【だから焦る】虚像の世界は設定が第一!

ここ最近山村明義先生の少し古い本を読んでました。

読み終わったら、共感する気持ち相まって、私も言いたい気持ちが溢れてしまったので記事にします。

山村明義先生の好きな所。

↑山村明義先生↑

山村先生は、様々な思想を客観的に分析することにとても長けていているだけでなく、宗教・政治・経済の根幹にある思想の重要性に気がつかれた上で、それを言葉にしてくださって分析してくださいます。

そして、神道についても非常に造詣が深く、歴史に根付いた日本人の民族性について教えてくださります。

政治・経済・歴史・宗教、これらは別々に語られることが多いのですが、先生はそこには常に思想があり、だからこそ現実が生まれているという観念の元、これらを思想という定義の秤にかけて分析してくださいます。

スピリチュアルと政治を同定義に扱う私も、先生と同じような視点が発端にあります。

だからこそ、私は山村先生の論調が共感を帯びやすく心地良いし、また常に自分への発見に繋がっていきます。

ただ、ここまでの話であれば、作家と読者という関係に過ぎないのですが、もっと好きになった理由が別にあります。

数ヶ月前、私は自分の身に起こった不思議なことで、山村先生に相談したことがあります。

あまりに不思議なことだったので、人に言うのも憚れるような内容だったのですが、この事を分かってくださるのは山村先生しかいないと、私は思ったのですね。

だから、人には言えない話だったのですが、勇気を出して先生に今起きている不思議なことについて正直に話し、アドバイスを求めたのです。

普通の人だったら「気のせい」で済まされる内容だったのですが、先生は私の身の上に起きたことを真摯に受け止めてくださり、適切なアドバイスをくださいました。

ちなみに私は、山村先生とメッセンジャーでお話し合いをしたことはありますが、お会いしたことはありません。なのにも関わらず、素っ頓狂な私の話を真摯に受け止めてくださったこと、それから適切なアドバイスをくださったこと。これは感謝しても感謝しきれません。

その時のことを少し書いた記事

このような特別なエピソードもあって、私はとっても山村明義先生のことが好きです。

 

日本人だけが知っている真実の世界

なんだか、すっかり山村先生の大好きエピソードだけで、一記事書いた気になっても良いように思いますが、全く本題に入ってないので続けます。

現段階においてお気づきの方とお気づきでない方がいるかと思いますが、今まで私たちを作り上げていたのは「虚像の世界」です。

そして、今世界は真実の世界に戻ろうとしています。

欧米諸国の人々は、長年積み重なった歴史によって、初めて真実の世界に足を踏み入れることになりますが、日本はざっくり戦前までは無理くり維持できていた真実の世界に戻るだけのことです。

日本にとってはあまり大きな変化ではなく、「西欧の世界に行ってみたけど違ったよな、これじゃぁ幸せに遠くなるよな」って、自分たちが元々持ち合わせていたの世界観の方が真実だったなぁと思うだけのことですが、

同じ日本人でもすっかり「虚偽の世界」嵌まってしまった人もいます。

すると、これは一大事なのですね。

 

 

虚像の世界は虚像でなければ成立できない

真実は真実だからこそ何があろうと成り立ち続けれますが、虚偽は壊れた瞬間から為す術がありません。

例えば、金持ちになれば全てが幸せになれるとか、不満は解消されるとか、悩みがなくなるなんて盲信されていた時代がありました。

今もスピリチュアルに熱心な方たちは、時代遅れにこの妄想に取り憑かれているのでしょうが、現実主義で生きている方たちは、「金持ち」=「幸せ」はイコールになり得ることのない思想であることを誰もが実感で持ち合わせているかと思います。

だからこそ、今の子供たちはTOPを目指そうとする人が減っているのでしょう。金持ちではなく、みんなで仲良くするためにはどうしたら良いのかという、大人よりも静かに協調性を維持しようという考えが働いているのではないかと思われます。

「金持ち」=「幸せ」という経済至上主義における正論は、虚偽の世界の文鎮的な役目をしていた要であっただけで、真実ではありません。

この真実ではなかった事実の露呈は、今やありとあらゆる場所において起きてしまっています。

グローバリズムの矛盾

男女平等の矛盾

マイノリティ保護の矛盾

人類皆兄弟の矛盾

武器を放棄することによって世界平和が実現する矛盾などなど、

 

理想としたことを背に邁進すれば、現実になると思いきや、リアルな世界はそれを作りだしてはくれませんでした。

結局そこにあったのは、人を本質から遠ざけるだけの理想の基にある矛盾でした。

虚偽の世界というのは、この矛盾が矛盾でないと思えるくらいの圧倒的な洗脳があってこそ成り立つものです。

この洗脳が解かれた時、矛盾は露呈せざるを得なくなります。

 

しかし、虚像の世界で生きている人たちにとってはこれが真実です。いや、真実ではないのですが「真実でなくては困る」のです。

いや、「真実でなくては困るだけなのです。

 

結局のところ、今までの世界に固執する人であればあるほど、ファクトを直視せず、感情論でここを乗り切ろうとするのは、結論、虚像の世界が設定ありきで成り立っていたからだろうなと思うのです。

もしも、私が先ほどお伝えした「金持ち」=「幸せ」などが虚像の世界でなく、真実の世界であるとするのならば、その陣営が如何に真実なのかお伝えすればいいことなのだと思うのです。

しかし、それはできません。

慰安婦問題と同じくらい、これは嘘だからです。

嘘は真実には勝てないのです。

慰安婦問題においても、これが真実とすることによって、お金を得ていた人たちがいました。多くは韓国と北朝鮮にその存在がありました。

これが嘘だと分かった瞬間から、この事実はみるみる威力を失うことになるのですが、この虚像を基に栄華を誇っていた人たちは、ここから離れることができません。

このような人たちはもちろん日本にもいます。日本では、福島瑞穂が一番分かりやすい象徴的な人物であると言えるでしょう。

彼らは虚偽の世界に生きているからこそ、その設定がなくなった途端ぬかるみに陥ります。

今日本語にならないtwitterを福島さんがあげまくっているのは、福島さんが既にぬかるみに落ちている現れなのかもしれないですね。

 

真実の世界で生きているのならば、いくらでもファクトを呈示できます。

感情的になることをせずに、淡々と事実を基軸にした論議を展開することができます。

しかしながら、単なる設定で生きていた人たちにはそれができません。

虚偽は真実の前では脆いのです。

 

彼らが感情的になりながらも、設定を維持しようと躍起になっているのは、虚偽の世界が虚偽の設定でしか成り立たない現れなんだなと私は思っています。

 

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