【私の場合③】不思議な体験を何度も重ねた後に、ようやくガチでどうしようもないのが降りてくるwwww

2018年1月12日

霊的覚醒についてのしくみや気をつけるべきことを、私の経験談を元に書き連ねています。

あなたの今の、そして今後の参考になれば幸いです。

できれば、①から読み進めてくださいね♪

転機は28歳の冬

28歳は私にとって非常に大きな転機の年でした。

22歳から支社を任され、孤軍奮闘しつつも周りの協力に支えられ、一歩ずつ大人として社会人としての階段を上り、28歳の私は、ようやく実務において余裕が芽生えてきた所でしたが悩むことが一つありました。

実はかれこれその2年ほど前から、社長から「名古屋支社を支社ではなく、自分の会社にする気はないか?」相談をされていたからです。

というのも、2年ほど前から、私が勤めていた会社は単なる企画会社から脱却し、タレント事務所とレコード会社を内部に作るようになり、そちらの方の仕事が大当たりしてしまい、社長が全てを見渡せない状態になってしまったのですね。

だからこそ、支社独立の話が出たのです。

当時、名古屋支社と大阪支社と東京本社と三つの拠点がありましたが、東京と大阪はあっという間に独立をし、私だけが社長のお世話になっているという変な組織関係になってしまいました。

だけれども、私に独立する勇気はありませんでした。というよりも、やりたくないというのが本音でした。

ずっと一人でやってきたので、名古屋支社の収支に関する部分や利益に関する部分は勝手に頭に入ってしまいます。もちろん独立した方が自分の収益は一気に上がることは分かるのですが、それは良い時に限ってのこと。実はこの話を持ちかけられた頃の名古屋支社は、長年お付き合いのあった大クライアントが外資傘下となり、組織改革が様々な所で行われた結果、契約が終了してしまったという悲惨なタイミングだったのです。

初めて経験する仕事がない時間は、苦痛で苦痛で仕方がありませんでしたが、それ以上に心が不安になるのは、売上がないという事実です。それまでは、年間で大きな予算を持って仕事をしていたので、なんやかんや言って強きな部分があったのですが、たった1個のクライアントに支えられてここまでやってきていただけなので、その一個が無くなれば一気に不安定化します。

だからこそ、こんなタイミングでさらに危ない綱を渡るわけにはいかないと思いました。

だけれども、それから2年が経過し、新たなクライアントも獲得できるようになった28歳。

「社長になってみようかな?」と思うようになりました。

社長になるのはずっと嫌でしたが、かれこれ2年も「独立しないのか?」と言われている現状もあって、これは逃げられないんだなと思いました。そして、嫌なことをやるなら、30歳までにやり終えた方が良いだろうという思いもあって、「今やろう、今なろう」と思えるようになったのです。

その年の秋の終わり頃、私は社長に「独立します」と告げました。

社長はようやくの決断を喜んでくれました。

しかし、それから2、3週間して、思いもかけない連絡を社長がしてきました。

その日は、川嶋あいちゃんが名古屋に来ていて、二人で路上ライブをしていました。既にIWiSHとしてデビューしていたものの、川嶋あいとして渋谷公会堂のライブを実現させていたけれど、最初に掲げた路上ライブ1000回だけは、まだ達成できていませんでした。

その為、地方のイベントで出掛けた合間にも、時間を見つけては路上ライブを続けていたんです。あいがセントラルパークの片隅で歌い始めた直後、社長からの電話が鳴りました。

あいの事で電話がかかってきたんだろうなと思いました。

が、その内容は私の予想と全く違うものでした。

「東京に来てくれるなら、社長にならなくてもいいけど、どう?」

社長にならなくても良い選択肢があるなんてと、私の心はとても喜びました。

思わず

「いいんですか????」

と、はつらつとした返答をした覚えがあります。

でも、突然東京へ行くにはなかなか難しい現状があります。名古屋支社に配属されている社員は私だけで、後はアルバイトスタッフで運営をしてきていたのです。だから、自分が抜ける事など、それこそ想像が尽きません。

ただ、東京に行くなら、社長にならなくてもいい!という選択肢は、全てを投げ打ってでも手に入れたいビックサプライズでした。

「名古屋支社どうするんですか?」

「そんなのどうにでもなるだろう。っていうか、自分で何とかしてこっちにこればいいことでしょう」

そう言って社長は電話を切りました。

その電話から数日経って、私は高山先生にこの事を相談しました。

行きたい気持ちはあるが行ってもいいのだろうか、そんな話を延々として「東京に行く」と最終的に決めました。

すると高山先生が言いました。

「腑に落ちたか?すとんと落ちたのだったら、それが正解だ」

確かに腹にすとんとおちたせいか、お腹がスっとした感覚に包まれていました。

私が転勤するのは単なる転勤ではなく、名古屋の事務所を移転させることやスタッフを説得するなど様々な業務が付帯されることになり、大変になるのは分かっていたのですが、それでも東京に行きたい、その気持ちが勝り、それが私の中の正解だったのだと思います。

 

初めての不思議体験は嵐の夜に起こりました。

それから数日経った夜のことでした。

はっきり何日か覚えていないのですが、気象データを見る限り12月5日の夜のことだったと思います。

その日は夜になって、突然天気は荒れ模様になりました。

突然激しい風が吹いて、まるで台風のようでしたが、一つだけ普段の台風とは違うことがありました。

私の部屋は南と西に窓があるのですが、どんな台風が来ようとも、西の窓は揺れることがありません。隣接する家があるので、それが風よけになって風が窓に当たることはないのです。

しかし、この日だけは違いました。やたら西の窓に強く風が当たったのです。

怖いなぁと思いました。

だけど、どうしてこんな事が起きているのか不思議に思い、私は南の窓の雨戸を開け空を見てみようと思いました。

窓を開けて驚きました。私の目には、ギリシャ神話に現れる神々が楽しそうに踊り、歓喜の渦をつくって嵐になって目の前を走り抜けているように感じてしまったのです。

私が東京に行くという決断を精一杯喜んでくれているように感じてしまいました。

「なんで私が東京に行くことくらいで、そんなに喜ぶんだろうか……」

うっかり感じてしまった内容に疑問をもったものの、冷静になればやはりこのこと自体が怖かったので、とにかく早く寝たいと思って布団に潜り込みました。

すると今度は、部屋中にパイプオルガンの音が鳴り響きました。

益々怖くなりました。

気持ちがガタガタ震えている最中、さらに不思議なことは続きます。

「今から、せんれいを行います」

とどなたかが耳元で囁きました。

そして、何かが体中をチュッチュと小刻みに触れていきます。怖くて目を開けることができませんでしたが、せんれいというものを受けている最中、これをしているのは幼児の天使2人だと意識に刻まれました。

明け方までそれは続き、ようやく終わって恐る恐る目を開けると、いつもの部屋の状態でした。それから、私は眠りについたのですが、明け方になって眠ったので、翌日は寝坊をしてしまいました。

目覚めた時刻は8時を越していました。

完全に遅刻の時間で慌てなくてはいけないのに、体内も時間の感覚も今までの感覚とはあまりにもずれていて、フラフラしてしまい、いつものように動くことができません。

リビングに降りると、「特ダネ」がやっていました。

昨日の嵐のことを大きく取り上げていました。

「今までに前例のない不思議な嵐が全国的に起こった」とテレビが説明している時、私はなぜか「私が起こしてしまった」と感じていました。

なぜだか分からないけれど、そう思ってしまいました。

そして、昨晩耳元で囁かれた

「せんれい」の意味を調べようと思い、携帯を触りました。

そして凍りつきました。

洗礼

キリスト教徒となるために教会が執行する儀式。全身を水にひたすか、または頭部に水を注ぐことによって罪を洗い清め、神の子として新しい生命を与えられるあかしとする。

私はその時まで、「洗礼」という言葉の存在を全く知らないのはおろか、そもそもキリスト教と無縁です。

教会に行ったのは、友人や親戚の結婚式とクリスマスのミサに友達と一度だけ参加してみただけです。クリスマスのミサは単なるイベントに参加してみたい好奇心だけで、この頃の私に、神仏に対する信仰心や宗教心はほぼありませんでした。神社も、初詣の時だけお参りする程度です。

そんな私に突然起きた不思議なことは整理しようがありません。

しかもなぜ日本人の私に、キリスト教徒でもない私が、ギリシャの神々の姿を見て、そしてパイプオルガンの音を聞いて、天使がやってきて、洗礼などと言うものを受けてしまったのか全く分かりませんでした。

それから1週間くらいは、体の調子があまりに悪くというよりも、フラフラする感覚が治らず、さらに時間の感覚があまりにもおかしくなってしまい、まともに会社にいけない日が続きました。

私は一体自分が何者なのか、怖いような、でも知りたいような、特別だったらありがたいような、そんな気持ちを抱えていたように思います。

でも、私の現実はそんなことに構ってられる場合ではありませんでした。いつも頭の片隅にあの不思議な夜のことはありましたが、自分が転勤すること、事務所を移転すること、クライアントの仕事を調整すること、私の人生で最も物理的に忙しい時間に突入していくことになります。

不思議な感覚を体の一部に抱えながらも、日々の業務をこなし続けました。

今思い出しても本当に忙しかったっていうか、滅茶苦茶過ぎたと思います。

一時は、「自分は特別な人かもしれない」と思っていた感覚は、仕事での挫折や失敗、トラブルの連続によって、その存在を彼方に忘れていくこととなりました。

 

ただ一つ私に残った不思議な感覚は、

「乗り越えた時には、風が吹く」

ジンクスの連続。

「大きく乗り越えた時は、嵐になる」

というジンクスの連続。

だから、私は「頑張って乗り越えて、その道が正しければ、その証拠に風が吹くんだな」という認識で全てを解決するようになっていました。

東京に行く選択も、私にとってはただ社長になりたくない選択肢を選んだだけのことだったけど、私の守護霊様や守ってくれる神様にとっては大きなことだったんだなぁと思う程度のことになっていきました。

 

 

振り返って今思うこと。

私の場合は、2004年の冬の体験から、7年以上の時間を経て、そんな出来事があったことすら、すっかり忘れいた頃に、ガチでアセンションの道に入るためのおっきな啓示がやってきてしまいました。

あくまで私の経験則に基づく分析なのですが、

ガチのやつの前に、神秘体験や不思議体験を幾つか体験して、見えない世界というものを無意識の中に受け入れる体制ができて、いよいよ本気の奴がやってくるんじゃないかなって思います。

だけれども、神秘体験の初体験のインパクトが大きいと、一気にそっち(精神世界とか見えない世界)の道に行っちゃう人もいるんじゃないかなって思います。

私の場合は、もう現実の方がそれどころじゃないほどとにかく忙しくて、完全に心が壊れるまで働くような状況だったので、そこまで見えない世界に引っ張られずに済んだけれども、そういう状況でなければ、あの日起こったあの意味を探求し始めていたかもしれません。もし私があの時探求していたら、それは結構危険なことになってたんじゃないかなって思ってます。なぜなら、未だに一度目の不思議体験の意味は分からないからです。未だに分からないのに、それに夢中になっていたら、怖いなって思うんです。

ちなみに私は、2004年の嵐の夜と2011年に会社で、神秘体験を2度経験しています。

ただ、1度目と2度目は大きく違って、2011年に起きた不思議体験は、不思議体験というよりも、明確なお願いが届けられたという感覚です。

アセンションなんてことを全く存じ上げない私に、突然見えない声が飛んできて

「お願いします!アセンションしてください!」

と頼まれたのです。

2011年9月のことです。

正直困ったことになったなとは思いましたが、やらずに後悔するよりも、やってから考えた方がいいだろうと思うほど、頼まれ事の内容がはっきりしていましたし、何よりガチで困っている感じがするのが印象的でした。

2回目の不思議体験に辿り着いたいきさつは下記掲載のブログ記事に書きました↓

 

私はたまたま、明確なお願いをされるまで不思議なことに然程足を突っ込むことなく過ごしましたが、もしも1度目の不思議体験で、やたらその気になって探求していたら、どこに向かっていたのか見当が尽きません。飽くなき自分探しの日々だけをしてたのではないでしょうか。

きっとこの記事を見られている人の多くは、似たような不思議体験をしている人がいると思います。でも、そこにはあまり集中しなくてもいいかなと思うんです。

ほっておいても、いつの日か、めっちゃ分かりやすい啓示がやってきて、そこから意識が抜けないような気持ちになる日が来ると思います。

それまで、今与えられている現実ととにかく向き合って、自分の現実を楽しくすることが大事かなと思います。そして、今与えられていることに一生懸命になることが、使命の下準備になると思います。

っていうか、啓示が来たとしても実は覚醒前と同じことが続くだけで、変化するのはより深い意識で現実と向き合うことになるだけだと思います。やること変わらないんで、今をきちんと楽しみましょう。

 

啓示とシャーマニック性の開花は別物

先日私が信頼できるチャネラーとしてご紹介したお3人は、非常に強いシャーマニック性を啓示と同時に開花されましたが、そういう人ばかりではありません。

というよりも、啓示と同時にシャーマニズムが開花する人は、そういった役割を担った魂だからこそ、そうなるわけで、ほとんどの人はそんなこと起こらないんじゃないかなと思います。

そもそもね、元々シャーマニックな能力を携えていて、この世でシャーマニックな能力を顕現する人はそれが役目なだけ。そして、そういう人は少数に限られると思うの。

ほとんどの人は啓示が来たとしても、言わば今までと変わらず普通に生きていくことが求められるはずだって、私は思うの。

だけれども、多くの人が神秘的な事と神秘的なイベントと神秘的な役割を求めるからおかしなことになっているし、おかしな方向に連れて行かれちゃうだけだと思うの。

そこをとにかく気をつけた方がいいと思うの。

もちろん私にも起こりませんでしたよ(笑)。啓示が来たからといって、あっこちゃんのように突然霊視が出来るようになったわけでも、お師匠様のように突然超能力が使えるようになったわけでもなく、今も普通に生きてます。

ただ、私の場合は、使命として頼まれた「自身の波動を高める」ということを、頼まれたままにコツコツやってきたおかげで、異常に波動に敏感になりましたwwwww

それから、エゴが正常化して、心が常に今に入れるようになって、自身の波動をクリアな状態で保持できるようになってから、明確な言葉が時たま降ってくるので、それをこのブログを通してお伝えしております。

これはシャーマニズムかというと、ちょっと違って、本来ある人間の基礎能力に近い範囲を顕現しているに過ぎないと私は思っています。

つまり世の中で言う「アセンション後の変化」みたいなのの一部を先に顕現しているに過ぎなくって、特別なことではないし、「エゴが正常化して、心が常に今に入れるようになって、自身の波動をクリアな状態」になれば誰もがそういう感じになると思います。

だけれども、世の中はやっぱりシャーマニックな能力や超能力という付加価値に目が行ったり、特別な体験をして特別な人である実感が欲しい気持ちが先行しがちで、だからこそ、みんなややこしくなっていると思うんです。

頼まれたことをコツコツやるだけだと思うんですよ。私は啓示を受け入れて、啓示に沿った生き方を実践してみたら、単なる地味で地道な作業の繰り返しだけが待ってました(笑)

その頃のボヤキ↓

 

ただね、当時はアセンションブームで、似たようなことをしている人はそれなりにいたけれど、周りは全然そんな感じじゃなかったの。

色々勉強しようと思ってスピリチュアルな会合に色々顔を出してみたけれども、コツコツ地道にやってるのは自分くらいで、

ほとんどの人はちょっとした内観すらせずに、

「2012年12月って何が起こるのかな?」

そればっかwwwwww

そして思いは常に「自分は助かりたい!」そればっかwwwwwwwww

結局スピリチュアルに集まる人の多くは、現実社会の逃げ場に利用していたり、依存意識があまり強かったり、それからファンタジックな出来事に出会って一気に自分の人生が変わるんじゃにないかって言う期待に溢れてたり……。

わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(((( ;°Д°))))って感じ(笑)

スピリチュアルってものが一気に嫌いになったのもこの時期wwwwwww

私に啓示が降りた時、見えない存在達が「とにかく誰も真面目にやってくれなくて困っている」と嘆いていたからこそ、私はその頼みを受け入れて歩み出したのだけれども、その気持ちホントよく分かるっていう実態がスピリチュアルな現場では繰り広げられていて、だから私に白羽の矢が立ったのだなと思うようになりました。

とはいえ、啓示が来たり、使命に気づき、使命に沿って生きる生き方は、ある意味憧れを持つ部分はあるかもしれないけれど、啓示が本当に降りて、それを受け入れたら、使命というものに一気に縛られるようになって、その役目をとにかくこなさなければならない日々が続きます。

現実社会のお仕事なら、頑張れば金銭が発生するけれど、啓示が降りて役目を受け入れてやってもらえる物は「徳」なので、ありがたいけれど、お金にはならない(;^_^A

そのバランスが取れるようになるまでに、私はかなり時間がかかりました。

会社を辞めて5年目にしてようやく「ちゃんと働きたい」という気持ちも芽生えるようになって、昨年の極貧生活からもやや解放されるようにはなりました(笑)

だから、啓示が来たら来たらで、それからのが大変なんだから、そこはきちんと認識した方がいいと思う。

ただね、こんな私でも、啓示を頂いて役目に没頭して丸6年、7年目に突入してくると、なんかもうこっちの感覚のが馴染んじゃって(笑)、逆にこれが普通になった感覚で、資本主義社会のお仕事のお手伝いも出来るようになって、あっちとこっちの境も感じにくくなってきて、だいぶ色んな意味で楽になってきました。

覚醒直後に感じがちな現実社会に感じる薄っぺらさもどんどん減ってきてね、逆に自分の波動の技術力は上がったから、この現実社会にどうやって宇宙の波動を投入させようかなとか思うようになりました。

全ては一歩ずつ。

高見を一気に目指すのではなく、今できることを一個ずつ丁寧に、そして一歩ずつ。

その繰り返しをすればいいだけだなって思ってます。

どなたかの参考になればと思い書きましたが、自分の不思議体験とか書くのってやっぱり恥ずかしいですね(笑)

恥ずかしかったぁ。

それでは♪