【マスメディア&スピ】言葉の本質を変えるのはやめてください!

2018年12月28日

さっき書いた記事がアップと同時に無茶苦茶な文章になるという恥ずかしい事態を引き起こしたので、さっき変な文章を読んでしまった人にもその事が気がついてもらえるように(笑)、

もう一つ記事を書いておこうと思いました。

↓さっきアップと同時に変な文章に様変わりしてしまった記事↓

文章は直したので、さっきおったまげーでぶったまげーな文章を見てしまった方、是非もう一度だけ上の記事を読んでください。(あの文章が私だと思われると滅茶苦茶恥ずかしい(/_;)ので……)

では本題入ります。

 

視聴率ありきで過激な言葉を多用するメディアの功罪

ここ最近私が特に気になる言葉は「過酷」です。

地上波のテレビのドキュメンタリー系とかで結構普通に多用されてますし、その影響でなんかちょっとした重労働とかにも「過酷」という言葉が普通に使われるようになったように思います。

「過酷って……そういう時に使うはずじゃ無いのに」って思うシュチュエーションであっても、過酷って言い切った方が、視聴者は間違いなく惹き付けられますから多用するのでしょうが、どうでしょうね。

テレビとかは想定外や、想像以上が求められる場所なので、視聴者の想像を超えてくれそうな言葉やイメージを与えた方が視聴率が落ちないというロジックがあるそうなのですよね。

だから過酷という言葉が多用されているのに過ぎないのですが……

今一度、過酷って言葉の意味確認してみましょうか。

かこく《ダナ》
1.
【苛酷】 非常にきびしくむごいこと。無慈悲。 「―な刑罰」
2.
【過酷】 (血も涙も無いかと思われるまでに)きびしくてむごいこと。 「―な試練」

過酷は、使う漢字によって、地味に使われ方が変わりますが、だいたいは同じ意味として捉え良いと思います。

ただし、大概テロップで出てくる「かこく」は「過酷」だと思います。

そして、過酷は(血も涙も無いかと思われるまでに)きびしくてむごいこと。 を意味します。

24時間テレビのマラソン中継とかでも、ちょいちょいこの言葉がメディアで流れるたびにいちいち腹が立つのですが、台本があるテレビの世界でそんなことってありますかね。

しかも、ドキュメンタリーとかでもその人をより悲惨そうに、より頑張り屋さんのようにみせるために、やたらと過酷と言いたがりますが、これって子供の教育としてどうなんでしょうね。

すごい些細な事でも、子供が「過酷だ!」と思い込むことになりゃーしませんか?

そして、ちょっとでも自分が追い詰められる事態に遭遇すると「過酷すぎるよ!」とかいって、投げ出す口実になりゃーしませんか?

今時、言葉にしなきゃいけないほどの過酷ってあるのかな?って、よく思います。

最近の人は「過酷だ!過酷だ!」って言いたがりますが、日本の歴史の中で最もぬくぬくとした生活を謳歌しているのは私たち現代人だと思いますよ。

個人的には、過酷って言葉はシベリア抑留をさせられていた日本軍人(日本男子)のような環境レベルに陥ってしまった時にのみ使って良いと思う言葉なので、視聴率ありきでたやすく過酷という言葉を使う現代社会には甚だ疑問しか感じません。

こういうテレビの視聴率ありきの刺激的な言葉の羅列で、いちいち言葉の解釈が軽く都合良くなっているのは甚だ嫌だなと思うし、

それから、こういう影響を受けているからなのか、より自己都合甚だしいスピ界の皆様が言葉の解釈をねじ曲げて利用しているのも、ガチでやめてほしいなと思ってます。

 

引退の基本は、山口百恵だろ!

最近、スピ系ビジネスのモデルチェンジに迫られる方が多いようですね。

そのせいか、今まで築きあげていたブログやSNSなどのアカウントを捨て、新たな名前でビジネス再始動をする人が多いようです。

そして、彼らはそれをいちいち引退と言っているのですが、どう思います?

 

まぁ、確かに芸能界でも泰葉さんを筆頭に「引退ビジネスかよ!」「引退詐欺かよ!」と思わせる行動をする人がいるのは確かなことです。

それに、スポーツ界などは競技者を引退してからの方が、メディア露出が増える傾向があるので、山口百恵さんのように「引退」=「メディアに出ない」ということにはならないのは、ある種普通でもあると思います。

でも、スポーツ競技者を除いて、それまでメディアに露出される仕事をしてきた人がやたらと引退という言葉を多用するのは、世の中が混乱するからやめてほしいんですよね。

 

特に……、ブログのようなネットメディアで荒稼ぎしていた人が、「引退しまーす」って何それって感じです。

そう言えば先日小林麻耶さんも引退宣言されましたが、ブログを止めない限り、いやブログを含めた発信を全て無くしてもしばらく、パパラッチに応援される現状は変わらないし、今や何者か分からなくなっている彼女にとっての引退という線引きがどこなのかはっきりしません。

有名人を止めたいのなら、少なくともブログを止めなきゃいけないし、アナウンサーなどの専門職ではないタレントである限りは、「有名=タレント」的な認識は、どこまでいっても一般人にはつきまとうものです。

だから、せめてアメブロのオフィシャルブロガーは引退せねばならないと思いますよ。有名人的な立ち位置を退きたいのなら。パパラッチから追いかけられるのを止めたいのなら。

それをせずに、「発信はするけどタレントじゃ無いでーす」って一体何なんでしょう。。。

ということで、最近、引退ってなんなんだろうって思わされることってガチで増えてますよね。

 

「過去の歴史を封印すること」を引退と呼んでほしくない。

こういう世の中の引退に関する曖昧さが極まってか、スピ系はさらにご都合主義で、ビジネスモデルチェンジするための過去の歴史の封印引退とか言い張ってる風潮が強くないですか?

前にもネタにした子宮はる

1年以上も引退セールした挙げ句、単に名前を変えたビジネスモデルチェンジだった事態に気がついた数日前は、もう反吐が出るほど気持ち悪くなりました。

子宮からオーガニックなビジネス転向するための引退宣言だったじゃねぇかっ……つーね。

 

っていうか、昨日子宮委員長はること八木さやさんの新たなブログ見たんですけれど、

こっちはアメブロのオフィシャルブログなんですね。

アメーバオフィシャルになると、タイトルロゴに小さく「byAmeba」って入ったり、プロフィールの所に「Amebaオフィシャル」って入ります。

 

ちなみに今までのブログもオフィシャルと思われてる方もいるかもしれませんが、違いますよ。

よく見比べてくださいね。

ちなみに今年の大晦日でこちらのブログはアカウントごと消えるそうです。

 

子宮委員長はること八木さやさんがすごいなぁと思ったのは、この計画は2016年6月から始まっていたことなんですよ。

最初の投稿はこんな感じ

子宮系の卑猥さ、気持ち悪さ、頭の悪さとかと真逆の方向の素朴で清らかな私アピールをしていることに脱帽(笑)

しかも、私が見た限りどの記事見ても全く子宮と自分をつなぎ合せていない所に脱帽(笑)

 

この記事が本当に2016年に書かれたのかどうか私は知らないけれど、開いた時に2016年からやっているのを初めて目にする人がいれば、この子の心持ちは最近じゃない感がする人が多数だろうと思うの。

だから新たな八木さやさんのイメージやブランディングを構築するには、2016年からこのブログ地味にやってますっていうのは、読者に共感を与えることにもなると思う。

 

ここら辺の用意周到ぶりが、Happyちゃんこと前田紗智さんで竹腰紗智さんや、他のスピ系の人とは違う商魂たくましく金を稼ぐ女の違いなんだろうなと思ったよ。

そして、子宮引退でひっそり壱岐で暮らしていくのかと思っていたら、ビジネスモデルチェンジ&キャラクターチェンジで新たに稼ぎを狙う女の野望を目の当たりにしてドン引きしているよ。

とはいえね、やっぱり思うのは引退とか軽々しく使わずに、状況に合う言葉をきちんと使ってほしいよね。

私が彼女の現状に一番合う言葉を提案するのであればこれかかな。

子宮で一稼ぎしたのですが、悪評も多いので、今度はクリーンなイメージで一稼ぎです!

島流しにあったと言い放った彼女の心持ちは、全然めげてもおらず商魂逞しいばかりですが、こういうのが見本となり、どんどん日本語がおかしなことになっていくのは避けていきたいですよね。

 

日本語、大事にしていきましょう!

 

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