこそ、これからも宜しくお願い致します。
ゆり子さんこんにちは。
最近親の看病でバタバタしており、なかなかこちらへ来る事が出来ずに居ました。
さて、ソーラーパネルについては、私の住んでる所にも話が入って来てから、住民に説明会をしたものの、住民の3分の1が反対してるのを分かりつつ、強硬突破。
結局、空き地にズラーッとソーラーパネルが敷かれてしまいました。
名前は出しませんが、某鉄道会社です。
未来の為だ、エコだとのたまうけれど、景観を損ねるのは勿論、何より私は土が泣いている。と、泣きそうになりました。
お天道様の光は、人間だけのものじゃないのに。
エコではなく、エゴです。
某鉄道会社だけではなく、人間一人一人が今一度、自分さえ良ければの気持ちが大きくなっていないかを、冷静に見つめ直さないといけませんね。
お忙しいところ、お立ち寄りくださりありがとうございます。
太陽光パネルの件残念ですね。ただ言い換えれば3分の2は賛成しているとも言い換えられるので、民主主義国家としてはそうなるのかもしれません。
もっと言えば、住人の3分の2が、エコだと思い込んでいる環境ということが最も重大な問題とも言えるかもしれません。
ちくわぶさんが仰る通り、エコではなく、エゴだと気がついてもらえるように、地道に丁寧にいきて生きましょう。
>エコではなく、エゴです。
Ecologyじゃなくて、Economicsのエコかも(笑)
そもそも、企業の論理としては、儲からなきゃやらないですからね。
道筋をつけたのは、菅直人と孫正義。
はじめまして!
なるほど!そう言う意味合いかも?(笑)
某鉄道会社の私利私欲が渦巻いてます。
ありがとうございます♪
あっ!す、すみません!汗。
3分の1以上←×
3分の2以上←○
間違ったコメント、失礼しました。
で、もし間違ってなかったら、これまた失礼しました!( ; ゜Д゜)
あーややこしい(笑)
今度からキチンと確認してからコメントしますね。
あーーーそれは大事な間違い。民主主義として反対が成立してるのに、その判断はおかしいですね。
でも、既に3分の2の方がエコでは無いと言う事実に気がついてくれていることに少し安堵してしまっている自分がいて、それではいけないなと思いました。
それではこれからも宜しくお願いいたします。
この本! 小学生の時に読みました!
確か、夏休みの読書感想文の推奨本だったと思います。
この本を読んで感想文を書き、何か賞を頂いた記憶があります(^-^;
太陽光発電…私も疑問に感じています。
電車に乗るとあちこちで見かけるようになった、
あの巨大で無数のパネルの山を見ると、
何と言うか…ちょっと恐ろしささえ感じます。
近隣に住んでいる方は、暑くなったとか聞きますし、土砂災害も増えているようですしね。
今また昔のような暮らしに戻るのは難しいと思いますが、もっと自然との共存を早急に考える時にきているような気がしますね。
わぁ、素晴らしい!富田さんが喜んでいると思います。
やっぱり、太陽光発電の景色って、違和感しか感じないですよね。。。。
人はその都度間違いをするものだと思います。私たちが幼い頃は、川から魚がいなくなってしまった時代だけれども、小さな心がけの連続が続いて、今は多くの川に魚が戻ってきました。
今起きていることの不自然さは、私たちの時代で少しでも解消したいですよね。
それでは、これからも宜しくお願いいたします。
初めて投稿致します、ここ最近 こちらのブログを知りました。興味深く拝見させて頂いております。
ソーラーパネル、太陽光発電は表向きでは 盛んに全国で展開、営業販売されていますが、各地域では、トラブルや、 裁判も多いと聞いています。ニュースでは取り上げられませんが、それは太陽光発電のイメージが悪くなるため敢えて公表されないのだとか。夏の異常な気温の高さはこの太陽光発電が原因ではないかと噂もありますね。しかも 廃棄処理するときにはカドミウムと言われる イタイイタイ病の大元にもなった有害物質が含まれてると聞いています。何が安全で何が危険かの選別は我々には難しいですが、 とりあえずは調べてみるというのは これからは必要な時代かな、と思われます。
コメントありがとうございます。
私は吉永小百合が「救うのは太陽かもしれない」の合い言葉で太陽光発電が世の中に登場した頃は、その通りだ!そのはずだ!と思いましたが、実情は全然違いますよね。
トラブルは起きて当然のように思います。
そして、あれから十年以上の月日が経過し、循環とは何に気がついた時に、色んなことがおかしいと思うようになりました。
私たちは産まれた時からアスファルトな生活をしているから、それが普通になっているけれど、それもおかしいと思います。
自然の循環を壊さずに、現代の恩恵を糧とした生き方はどうしたらできるのだろうか、今、私は模索しています。
どうぞ、これからも宜しくお願いいたします。
昨日のあさイチで特集組まれてやってましたよ、太陽光発電…
しかも、大阪台風から北海道地震から静岡大規模停電を最初に流して、救世主かのような誘導の仕方でした。
この主婦層を狙って、あま~い言葉が沢山出てましたね。
「電気代実質0円」だの「電気を買い取ってもらっておこづかいが増える」だの「電気使い放題」とかね、あーあ、これでまたどれだけの契約が増えるんだろうか。
不安という恐怖心を煽って、太陽光発電を進める…
まぁ嘆いても仕方がないから、波動を凪にする方に集中します☆
ゆりこさんの文集、素敵でした(*^^*)
新刊も購入させていただきました、速攻で読み終わって、分からないところはまた分かるまで、楽しみに取っておいてます(^^)
ゆりこさんの言うとおり、分からないところは無理に分かろうとしなくても、ある時すーっと理解が出来るようになってるんです。
これがもう感動で、ドラクエのレベルが上がったような、検定試験に受かったような、そんな感動と爽快感を感じさせてもらってます。
ありがとうございます♪
コメントありがとうございます。
あさイチの洗脳めいた啓蒙の日の番組作りって、本当に露骨ですよね。
主婦の反応する部分をピックアップして、誘導していくさま、見てて辟易するほどお見事だと思います。
でも、かよこさんの結論が、凪にすることに帰結されたことを素直に嬉しく思いました。ありがとうございます。
でしょ?分からないことって、ある時急に分かるでしょ???私もそういう時、同じようにドラクエのレベルアップの曲が鳴り響く感じがいつもしています。
それではどうぞこれからも宜しくお願いいたします。
ゆりさん、太陽光発電は失敗です。
その通り。
ソーラーパネルを作るのに、まず膨大な電力を必要とするので、原発無くしては生産出来ない。
また、劣化したソーラーパネルを処分場するのにまた膨大なエネルギーを必要とする。
それだけとってみても、明らかにエコじゃない。
ソーラーパネル設置して、オフグリッド、とか言ってる人達も、実は地球を苛めています。
悲しいですね。
そうなんですよ。
太陽光パネルを作る電力量(原子力&火力)と太陽光パネルが作り出す電力が等しくなるのには、確か10年くらい必要になるって、苫米地英人さんの本で読みました。(10年だったかが結構曖昧)
その間に自然災害などによって使えなくなることを考えると、全然エコじゃないんですよね、電力という部分だけ見ても。
太陽光電力は、電卓とか非常電気とかそういう些細な部分で使うのには適してますが、日常的な不足を補うために利用するのには不向きだと思います。
自然を求めて、不自然を創出していくのは、現代人ならではの言動ですよね。
土や根っこ。太陽光発電とは違うのですが、私も土について考える事がありました。我が家の裏の人が遠らない箇所の土がとても悪い状態だと思ったんです。7月8月9月と台風に見舞われる度に水が貯まる、こんな事は16年近く住んでいて初めてでした。
勿論今年は雨が尋常ではなかったせいもあるとは思いますが、私は別の原因もあるように思います。
土がなんていうか、死んでるというか、硬いというか…その硬さで水はけがこうも悪いのではと。
実は、主人がその辺りに除草剤を巻いたのです。動物には害のないタイプで、ましてやその箇所は誰も通らないからという事で巻いたのですが、それがこの土を駄目にしてしまった気がしてたんです。
つい最近実家の本棚にあった「奇跡のリンゴ」という無農薬でリンゴの木を育てる方の本を読んでたのですが、雑草は木の養分を邪魔するので除草してたけど、そうではなく雑草も土の下では微生物などの作用に関係していて、抜いてはいけないとあったのです。我が家の土の水はけが悪くなったのは、土を殺してしまったからのような気がします。アスファルトで舗装するとか、山の斜面に太陽光発電を設置するとか以前に、私達は土を殺してしまってるのかと思いました。
手遅れかもしれませんが、身近にある土から大切にしていきたいと思います。
それは、木村秋則さんの本ですね。私も木村さんの本が好きで、結構読みました。
ほんの少し意識するだけでも、気がつくこと与えられいる事、大地も生きていることが実感できますよね。
そんな私は、仕事柄パソコン前にいつだってスタンバってる生活をしている訳ですが、日々与えられているものに感謝するだけで世界は大きく変わっていくことをここ最近とても実感しています。
できる範囲のことから、意識していきましょう。
それではどうぞこれからも宜しくお願いいたします。
竹久さん 今日(奇跡の)二度目の投稿です。
こんな記事見つけました。
↓↓↓
イギリスの歴史学者 アーノルド=トィンビーは、世界史の中で滅亡した民族について研究し、その共通点を見つけ次のように警鐘を鳴らしています。
① 理想を失った民族は滅びる。
② すべての価値を物やお金に置き換えて、心の価値を見失った民族は滅びる。
③ 自国の歴史を忘れた民族は滅びる。
トィンビーによれば、この3項目のどれか1つでも当てはまれば、その民族は滅ぶと言っています。
戦後の日本は、3つの条件がすべて当てはまり今日まで続いています。
このことからも、人間の教育は根っこ(土台)の部分で大変に重要なんだと痛感しています。
追伸・・いまだに<ダーウィンの進化論>教えてるんでしょうか???
奇跡の二度目の投稿ありがとうございます(笑)
滅びるロジックの中に私たちが如何に埋め込まれているのかがよく分かりますよね。
まだ辛うじて生きている私たちがいるのは、2678年の歴史のある国家のお釣りのおかげだと最近よく思います。
私は竹田恒泰さんの著書で、「母国の神話を忘れた民は100年以内に滅びる」という言葉を目にして、一気に目が覚めました。
戦後は既に70年を超えています。
私たち世代が踏ん張らなければ、この国は当たり前に終わりを告げるでしょう。
踏ん張り時ですよね!お互い精進しましょう。
ちなみに、「ダーウィンが来た」という番組がNHKで放送されているくらいですから、<ダーウィンの進化論>はこの国で一定の支持があるものと推察しております☆彡