【キンコン西野】反省中

先日記事にしたキンコン西野君

↓この記事↓

想像以上に早い展開が起こっているので記事にします。

やっぱりみんな、おかんむりでした。

ニュースを見た瞬間に、これはあかんと思って、珍しくすぐに記事を書いたのですが、そんな気持ちを抱いたのは私だけではなかったようで、経済関係の著名人などもこぞって西野君の行動に怒ったようです。

ということで、あっという間に募金企画は立ち消えたようです。

 

西野君一流の炎上商法という見方をされている部分も多いように思いますが、私はやっぱりスピ系の王道の行動パターンに彼が陥っているという見方から一歩もずれることがありません。

スピ系の行動パターンは、単に図々しくなっていくのです。

 

とはいえ、西野君は他のスピ系と違いお笑い界できちんとした実績を築きあげられた方です。

対応の早さは、日大と比べものになることはなく、もちろん他のスピ系の人とは全くもって違って、やっぱりそこはきちんと社会人経験された方なんだなと思うことができました。

西野君のブログ(敢えてリンクはしません)

https://ameblo.jp/nishino-akihiro/entry-12381955560.html

 

 

乞食するのは恥ずかしいことだよ

今回私も驚いたのは、単に自分の口座に寄付してという乞食活動をタレントさんがされていることでした。

スピ系ではお馴染みの手法、これがどれだけ世の中の常識と乖離しているのかお気づき頂けたでしょうか。

もしも西野君がクラウドファンディングでこの企画をやっていたら、ここまでの炎上は引き起こさなかったと思います。

スピ系の方々は、「どっちだって同じなのになんでそんなに世の中怒るのかしら?」って思う方も多そうですが、それは完全にスピ系の方々の常識がずれているからですよ。

しかも、良い方にずれているのではなく、自分に都合良く悪い方にずれていることに、この機会に気がついて頂けたらいいですね。

その理由は先日の記事に書いています。

読むのが面倒くさい方に端的な結論をお伝えしますと、善悪以前にこのような事ができるのは、単に「図々しいだけ」だけなんだからなんです。

そんな図々しく、自分のことしか考えられない人が結構スピ界にはうようよいて、自分の口座番号を晒して、そこにお金を振り込んでもらうことを恥ずかしげもなく、誇りに思っている大人たちが結構な数でいますけれど、これ、本当に恥ずかしいことですからね。

それがよく分からなくなっているようだったら、自分は結構な末期だと自覚された方が良いかなと思います。

何度も言うようですが、これ乞食活動ですから。

人が人として生まれてきたからには、誰もが自立することが一つの目標です。

それを乞食するって、人として生まれてきた意味を全て棚上げすることになるんですよ。

ちなみに日本の乞食って基本は世捨て人という称号でもあると思うのですが、世捨てられず乞食するって最悪ですよ。

世捨てられず乞食して高見に行こうとするから、人として最悪なんですよ。

 

クラファンでも、乞食したら結論一緒。

クラウドファンディングって、本当に画期的で良いシステムだと思います。

私がクラウドファンディングを知る事になったのは、高校生たちが銚子鉄道を再開したい夢を掲げて実現させたドキュメンタリーです。

既存のやり方ではできなかったことが、クラウドファンディングによって可能になって、誰もが喜ぶことが実現されて、私はこの話を知ってすごく心が温まりました。

 

本来のクラウドファンディングって、こういう事の為に使うものだと思うのです。

 

でも、結構な具合で自分だけの夢の応援に使いたがる人が多いものだなと思って見ています。

 

人にはそれぞれ「どうしても」という時が存在するので、絶対の否定はしませんが、やはりこういうシステムを利用して、自己利益を調達しようとする人には大きな落とし穴が待ち受けているはずだなと思っているし、実際最近「やっぱりそうだった」ということが起こりました。

 

登山家の栗城史多さんです。

クラウドファンディングで金を集め、山に登ろうとするものの下山を繰り返すが、その実績で講演活動をするという詐欺まがいな活動をする登山家とも言われていた栗城さんです。

だから登山家ではなく、自称登山家とも呼ばれていました。

 

この栗城さんが、先日エベレスト下山中にお亡くなりになられました。

その訃報を知った時、私は友人に彼の事で気になったニュース記事の一部を転載してLINEしました。

ここ数年、彼はスポンサーの協力を得るため、過激な条件を口にするしかなかった。引くに引けなくなった部分もあるのでは? 彼の周りがイエスマンばかりだったことも大きい。1人でも『それは無茶だ』と言える人がいたら結果は違った。

この文章がどの記事なのか今はもう分からないのですが、この言葉が真をついているように私は思います。

 

大きな夢を語っても良いと思います。

でも、私たちは大きな夢を叶えるために生まれたのではなく、今目の前にある現実と向き合って一つずつその現実をクリアして器を大きくするために生まれてきました。

それを忘れ、大きな夢を語ることで現実逃避に走ってしまう人も最近多いように思います。特にスピ系には多いと思います。

少なくとも私には栗城さんは、現実逃避をしながら大きな夢を語り、詐欺まがいなビジネスで生計を立てている人に見えました。

だからこそ、あるニュースのこの文言を見た時に「やっぱりなぁ」と思ったのです。

ここ数年、彼はスポンサーの協力を得るため、過激な条件を口にするしかなかった。引くに引けなくなった部分もあるのでは? 彼の周りがイエスマンばかりだったことも大きい。1人でも『それは無茶だ』と言える人がいたら結果は違った。

もっと大きな夢を大きな夢をと、どんどんと収集がつかなくなっていってしまうように思うのです。そこにビジネスが絡んでいたからなおのこと、収集がつかなくなってしまったように思うのです。

だから、自分の夢のためにクラウドファンディングをビジネス活用することは控えた方が良いだろうなと思っています。

栗城さんのご冥福をお祈りします。

 

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