【メディア死亡2年】お荷物ジャーナリストが多発してる理由

2018年7月17日

元NHKアナウンサーで現在自民党議員の和田政宗さんは2017年を

「メディアが死んだ年元年」と仰られていました。

この言葉から見える現状分析と未来予測をしていきます。

2017年が死んだ年元年なら……

2018年は「メディアが死んで2年」ということになるでしょう。

死んで2年目になると、より一層メディアが国民にとってお荷物な状態があからさまになってきますね。

死んでるのに死んでいることに気がつかないのですから……、オールドメディアの人たちは自分が生きてるつもりで町中に繰り出しちゃうのでしょう。

本人は生きてるつもりでも、残念ながら真っ当な国民の視点から見れば、彼らは既にゾンビ化しています。

そこに気がつかず相も変わらず古いままのテンションで張り切っているのですから、お荷物状態の顕在化が加速していくことも仕方ないことかもしれません。

しかし……、そろそろ「お前はもう死んでいる」と気がつかないと、より一層悲惨で可哀想なことになっていきそうですよね。

 

この現実を裏付けるように、毎日のようにネットではメディア型ジャーナリストのゾンビ行為は話題になっています。

ここでは下記2点のニュースから見えてきたことを基点に、ゾンビ化の背景にあるものを考察していこうと思います。

①大阪地震の被災者取材に行った共同通信の記者の行動が迷惑であると認定される

話題となった記者の原文はこちら↓

②サッカー日本代表の取材が、日本の足を引っ張っている認定される

 

SNS環境向上とメディア型ジャーナリズムの不必要性

メディアを通して行われる報道を問題視しているのは、実は日本だけではありません。

メディアの異常性が問われる自体が、今地球規模で起きています。

なぜこの現象が地球全体で起きているかと言えば、答えは簡単。

地球規模でみんな同じ機械(スマホ、タブレット、PC)を持ち、どこでも誰でも簡単に自分の意見をメディアのフィルター通さず発信できるようになったからです。

ほんの十年くらいまでは、広域的な情報発信方法はメディアのフィルターを通すことなく行うのは非常に難しいことでしたが、今はメディアのフィルター通さなくても、誰もが発信者となることができます。

この環境変化こそが、メディア型ジャーナリズムの不必要性に繋がっていきます。

メディアでなければ当事者に会ったり、その情報を収集することができない環境があったからこそ意味のあった行為は、もう完全に過去のものなのです。

当事者がTwitterやFBで一言呟けば、もしくはブログなので発信してくれれば、それこそが一次情報になります。本人が難しいのなら、親族や友人などの近い関係者が発信してくれれば、やはりそれが一次情報となります。

例えばトランプ大統領の発言はメディアを通すして得るよりも、本人のTwitterをフォローしている方が一次情報の取得は早くできますよね。

一次情報の取得の変化とは、トランプ大統領の言葉がメディアを通さず、国内外問わず誰でも触れられる環境になったことと同意です。

 

つまり、一次情報となるものが今まではメディアでなければ手に入れられない環境があったからこそ、メディアに価値があっただけなのです。

 

 

その環境の変化に気がつかず、一次情報を手に入れることをメディアの第一使命と勘違いしているからこそ、ゾンビしてると思われてしまうのですよ。

しかも、誰よりも早く一次情報を手に入れようとなりふり構わない行動するから、人から嫌われるのですよ。

共同通信の人が現場で嫌われた理由(①大阪地震の被災者取材に行った共同通信の記者の行動が迷惑であると認定される)は、この一次情報の必要性に対する時代の変化が読み込めなかったからこそだと思います。

一次情報なんて誰もが平等に同じタイミングで手に入れられるモノになったのだからこそ、メディアに問われるのは、情報を見通せる視野と見識の広さによってこの情報を分析することが求められているのに、検討違いの場所にスポットライトを当てて、さらには日本の足を引っ張るような報道をするから、情報の出所から嫌われる(②サッカー日本代表の取材が、日本の足を引っ張っている認定される)のですよ。

 

 

そして、お色気使えば男はイチコロとかいう、馬鹿馬鹿しい時代錯誤の発想で情報を引き出そうとしているから、現場から煙たがれることにもなっているのですよ。

しかも、どんな一次情報も自分たちの都合の良い方向に結論を導こうとするからこそ、情報提供者たちから、「違います」と訂正されることになっているのですよ。

こんなような間違いが一度や二度の話ではなく、もう毎日のような出来事になっています。

そんな自分たちを反省することなく高飛車に「フェイクニュースはネットの騒ぎで、自分たちが真実を伝えている」なんてことを高らかに言うから、もっと嫌われる嵌めになっています。

 

「こんなメディアに誰がした?」って思う人もいるかもしれないが、ぶっちゃけずっとこんな感じなのが真実だと思いますよ。

一次情報が手に入る環境と発信できるのがメディアしかなかったからこそ、重宝されただけに過ぎず、その環境を失えば、その存在意義は不必要となって当たり前だと思います。

でも、テレビの影響力はなんやかんや大きいし、はっきりいって便利なものであることは変わりない。

こんな風に日々ゾンビ化を深めているテレビではありますが、テレビが今後これ以上視聴者の信頼を失わず、視聴者と仲良く番組作りをしていくためには、これからお伝えする3つのことを徹底するだけだと思います。

すればなんとかやり直せると思います。

その3つの事は、ぶっちゃけそんなに難しくないことです。そしてそれを徹底するだけです。

 

テレビが生き残るために必要で簡単な3つのこと。

 

①一次情報の取得に躍起にならない

②情報の色づけをしない

③国益に適う報道姿勢を貫く

 

今までの常識に雁字搦めになっているメディアであればあるほど、一次情報を逃すことは、社運を突き落とすことに感じるかもしれませんがが、我先にと一次情報を取得しようと躍起になってる姿勢に国民がドン引きしている事にそろそろ気がついた方が良いと思います。

そして、その情報が有効利用されるならまだしも、メディアの都合によって色づけされた上に国益に寄与しない形で情報が流布されていることに国民が辟易していることに気がついた方が良いです。

今世の中が求めているのは情報の鮮度ではありません。

だって、ほっといても鮮度の良い情報は、ネット上には溢れているのですから。

そこに群がるのではなく、少し情報の鮮度が落ちたとしても、その情報を冷静に見極め、多角的に分析する器用がメディアに求められていることだと思います。

視聴率目線で一喜一憂し、付け焼き刃な情報でなんとか視聴率を稼ごうとするのはもう止めて、じっくり考えた上で、視聴者の有益となる視野の広い情報を伝えることがメディアが崖っぷちから這い上がる秘策だと思います。

この時代の変化に未だに気がつかないから、ゾンビ化がより高速に進んでいるのだと思いますよ。

ちなみに上記3点は

やるのには勇気がいるかもしれないが、難しいはずのことは何一つない

と思います。

ちなみにこの教訓は、メディアだけでなく、私たち個人の人生にも言えることかもしれませんね。

 

時代の変化に敏感に気がつき、時代の恩恵に感謝して、勇気を出して生きていきましょう♪

 

 

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