【日本人に謝りたい】憲法改正に反対する共産党の本音

1979年(昭和54年)に発売されて1999年(平成11年)に、新装されて発売された「日本人に謝りたい―あるユダヤ人の懴悔

絶版で古書も高額でなかなか手に入れにくいため、この本に書かれた情報が広く伝わりにくいけれど、憲法改正が目の前にやっていきている今こそ、読んで欲しい本です。(お近くの図書館においてあるかもしれませんので、是非確認を。私は図書館で借りました。)

ただ、図書館に置いてないとなると、情報を見る手立てが無いので、ここに書かれた真実をもう少しこのブログでお伝えしたいと思います。

今日は共産党の事を書きます。

 

反米なはずなのに、憲法大好きな共産党。

ほんの数年前まで、学者と呼べるような人以外が憲法の話をするともれなく右翼認定される時代が続いていました。

しかし、世の中は大きく変化し、憲法論議をすることはさして抵抗のないものに変化しました。

そして、ようやく憲法を論ずることが許容されやすい社会となって、日本国憲法がどのような形で生まれたのか、その真実であり事実なりを多くの人が知るようになりました。

もれなくみんな、中学時代の公民などの授業で憲法について学んでいると思いますが、そこでは必ず「この憲法のおかげで、日本は軍国主義を改め民主主義国家となることができた。素晴らしい憲法だ」という洗脳を受けていると思います。

しかし、実態はそうではなく、敗戦国ペナルティが精一杯詰まった内容をGHQに押しつけられただけのものでした。

もちろん共産党の方はこの事実を知っているでしょう。

なぜなら、戦中断末魔にまで追い詰められた共産党員を解放してくれたのはGHQの方たちですし、共産党の考え方を後押ししてくれて教育界に共産党イズムが入り込んだのもGHQのおかげだと思います。

ですから、どのような経緯で日本国憲法が作られたのか知らない訳がないはずですし、今や少し憲法に興味を持った国民であれば、憲法がGHQに作られたのは周知の事実ですから、知らないはずはないでしょう。

ですが、不思議な事に、共産党はいつだって護憲派です。

アメリカから押しつけられるものには何でもかんでも反対の狼煙を上げるのが共産党のはずなのに、憲法が大好きなのです。

この矛盾の深い理由が今まで分からないままだったのですが、ここについても「日本人に謝りたい―あるユダヤ人の懴悔」を読んだら、すんなり理解することができました。

 

日本国憲法は共産イズム満載だったね。

日本国憲法を論ずる時に、一番目がいくのはやはり憲法九条だと思います。

そこばかりに私自身も囚われていて、全体がどのような構成で、全体としてどこが問題なのかが理解しきれてなかったのですが、過去記事で取り上げさせて頂いた通り、この本を読むと全体としての問題点が見えてきます。

まず第一条の基本的人権問題について述べよう。

この「基本的人権」という言葉からまず読みとれることは、被害者意識から出発した概念ということである。長年、差別、迫害されてきたユダヤ人の血の出るような要求であったのだ。

第十二条の「自由の保障」と第十四条の「平等」については、これこそこの憲法作成者の種眼目であるので別に述べる。

第十三条における「個人として尊重される」というのは、個人主義思想の導入が目的であることは論を待たない。個人主義というものは国家崩壊の第一歩と考えられているものであり、特に君主制打倒の捷径(しょうけい=近道)であると考えられてる。

これは第十二条の「自由」と密接に関係ある問題である。

また第十一条の基本的人権とも関係あるものである。個人主義に自由をプラスし無限大にこれを追求させればどういう結果になるか、国家内部の不統一、混乱を助長するものであることは説明の要はあるまい。

 

ユダヤ人たちに言わせれば、この憲法は個人の主張と愛国心の欠如を増大させることによって、国家転覆を謀るものであると言います。

共産党は革命政党なのですから、国家に不満を感じる国民が増えるはずのこの憲法はありがたいでしょう。

この憲法を真面目に実践していくと愛国心が欠如し、そして家族の繋がりが希薄になり、権力を悪に捉えることにも繋がっていきます。

そして、この憲法は深く見ていくと、非常に共産主義が満載なのです。

だから、共産党思想において非常に好都合なことになっているからこそ、護憲なのだなと一瞬私は思いました。

だけれども、そんな本質を日本共産党の人たちは見抜いていないだろうと、著者は言うのです。

では、一体何の為に彼らは憲法にしがみついているのでしょう。

 

共産党こそがユダヤ教の呪縛力のとりこになっている。

日本人に謝りたい―あるユダヤ人の懴悔」で共産党について語られた部分を引用しますね。

日本共産党を育てたのは我々の最大の誤りだった

ユダヤ人が日本人に謝らなければならない最大の問題は、戦後日本共産党を育て残置諜者として残していったことである。これは具体的にはニューディーラーが 全て行なったことである。共産主義者群から成っていたニューディーラーは社会主義革命こそ行なわなかったが、戦前の日本にあった類い稀な長所をすべて破壊したのである。それ以上に大きな誤りは、残置諜者として日本共産党を育て、残したことである。

我々が戦後改革によって犯した誤りも、この残置諜者=日本共産党なかりせば、もうとっくに賢明な日本人は本来の日本民族に蘇生したであろう。東京裁判、日本国憲法、その他の戦後改革による悪弊も、この病理をタブーにして一指だに触れさせじとする日本共産党なかりせば、とっくに払拭されたであろう。

東京裁判の場合は、これにニューディーラーが持ち込んだ論理が戦前からの日本共産党の講座派史観と一致することにより日本共産党をとらえたのである が、日本国憲法の場合は、教科書的マルクス・レーニン主義しか知らない日本共産党を捉えるべき要素はほとんどない。あるとすれば、第28条の勤労者の団結権の保障ぐらいのものである。あとはすべてマルクス・レーニン主義の教科書からは出てこないものである。

では何故に、それにもかかわらず日本共産党はこれほどまでに日本国憲法を溺愛するのか、不思議に思われるであろう。
その答えはユダヤ教の宗教的呪縛力なのである。いきなりこういっても日本の皆様にはピンとこないだろうということは私にもよく分かる。

いや何よりも、日本共産党自身が全く意識していない。一般の戦後改革、例えば国家意識、民族意識の去勢にしても、果たして日本共産党がどの程度この 意味を知っているだろうか。

恐らく、プロレタリア国際主義という教科書にある線からこれを考えているのであろう。しかしそれでは、わかっているとはいい難 い。マルクス主義の国家論までくればまあまあであろう。つまり、国家を破壊するには愛国心の如きものが最大の障害物になるわけである。

もし日本共産党がこの辺まで分かっていたというなら、次はどうだろう。家族制度は国家転覆のやはり大きな障害物なのである。憲法にある自由、平等、男女同権等はすべてこの目 的に添ったものであるが、日本共産党はそこま知っていて日本国憲法を死守しているのだろうか。私にはそうは思えない。

とすれば、日本共産党が日本国憲法改訂をタブーとして死守する根拠は、マルクス・レーニン主義からは導き出せないだろう。ではこれはどう説明すればいいのか。それはユダヤ教の呪縛力としか説明できないようである。擬似宗教性といわれるものである。

こちらのブログで、共産党関連の記述が読めます。

 

憲法九条に固執する人々は、もはや宗教の領域と言われています。

その根幹は、ユダヤ教が作り上げた人を小さな器の中に入れ込み、道を迷わせる呪術的要素とも言い換えられるのかも知れません。

 

憲法改正と言っても、全てを一気に変えることは難しいだろうと思います。

だけれども、国家転覆を謀るために作られた虚構の理論によって成り立っている憲法の配下に民がいれば、いつまで経っても国民全体が幸せになることなどできないだろうと思います。

だから、日本国憲法の問題点を改めて多くの人に知ってもらえたら良いなと私は思ってます。

だって、日本人は大器だから、大きな器の中でしか幸せを感じられるはずなどないからです。

 

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