【ダメ!絶対!】女性解放の時代を勘違いして起こる悲劇

そうそう!前から言わなきゃって思ってたことがありました!

スピリチュアルとかの情報では現代は「解放の時代」と呼ばれてます。

それに尾ひれがついたのか「女性解放の時代」とも言われています。

ある種正しいのだけれども、勘違いするとめっちゃ悲劇に陥るから書いとくね。

 

 

解放の時代は嘘?

スピリチュアル分野で長年言われてきている「水瓶座の時代は解放の時代である」説。

ここに私はなんの異論もありません。

このブログを通して何度もお伝えしている通り、インターネットの発達によって△の時代が〇に切り替わっています。

【図の詳細→時代の変化と波動の変化【図解式】

そして、この時代の変化によって一極集中型の支配体形は、今私たちの目の前で見るも無残に消えていっているのは事実です。

だからこそ、私たちは支配という檻の中からようやく抜け出すことができ、人間して当たり前に甘受できる経験をさせてもらえる土壌に移り変わっていると考えています。

 

しかし、ここで問題なのは、

「解放」という言葉をどう受け止めているのか。

それからそれぞれが、

今ある社会状態をどうのように捉えているか。

ということです。

 

この入り口が間違っていると、全ては悲劇に働くものと推察されます。

だから注意しほしいと思います。

 

「解放」=「自由気まま」ではありませんよ。

解放と聞いた瞬間に、自分の思い通りの人生を歩んでよい許可を手に入れたと思う人は、一体自分が何の支配を受けていたのか理解していないから言える情弱な人なのだろうと、私は思います。

少なくとも日本は、他国から見て自由気ままに人生が謳歌できる環境が既にありました。

このような環境にあるのにも関わらず、自分の人生を悲観するのは、時代の影響は多少あったにせよ、どこまで言っても本当は自己責任の結果です。

日本には、男女雇用均等法の整備、マイノリティの保護などを含め、数十年前に機会の平等は既に整備されています。

その恩恵を体感する努力もせず、リベラル政党やメディアから垂れ流しされている「差別問題」を真に受けてしまい、「誰かのせいで自分の人生は不幸になっている」と思い込んでしまったがゆえの結果でしょう。

このようなタイプの人が、いわゆる偽スピリチュアルに没頭し、そして、誰かを支配したい意欲に溢れていることは随分理解できるようになりました。

↓参考記事↓

そして、このようなタイプの人が「解放」という言葉を背に、張り切って動き出すと我欲に満ち溢れた行為を善としていくことも理解できるようになりました。

↓参考記事↓

そして、解放されたつもりになりながら、新たな形態の宗教にのめり込んでいくということも理解できるようになりました。

↓参考記事↓

 

解放の時代によってもたらされているのは、△→〇への意向に過ぎません。

心の状態から言えば、

自我に支配されていた心が終わりを告げ、自分を取り戻す時代が来たに過ぎません。

 

しかしながら、今までの自分の人生に不遇感を持ち合わせている人ほど、解放というキーワードに浮かれて、さらに自我を強くし我欲を肥大化させていく方向に舵をきっているように思います。

また「解放」というキーワードは、スピリチュアルや占いに興味を持っている人でなければ、巡り合えないキーワードでしょう。

そして、スピリチュアルに没頭しがちな女性ほど、現実逃避によって自己実現を図りたいという最大の矛盾を抱えて行動するのでたちが悪いのです。

今、私たちの目の前で、「メディアのいう事が正しい」とされていた時代が壊れて消えていっているのですよ。

今一度、自分たちがどのような時代の中に生きているか、現実を見つめなおしましょう。

そして、我欲が肥大化すればするほど、不幸にしかなり得ようのない世の中で、そこに邁進してしまっている自分に気が尽きましょう。

 

解放の時代だからこそ、踏ん張る力が必要です。

解放の時代を迎えているということは、今までの時代が跡形もなく崩れていっているとも言えます。

つまり、今までの社会概念や正義や常識が崩壊しているとも言えます。

すれば、今まで通りの考え方を通せば通すほど、息苦しくなって当然です。

解放と言えば聞こえが良いかもしれませんが、自分の中にある社会概念や正義や常識というのは、自分自身で変える努力をしない限りそこに留まってしまうものです。

だから、本当は大変なんです。

解放と同時に全てが精算されるということはありません。

誰もが心に抱えている苦しみは、多くは心癖によって生み出しているものです。

環境によって全てが変えられる訳ではありませせん。

解放の時代の社会概念に合わせて自らを変えて行かなくてはならないのに、そこを放棄して、「解放の時代だから、自分の思うとおりに自由気ままに謳歌してもいい」と思う人は、今後の人生が悲劇に包まれてしまうのは言わずもがなでしょう。

 

新しい時代は、日本女子の踏ん張りによって生まれる。

特に日本の女性は、女性蔑視の社会環境でもなく、男尊女卑の社会環境の中でもない、恵まれた環境で育つことができました。

本人の自覚がないにせよ、世界的に見て日本の女性が恵まれていることは事実です。

そこに感謝せず、被害者意識を奮い立たせて行動すれば、神から見放されるのも仕方ないことだよなと思います。

先日の記事でも書かせて頂きましたが、

↓これ↓

日本の女性の役割は地球的に見て非常に重要です。

既に恵まれていることを認識して、この解放の時代に合わせた女性の役割を全うすることが、後に続く世代の、そして自分にとっての幸福になるに違いにないと思います。

そのために、一時的に踏ん張る必要性があると私は感じています。

辛抱の必要性があると感じています。

解放の時代というキラキラワードに惑わされることなく、与えられた持ち場立場を丁寧に全うすることが、誰もが課せられた使命なのだと思います。

それぞれに与えられた現実の役目を全うするということは、「解放」というキーワードと真逆に見えるかもしれませんが、目に見える環境を整えることで徐々に「解放」である実感はどなたにも感じ取れるようになると思います。

とにかくしばらく踏ん張り時です。

河添恵子先生の動画を見ると、如何に日本の女性が恵まれているのか分かると思うので、貼っときますね♪

後もうちょっと!その時の為に、女子こそ頑張りましょう!

日本の女性の役目は、地球にとって重要です!

 

今日のリンク集

時代の変化と波動の変化【図解式】