【気がついた!】「幸せになりたい」は2種類ある。

最近完全スルーしていたスピ有名人界隈を久しぶりに調査して結果、

今までの私が全く気がついていなかった「なるほど!」と思うことに辿り着いたので

今日はそのことについて書きます。

 

「幸せ」の種類は2つあった。

わぁ気持ち悪いと思いながらも、情報収集を止められなかったスピ有名人界隈の現状。

気持ち悪いから当面見たくないわぁって思いながらも……情報収集をきちんとすれば、今まで死角だった部分が見えるようになるから不思議です。

昨日引用した記事をもう一度読み込んでみた時になるほどと思うことがありました。

Happyちゃんのイベントへの潜入レポより↓

「子宮との対話セッション」も初体験! スピ女子大集結イベント潜入レポより

 

そもそも〈女性の輝き〉って、ステージ上でウエディングドレスを着たりスポットライトを浴びることなのか? という疑問もありますが、それ以前に何より……その派遣先の先輩が気の毒すぎる! これまでエピソードからも、Happy氏が派遣時代もいかに適当な仕事をしていたのかが想像でき、我慢の限界を超えて怒りまくっていたのではという疑惑が生まれます。

http://mess-y.com/archives/40346

 

そもそも〈女性の輝き〉って、ステージ上でウエディングドレスを着たりスポットライトを浴びることなのか? 

これはHappyちゃんのイベントに潜入したライターさんが、あまりに偏りある一遍だけを捉えて「幸せ!」と豪語し続けるHappyさんに、疑問を投げかけるかのように訴えた言葉でした。

そうなのです!

今さらよくよくHappyちゃんの行動パターンを分析してみると、一時が万事全部このパターンのことを幸せと呼んでいるんですね。

これを仮に①Happyちゃんタイプの幸せとしましょう。

 

①Happyちゃんタイプの感じる幸せとは……

ブログとかよくよく確認してもらうと分かると思うのですが、Happyちゃんの幸せは一事が万事この調子です。

◆周りよりもスゴイ私

◆周りよりも稼いでる私

◆周りよりもスゴイ人脈に恵まれてる私

◆引き寄せで何でも実現できちゃう私

物理的幸福欲求&注目されたい欲求(自己承認欲求)が半端ない。

ってことに全てが帰結していきます。

↓つまりこれは↓

エゴ側が要求してくる幸せの形の実現をしようとしている。

と言えます。

 

幸せそうに見えるけれど(苦笑)幸せそうにしているけれど(苦笑)、幸せのパターンがこの形に入ると、どこまで行っても満たされない地獄の中に、自己が埋没していきます。

だって、「幸せだぁ!」って喜んでいるのはあなたではなくて、あなたのエゴの方だもの。

心の欲求に従って、幸せを探求すればするほど、実際の心は刹那的になり空虚な感覚が蔓延るはずです。

だからでしょうね。

Happyさんのイベントって無駄に箱だけが大きくなっているでしょう。

結局、どれだけ大きな箱で自分の欲求満たそうとしても、実のところ満たされていないと思うんだよね。

一方で信者の皆さんには輝いている自分を見せ続けなきゃっていう義務というかビジネススタイルがあるものだから、より話をでかくしていく必然性も生まれて、どうしようもなくおかしなことになっているはずなんじゃないかしら。

また箱の大きさとかに拘ったりするのもエゴの性。結局エゴの支配から彼女自身が全然逆らえないんでしょうね……。

逆にこの教祖たるHappyこそがエゴにどはまってるからこそ、狂気乱舞する環境が生まれるんだろうね。

だって、Happy信者って驚くほどいるでしょう。

本当にすごいなって思うほどいるよね(笑)ブログのいいねだけで、数千が普通だもんね。

本当にすごいなって思うけれど(笑)、結局この数って……満たされない方向に向かってる女子の数ってことだなって私は思った。

悲しい事実ですよ。

だって、Happyちゃんの考える幸せは「エゴに餌を与えるための幸せ」だから、必ず幸せの感覚は一瞬だけに限られて継続しようがないのよ。

でも世の中的に呼ぶ「幸せ」っていうのは、エゴに餌を与える形のことを幸せって呼んじゃうんだなぁという……事実を目の当たりにして、結構な具合で私は凹みました。

だってねぇ……このブログを読んでくださってる読者さんは、それこそが身を滅ぼすことだと理解できる方が多いから、すっかりそっちの感覚の方が自分の中でメジャー感持ち合わせていたがために、世の中と自分のギャップに気がついちゃって凹んじゃいました。。。。

 

まぁいつまでも凹んでいてもしかたないので、

Happyちゃんの話はこれくらいにしておいて、もう一つのタイプの幸せをお伝えしましょう。

 

それは……②仏陀タイプ

 

②仏陀タイプが求める幸せとは……

この世をまだ満喫できていないと感じる最中においては、多くの人は①タイプの幸せ探しを始めたり、求めてしまうということがHappyちゃんの存在によって理解することができました。

というか、この世に生まれ、この世の常識に慣れ親しむと、大概の所誰もが幸せとは①タイプのものだと思い込むようになりますよね。

かつての私もそうでした。

あぁしたら幸せになる。

こうしたら幸せになる。

いろんな雑誌の言葉を鵜呑みにして、自己啓発本を読み込んで……

それでも絶対に辿り着くことのできない、飽くなき幸せ探求というか、どこまでいっても幸せに辿り着けない青い鳥探しをさせられることになります。

それにいずれ疲れる時がやってくると思うんですよね。

あれ?この世の中って何か間違ってないだろうかって思う時がやってくる瞬間が、誰しもあるように思うんですよね。

その時に考え始めるのが、仏陀が求めた幸せの探求と同じ類いのモノになると思うんですよ。

私はここ最近まで「幸せ」と言えば完全に仏陀タイプの②の「幸せ」の存在しか認識していなかったんだけど、違うんですね(^^;)

①の幸せなんて幸せじゃないと思っていただけに驚愕でしたし……それ以上に、この2つの「幸せ」は言葉の定義こそ同じでも、作用も効能も全く逆方向です。

 

①のHappyちゃんタイプの幸せ探求や自己実現っていうのは、単にエゴを肥大化させるためのもの。

逆に

②仏陀が求めた幸せの探求は、エゴを正常化させるためのもの。

 

同じ幸せという言葉を使うけれど、

作用も効能も真逆。

手法も真逆。

これは怖いことだよね。

同じ話をしているように見えて、全く違う目的のことや世界の話が混在してしまうのだから、これは非常に厄介だね。

そして、今回の調査で著しく真っ黒だねと思ったあれやこれやの人々たちが支持されている根本的な理由が今更明確になった。

同じスピリチュアルと言っても、

私が伝えようとしていることや実践していることと

彼らが伝え、実践していることは完全に真逆(笑)。

 

どっちが正しいとか争うなんてそれこそ無意味。

こればかりは、世の中の波動を上げるしか解決方法はないな。

波動を上げれば、それこそ①タイプの狂気乱舞が馬鹿馬鹿しいと思える人が増えるだろうし、私が覚醒してからこの6年の間に完全に世の中が②の方向にシフトしている実感はある。

だから、今までのようにコツコツとやるしかないし、①も幸せって呼ぶことに改めて気がつけたんだから、それもふまえてやれることはきっとあるはず。

ここまで地道にじっくり一歩ずつやってきたんだから、これからもこのやり方で一歩ずつ世の中の波動が変わるようにやっていくしかないな。

きっと後もうちょっとなはず……ってそれ言い聞かせて何年だっけ(笑)。

だけど続けましょう。

①の幸せが幻想だと多くの人が気が付くまで後もうちょっとなはず。

まぁこれを信じてやるしかないでしょう。

少しずつ②に重力が傾いているのは事実なんだし(^_-)-☆

幸せには2種類あるって気がついて良かった♪

 

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