【明確】スピリチュアルな人々に感じる壮大な違和感の理由

2018年11月25日

昨日、さとうみつろう君の大変不敬なブログと行動について記事にしました。

その後の彼の動き、さらに読者様から頂いたコメントの数々から、多くの人がスピリチュアルな人々に感じる違和感の種が見えてきたように思います。

 

違和感の理由を、読者様のコメントと合わせてお伝えしていきます。

さとうみつろう君は、昨日のブログで、「平成天皇」という存在していない大変不敬な言葉を使い、さらに上から目線で庶民を煽っておられました。

昨日のみつろう君のブログタイトルは、「平成天皇最後の祈りに、国民のチカラを御貸しください」だったのですが、今日になってタイトルは「平成における天皇最後の祈りに、国民のチカラを御貸しください」に変更され、本文にも多用されていた平成天皇というトンチの効いた言葉は無くなり、今上天皇など新たに覚えたと思われる言葉を多用されていました。

コメントなどでも指摘があったのでしょう。すぐに対応されたところは褒めたいとは思うのですが、なぜ間違ったことは言わずにスルーなのでしょうかね。

先ほどこんなコメントを頂きました。

さとうみつろうさん、例のブログのタイトルを修正されましたね。実は、みつろうさんのブログにコメントしたんです。「不敬な表現なので変更された方がいいです」と。せっかく勤労感謝の日の本当の意味を発信しておられるのに…と、別にアンチ的でも攻撃的でもなく普通に。1人、同じ様なコメントをされている方もいらっしゃったので。そうしたら、その方は「不敬」という言葉を使っておられなかったからなのかわかりませんが、私のコメントが承認されることなく、そしていつの間にかタイトルが何の弁明もなく変更されていました。「間違えた、不正確な情報発信すみません」のひと言言えば、より正しい知識を知ろうと自分で調べる人も増えると思うのに…その方がよっぽど世のため人のためになると思うのに…

きっと他にも同じような指摘をした人はたくさんいると思うのですが、承認されているのは感謝のコメントばかり。やっぱり自分のイメージ優先なんでしょうか…

そもそも、自分が一番、自分を大切に、自分の嫌な事はやらなくていいと発信されている人、それを信じている人に、滅私なんて言ったら「何バカな事言ってんだ、自分を犠牲にする生き方は間違いだ、そんな事言ってるから日本が良くならないんだ」なんでしょうね。。。

私も同様の違和感を感じている一人です。

 

スピリチュアルな人たちは、「知らなかったことを知らなかった」とか間違っていたことについて「ごめんなさい」とかは言えない残念な人々なのだなと改めて思わさせて頂くこととなった良い事例です。

しかも、該当される文言だけしれっと直しただけで、内容は同じだからそれでも拭えない違和感は続いております。

こんなコメントも頂きました。

今見たらコッソリ訂正してますね、「平成天皇」の表記。
文言だけ訂正すればいいってもんじゃないのに、ペラペラさがより強調された対処法に苦笑です(^_^;)

スピリチュアルな人々は、薄っぺらい理解で分かった気になれるから、周囲からみたらペラペラな事がペラペラだとは思いません。

つまり彼も思わなければ、そのファンたちもそうとは思わないということです。

彼のブログのいいねの数(5千越え)やリブログ数(二千弱)が、それを裏付けていると言えます。

 

日本の戦後教育の闇の深さが伺えるとも言えますが、スピリチュアルな人々がキモイのは、たったこれだけで結構分かった気分になって、人に教えてあげようという気持ちになる行動力だと思います。

こんなコメントも頂きました。

知り合いが、まさにこのブログをシェアしてくださいとFBに書き込んでいたので、眩暈がしていたところ、やっぱり竹久さんもこの記事読んでたんですね。
なんか、指摘するよりも、フェードアウトしていこうという気持ちになってきてます。
知らないだけなら調べれば良いだけで、何の問題もないのですが、どうしてこういうことをする人たちは、どこかおかしくなっていくんですかね?普通の良い人だったのになぁ…。

いや、知ってる人は知ってるし、逆にまずは知らなかった自分を恥じた上で現状把握をし直すべきだと私は思うのですが、スピリチュアルな人のキモイ所は、「自分が知らなかった」=「みんなも知らないはずだから教えてあげよう」と安直な思いに転換される所です。

そして、教えてあげることが良いことに繋がったと思い込む所にあると思います。

あの薄っぺらくて、間違った方向の情報が広がる方のが、迷惑です。

天皇を助けるだなんて、おこごましい思いを抱き行動させることの方が迷惑です。

竹久さんの今日の投稿を拝見して、さとうみつろうさんのブログも読みました。
読者さんも多いでしょうし、勤労感謝の日の本当の意味をたくさんの人に知ってもらえることは良いことなのに、中途半端な知識とわけのわからない呼びかけ…本当に日本のことを思っての発信と言うよりも、どうだ、俺すごいだろという思いしか伝わってきませんでした。それに、正しい発信をしようと思っていれば、ちゃんと調べてから書くはずでしょうし。そんな意識すらない。。。

そしてコメントも皆「感動した」とか「ありがとう」とか…気持ち悪い。皆、祈れば自分が救われるみたいな、そんな他力本願な気持ちでのコメントにしか感じられませんでした。たくさんのスピ系ブログでもリブログされていて、不敬な表記が拡散してしまう事もとても残念です。

ちなみに、竹田恒泰ファンとしては、竹田恒泰さんのテレビ出演時の切り取り画像を使うくらいなら、本を読んだり竹田恒泰チャンネルや虎ノ門ニュースでしっかり勉強してから、本を引用して正しいことを発信してほしいなぁと思いました!

↑コメントに対する私の共感の思いを太字や色で表現させて頂きました。

 

祭祀の時間に祈る前に、きちんと自分が神道を理解しているのかから、始めてほしいです。

分かっている人たちは、自分の一日の中であるべき祈りの中に普通に生きています。

ごめんなさい。私は『( ̄д ̄;)』な顔をした後、大声で笑っちゃいました。よくぞまぁ、ここまで『私は無知です』と宣伝できるなと思います。
それはさておき、本当に国の為を思うなら祝祭日には自宅の玄関に国旗を飾り、神棚を祀って1日・15日には榊を飾り、祝詞を唱え日々の感謝を伝えれればいいと思うのですが、一体何を勘違いしているのでしょうか。
※私の実家は神徒ですが、私自身は引き継ぎはしておらず、祝詞の部分の知識は間違ってる可能性が高いです。すみません。

 

さらに、彼らの中にある祈りというのは、滅私では無く結局自己保身なのでしょう。

おはようございます。

はっきり言いますと、さとうみつろう君は、完全にビジネス保守ですね。

に感じたことなのですが、

ちょっと話が逸れますが、以前 全盛期だった頃の
ベッキーが 全てに感謝すること、と公言していて
本まで出されたことがありました。
その本の中身は読んでいないのですが、
お天道様はいつも見ていますよ
と言うフレーズが 後々 スキャンダルによって
ネットで有名になりました。
ベッキーはスタジオに入る前、
スタジオを後にする時などに いちいち
一礼をしていた という話を聞いたのですが、
要するに これも 保守で 一生 芸能界を第一線で
売れっ子でいたいと言う いわば 恐れの表れ
だったんですね。
常に何かアクション起こしていれば大丈夫、
と言う 神へのアピールだったのでしょう。

ところが 彼女の転落は見ての通りです。

結局 何が言いたいのかと言いますと、
ご利益優先を目的に行動すると堕ちる、
と言うことを言いたいのです。
ユリさんの言われるように 利益目的あっての
行為は本末転倒なんですよね?

ベッキーのように 芸能界で活躍するために
あるいは利益や 恐れによって神に祈るのではなくて
常に何が起こっても平穏であると言うスタンスでいないといずれ足元を掬われるんだろうな、と思います。

神にアピった所で、お天道様は見ています。

その恐れが今頂点に達して、こういう形で現れているのかなとも思いますが、何度も言ってますがスピ系のこういう祈りは、迷惑なだけでなく無駄です。

形を変えたウリスト信者に自分が成り果てていることに彼らはいつ気がつくのでしょうかね。

滅私するのではなく、ご都合主義で神を利用しようとしていることにはいつ気がつくのでしょうかね。

 

どうか祈る前に、自分の人生と実直に向き合い、自分の人生と立ち向う強さを身につけてほしいなと人知れず思っています。

 

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