【立ち向え!】生きることと苦みの必要性

どうやら久しぶりに言葉が降りてきています。

なので、降りてくるままに書くきますね。

 

 

甘いだけがお好きですか。

あなたは甘いだけの人生がお好きですか。

甘いものだけを楽しんで、それを至福として生きていきたいですか。

 

 

そうですね……。

辛いことはなるべく避けたいと思うのが人の常かもしれません。

ですが、どうでしょう。

 

もしも、今日から一生「あなたはもう甘いものしか食べられない人生ですよ」と決められたら、あなたはどう思うのでしょうか。

それは喜びですか?

それとも苦痛でしょうか。

 

この世は今でこそ毎日美味しく贅沢なものが食べられるようになりましたから、色んな味を楽しみたいはずです。

甘いものだけに限定された食生活を一生送るなんて、それこそ苦痛でしかないですよね。

 

それと同じですよ。

甘いことだらけになってしまう人生なんて、然程面白みはないものです。

面白みはないどころか、すぐに苦痛になることでしょう。

 

たとえば

贅沢だらけになってしまっても

何でも自分の思い通りになってしまっても

全ての未来が見通せるようになってしまっても

同じ事。

 

子供のうちは、苦みのある食べ物が苦手です。

しかし、多くの人は、大人になるにつれ、苦みのある食べ物を好んで食べるようになります。

 

味覚が変わるように、

大人になれば、人生の苦みはエッセンスとして必要なるのです。

 

辛いこと、苦しいこと、それはもちろんあることでしょう。

それがあるからこそ、この世は楽しいのです。

これはこの世でしか楽しむことのできないものでもあります。

 

しかしながら、多くの人は、その心の使い方を間違え、日常的に慢性的に不幸にのめり込み、不必要な苦みばかりを噛みしめて生きているからこそおかしくなっています。

本当はそこに苦みなど存在しないのに、あなた自身がその苦みを欲し食べているような状態が続いています。

まずは、無意味なことを繰り返している己に気がついてください。

そして、素っ頓狂な行動をせずとも、甘みを感じられる現実の中に本来いることに気がついてください。

そしてそのほのかな甘みに気がついた生活が慢性的になるようにどうか努力してください。

日本の米がほのかに甘いように、あなた方の日常は常にほんのり甘く仕上がっています。

その甘みが分からなくなるほど、あなた方は刺激的な甘み辛みを求めるものだから、心が大きく麻痺してしまい、その後遺症のように苦みばかりを感じているだけです。

あなたがたの人生の中で苦みはいつだって必要なものです。

それを無くすことはできませんが、あなた方の人生がほんのり甘い米のような感覚になれば、この苦みを噛みしめることは消して苦とも感じず、返って面白いと思うようにもなるでしょう。

苦とは、苦みとは、お米の上に振りかける山椒や胡椒のようなものです。

どうか、その塩梅が分かる心持ちに戻れることを、

まずは人生がほんのり甘く仕上がっていることに気がつくことを、

私たちは祈っています。

 

甘いだけの人生を求める心は、今のあなたの心が異常な味覚に支配されてしまっているゆえに起きていることだと、どうか気がついてくれることをとにかく祈っています。

 

どうか幸せに気がついてください。

ほんのり甘い幸せに気がついてください。

そして慣れてください。

ほんのり甘い幸せに慣れてください。

その甘さは、お米のように繊細な味覚を持ち合わせなければ気がつかないほどのほんのりとした甘みであることを覚えていてください。

 

祈っています。

 

以上です。