【日本人】品定めは大好物

さっきの記事を書いて

補足しておいた方がいいかもって思うことがありました。

なので、書きますね。

ランキングが好きなわけ

さっきの記事では、日本人は誰かと自分を比較することを得意としておらず、競争社会に向いていないというようなことを書きました。

でも、ここで一つ矛盾が……。

日本人ってめっちゃランキングが好きでしょ?

しかも、これ今始まった事じゃなくて、ずっと昔から、少なくとも江戸の頃から確実にそんな感じ。

見立て番付っていうのがあって、なんでもかんでもランキングして品定めしたがる民族性があります。

写真はお料理番付で、今でいうミシュランみたいなもの。

このような思考性を持ち合わせている上に、西欧的競争社会が入り込んでいるから、頭の中がしっちゃかめっちゃかになっている部分もあると思うのですよね。

日本人は良い物は良い、悪いものは悪いという、大方の判断基準があって、そこに合理性を加味していくように、ランキングが生まれたのではないのかなと思ってます。

このような場所に乗るようになれば、もっと上に行きたいと思う人も出るでしょうが、今のように野心を燃やすと言うよりも、このような資料が切磋琢磨の一つの動機付けになったりはするでしょう。

それから、江戸時代といのは、貧乏ながらも誰もが幸せに暮らしていたと言われる時代の一つです。

今の時代のような、競争社会に蔓延る恐怖を抱えながら生きていたとはとても思えません。

ここに現れる番付の感覚は、「ひみつのケンミンSHOW」の言い争いの感覚が一番強いんじゃないかなぁと思います。

こっちのが上で、あっちの方が下だとは言い合うけれども、どこかのんびりしていて、ほっこりしている気持ちを感じる競争だったように思うのですよね。

 

このような、誰が上なのかというのを酒の摘まみになる程度のネタでお遊びするのは大好きだった日本人の中に、弱肉強食型の競争社会が組み込まれたからこそ、おかしなことに飲み込まれているんじゃないかなぁって思ってます。

 

私たちは、合理的な品定めをするためにランキングをするのが好きだけれども、

そこに弱肉強食性が加わると、おかしな思考回路に呑まれてしまうように思います。

元々弱肉強食な感じを得意としていませんからね。

 

私たちの民族性に合う形で、競争を楽しみたいですね。

 

あっ、書いてたらもう一つ思ったことがありました。

 

競争社会だから能力が発揮される??そうかな??

ライバルの存在が大きな力を与えてくれることもあるでしょうが、それが絶対ではないと思うのですね。

さっきの記事でも書きましたが、日本人は己と戦うことを得意とする民族です。

誰かに勝ったのではなく、今までの自分を超えられた感覚にエクスタシーを感じるのではないかなって、私個人は思ってます。

それに、もし競争社会の方が私たちの能力が発揮されるというのなら、平成時代はもっと凄いアイディアが出てきておかしくないと思うのですが、日本の発明は昭和までの方が断然多いわけで、すっかりアイディアを生み出す力が減ってきているように思います。

それから、江戸時代というのは、今と比べてとてものんびりしていた時代で、競争社会とは無縁のように見えますよね。なのに、発明は沢山あったし、今に残る伝統工芸なども沢山あります。

それから庶民の数学の知識もべらぼーに高かったらしく、今だと大学レベルで学ぶような専門書がベストセラーになっていたとも言います。

競争社会じゃないのに、不思議ですね。

結局、日本人は敢えて競争し合うような環境よりも、のんびりコツコツオタク的な側面を伸ばせれる環境があった方が、世界が驚く力を発揮するように思うのです。

 

無駄な競争に疲弊するのに疲れたら、自らの目標だけに軸をセットしてみたらどうでしょうか。

その方が人生を楽しく生きるのに効率的だと思っています♪