【資本主義社会】ずっと、おままごとだと思ってた。

実はずっと思っていたことがあります。

今日はなんだかその思いが溢れてしかたないので、そのことを書きますね。

 

伝記好きが陥る……辛い社会人生活(笑)

私は小さな頃から伝記が大好きだという話は結構していると思います。

学校の図書館で、自ら興味を持って初めて読んだ伝記はヘレン・ケラーでした。

小学校一年生のことでした。

漫画の本でした。この本はとても大好きで何度も何度も読み返したので、未だに頭の中に漫画の映像が浮かび上がります。

ヘレン・ケラーが「Water」と叫んだシーンは未だに忘れられません。

残念ながらヘレン・ケラーさんに直接お会いすることはできませんでしたが、随分大人になった社会人時代に、取引先の慰労会イベントの抽選会で「日光金屋ホテルの宿泊券」がたまたま当たり、そして日本最初のホテルである日光金屋ホテルにお泊まりさせて頂いた時に、ヘレン・ケラーがここに泊まったことがあると知りました。

日光金屋ホテル

たまたま当たって美味しい思いができるだけでなく、「あのヘレン・ケラーと同じ場所にいるんだ!」と思っただけで、私の心は弾むように嬉しかったことを覚えています。

辛いことをいっぱいいっぱい乗り越えて、それでもたくましく生きる先人たち歩みは、何より私の道しるべでありました。

だから、大人になったら、どんな逆境も乗り越えて沢山人を幸せにするんだ!って、アニメの主人公みたいなことを思っていました。

でも、当の私は大人になる前に、その志をすっかり忘れてしまいました。

↓そのことを詳しく書いた記事

【私の場合①】使命は幼き頃の欲求に既に現れていると思う

でも、大人と言われる年頃になり、社会に出ました。

 

どんなに恵まれた社会人人生でも、資本主義社会では満たされません。

私はご縁に恵まれ、一風変わった会社に勤めることとなり、様々な経験をさせて頂くことができました。

↓そのことを詳しく書いた記事

【私の場合②】使命を果たすために、社会でそのスキルを磨くのだと思う。

 

はっきり言っちゃいますと……、現在SNS起業女子の皆さんが描いている夢のような世界のど真ん中を、22歳~36歳の15年間歩ませて頂きまして(笑)

会社を辞める頃には、資本主義社会の中でやりたいことはもうどこにも転がっていないって思う程、全部全部全部やらせてもらったし、資本主義社会の枠組みの中で叶えたかったことは全部全部全部叶えさせてもらってしまったのです。

↓そのことを詳しく書いた記事

来月から、石垣島に住みます♪

でもね、こんなに恵まれていた社会人人生だったはずなのに、いつも物足らなかったんだ。

私が勤めていた会社は本当に小さな会社だったけれど、お付き合いのある取引先はどれもこれも一流企業ばかりだった。

同じ人間なんだけれども、大企業と零細企業では、同じ人間なのか?と思う程、根底にあるステータスみたいなものがことごとく違うの。

だけれども、大企業の皆さんは、どこもかしこも私を社員の一人のように扱ってくださって、同じ立ち位置で商品開発をさせてもらったりというか……、逆に言えば部外者であるはずの私の意見をいつも尊重してくださった。

一流企業のみなさんと、同じ仲間として時間を共有して、商品が売れるのか売れないのか一緒にドキドキを味わって、売れたらみんなで喜んで、それはそれで楽しかったんだけれども……、「私がしたいことは、これなのかなぁ」ってずっと思ってた。

確かに良い商品を作れば、喜ぶ方はいらっしゃる。そのために私たちは頑張っていたけれど、戦後の資本主義社会は、どこもかしこも金取り陣取り合戦ばっかりが繰り広げられていて、それが本当の幸せとはとても思えなかったし……っていうか……伝記読みすぎていた結果……期待していた社会環境とはほど遠すぎて(笑)

どこまで行っても、自分のしている事がおままごとにしか思えないまま、15年の社会人人生を閉じる事にしたんだ。

でも、社会人人生を随分離れた今、それが憧れに映る程の実績だったとは思いもしなかったけれどね(笑)

どこまで行ってもおままごとでしかない資本主義社会に未だに憧れる同世代がいるなんて、本当にびっくりしたわ(笑)

とりあえず言っとくね(笑)

資本主義社会のど真ん中歩んでも、それはおままごとでしかないよ!

 

お金はなくても、今のが楽しい!

大変私を可愛がって育ててくれて、それに手厚い対応もしてくれた会社を離れてしまってからは、ぶっちゃけ何が苦しいって、そりゃお金の部分が一番大変です(笑)

私が働いていた会社は、ちゃんと私に私の実力以上のお金を与えてくださっていたので、それがどれだけ当たり前でなく、有難いことだったのか、辞めて初めて分かるようになりました。

しかも私個人は、もう資本主義社会でお金儲けがしたいわけではなく、単に自分が興味をもってしまったがゆえに、あまり溢れる好奇心を抑えられない「波動」とかいう、世の中から見たら、キチガイ扱いされても申し分ないものと向き合いたい一心ばかりなのです。

確かにこんなことに一生懸命にばかりなってたら、色々苦労はあります。

でも、私の心は不思議と「ファーブル昆虫記」に夢中になっていた幼心を取り戻しています。

毎日虫を観察して一生懸命だったファーブルは私の憧れでした。

私は虫に特段興味は持てませんでしたが、あんな虫に一生懸命になれるファーブルの探究心や好奇心はいつも羨ましかったです。

その羨ましくて羨ましくてしかたなかったファーブルに、世の中の人にとってはぽかーんな「波動」というネタによって、ようやく近づくことができたように思います。

あんなに恵まれていた社会人人生だった時間はどこまで行ってもおままごとに感じていた私も、今はようやく「生きている実感」に恵まれています( ´艸`)

 

色々あったけれど、この7年間何度も心が折れることが沢山あったけれど、それでも自分の信じた道を歩んできて良かったです。

挫折しそうになった時には、日清食品の創業社長の安藤百福さんの人生を何度も思い出しました。

それから、私の生まれた土地の始祖である豊田佐吉や豊田喜一郎さんやその甥(喜一郎さんにとっては従兄弟)の豊田英二さんだったら、何を思うのだろうって、いっぱいいっぱい考えて、佐吉さんや喜一郎さんや英二さんだったら、こうするかもしれないなんて空想広げて、「絶対に負けないんだから!」って一生懸命歩んできました。

私の生まれた土地が、世界から憧れる頑張り屋さんの土地で良かったです。

そして、その土地の恩恵によって、小さな頃からトヨタ自動車の歴史を勉強させられて良かったです。かんばん方式とか現場に入ったことがないので未だによく分かってないけれど、分かってないのに私はかんばん方式な生き方ができているらしいです(笑)

確かに、トヨタ自動車ができた頃も資本主義社会ではありましたが、今のような西欧型金儲け主義の資本主義社会ではありませんでした。

誰もが、誰かのために働いて、誰かを幸せにするために頑張ってきただけなんです。

トヨタ自動車の創業者の豊田喜一郎さんは、誰もが車に乗れる豊かな社会にしようと尽力されました。さらに、日本を経済植民地にさせないように踏ん張りました。

私は、伝記を読みすぎたせいで、社会人になったらそういう世界が待ってると思ってたんです。目の前にあったのは、単なる金儲けの繰り返しに過ぎない金儲け戦国時代でしたが……。

それでも私は恵まれた社会人人生だったし、出会った人はどこもかしこも善良な人ばかりでした。

でも概ね、私だけでなく、出会ったみなさんにとっても、金儲け第一な資本主義社会の中では、何かが物足りなかったんだと思います。

それは、きっと私と同じように、伝記の偉人の与えられた社会事実と自分の現実の乖離が大きすぎたからだったと思います。

私は「波動」とかいう、世の中から見たらキチガイ扱いされても申し分ないものと向き合い続けて7年が経過して、初めて人に言えます。

人から見たらおかしなことかもしれないけれど、それでもどうしてもと思う気持ちがあれば、そこに夢中になってみたらいいと思います。

すれば、ようやくあの憧れていた偉人の物語と同じ世界の住人になれます。

それは、結構大変な部分もあるけれど、きっと沢山伝記を読んできた人なら、待ってましたと言わんばかりの出来事が多いはずだし、待ち望んでいたアドベンチャーみたいで楽しいと思います。

私は、これからも「波動」を大事にしていきます。

今はバカにされると思うけれど、50年後はどうなっているか分かりません。

少なくとも私の土地の始祖である豊田喜一郎さんは、あの時代車作りをしたことで人から多いにバカ扱いされました。

それでも喜一郎さんが一生懸命に車を作ることをしてくれたからこそ、今私が住んでいる土地はあり、生もあるのです。

どうか豊田の始祖よ!私を見守っていてください!

私は豊田の土地に生まれたのにも関わらず、車の運転が苦手で一度も車を買ったこともありませんが、私は「波動」でこの土地に生まれた恩を返したいと思います。

どうぞ宜しくお願いいたします。